第68話「壊す」
翌朝。
サクヤは森の中にいた。
いつもの場所。
いつもの空気。
だが――
今日は違った。
「……」
サクヤの目の前に、小さな歪みが浮かんでいる。
空間が僅かに揺れている。
何度も見てきたもの。
けれど。
今までとは違う。
ガルドが隣に立っていた。
「今日、お前にやらせるのは一つだ」
「……何?」
ガルドが歪みを指差す。
「壊せ」
サクヤの目が僅かに開く。
「……これを?」
「ああ」
「殴ればいいんだろ」
「やってみろ」
サクヤは拳を握った。
歪みへ向かって踏み込む。
「――!」
拳を振り抜く。
――ドンッ!
空気が震えた。
だが。
歪みは消えない。
「……」
サクヤは拳を見る。
「もう一回」
――ドンッ!
駄目。
さらに一発。
――ドンッ!
何も変わらない。
「……クソ」
ガルドは黙っている。
サクヤは歪みを睨む。
「なんでだ……」
『相変わらず力任せだな』
ノクスが笑う。
「うるせぇ」
『殴れば壊れると思ってんのか?』
「……」
『お前、今まで何を見てきた?』
サクヤは歪みを見る。
中心。
揺れ。
形。
動き。
――違う。
何かがおかしい。
「……」
目を細める。
歪みの中心を見つめる。
だが、何もない。
「……」
もう一度。
今度は周囲を見る。
木。
地面。
空気。
光。
そして――
「……ズレてる」
サクヤが呟いた。
歪みそのものではない。
その周囲。
空気の流れが、ほんの僅かにおかしい。
右側だけ。
歪みの周囲を流れる空気が、僅かに遅れている。
「……ここだ」
サクヤが右へ移動する。
拳を構える。
だが、すぐには殴らない。
観測する。
揺れ。
空気。
地面。
そして――
一瞬。
歪みが僅かに揺れた。
「今……!」
身体が動く。
踏み込む。
拳を突き出す。
――バキッ!
空間に亀裂が走った。
「……!」
サクヤが目を見開く。
歪みが揺れる。
さらに亀裂が広がっていく。
――パリンッ。
小さな音。
歪みが消えた。
「……」
静寂。
サクヤは拳を下ろす。
「……壊れた」
ガルドが頷く。
「ああ」
「……俺が?」
「ああ」
サクヤは歪みがあった場所を見る。
何もない。
本当に消えている。
「……」
嬉しい。
だが――
それ以上に。
ようやく分かった。
今まで自分は、歪みを見ていた。
けれど。
見ていただけだった。
中心を探して。
力で壊そうとしていた。
「……そういうことか」
ガルドを見る。
「俺が見るべきだったのは、歪みそのものじゃない」
「そうだ」
「歪みが周りに与えてる変化……」
ガルドは何も言わない。
それが答えだった。
『……』
ノクスも黙っている。
サクヤが少し笑う。
「……やっと一個だ」
『一個だけだ』
「分かってる」
『こんな小せぇ歪み一つ壊した程度で喜ぶなよ』
「……」
『まだ何も出来ちゃいねぇ』
サクヤは拳を見る。
確かにそうだ。
まだ一つ。
たった一つ。
それでも。
「……それでも、昨日までとは違う」
サクヤは前を見る。
「俺は壊せた」
ガルドが口を開く。
「忘れるな」
「何を?」
「今、お前が見つけたものを」
サクヤは頷く。
「ああ」
もう一度、拳を握る。
観測する。
見えないものを見る。
そして――
必要な場所だけを壊す。
それが。
サクヤの新しい戦い方になり始めていた。
『……』
ノクスは何も言わない。
ただ。
その奥で。
ほんの僅かに笑っていた。




