第6話「見えない監視者」
翌朝。
何事もなかったかのように、日常は始まった。
「おはよ、サクヤ」
「……おう」
リンが隣に座る。
その表情は普段通り——に見えるが、
(少し固いな)
昨日のことが頭に残っているのは、お互い様だった。
「昨日、ちゃんと寝れた?」
「あんまり」
「だよね」
小さく苦笑する。
会話は普通だ。
でも、その裏では——
“秘密”が共有されている。
「おーい、サクヤ!」
レオが手を振りながら近づいてくる。
その後ろにはレイもいた。
「今日の訓練、来るだろ?」
「……あー」
一瞬、言葉に詰まる。
昨日のことを考えると、正直危ない。
でも——
(避けすぎるのも不自然か)
「軽めならな」
「お、珍しいな」
レオが笑う。
レイは何も言わないが、じっとサクヤを見ていた。
その視線に、少しだけ嫌な予感が走る。
訓練場。
いつもと同じ場所。
いつもと同じ空気。
なのに——
(違う)
体の奥が、静かにざわついている。
ドクン……
微かに脈打つ。
「……っ」
「どうした?」
レオが気づく。
「いや、なんでもない」
ごまかす。
でも、完全には抑えきれていない。
「じゃ、軽く打ち合うか」
レオが剣を構える。
サクヤも木剣を持つ。
(抑えろ……)
心の中で繰り返す。
“出すな”
“抑えろ”
リンの言葉を思い出す。
踏み込む。
剣がぶつかる。
ガキンッ!
(……大丈夫だ)
今のところ、問題ない。
普通に戦えている。
だが——
「……遅いな」
レイの一言。
その瞬間、
ドクンッ!!
「っ……!」
一気に、内側がざわつく。
感情に反応した。
明らかに。
(まずい……!)
「どうしたサクヤ、止まってるぞ!」
レオが距離を詰める。
振り下ろされる剣。
反射的に、受ける——
そのとき。
バチッ!!
「……!?」
木剣同士がぶつかった瞬間、
“見えない何か”が弾けた。
衝撃が走る。
「ぐっ!?」
レオが後ろに跳ぶ。
「今の……なんだ?」
空気が、一瞬で張り詰める。
(やばい)
完全に、出た。
しかも制御できていない形で。
「……サクヤ」
レイの声。
低い。
鋭い。
「今の、なんだ」
ごまかせない。
視線が突き刺さる。
周囲の空気が重い。
(どうする……)
そのとき——
「ちょっと待って!」
リンが割って入る。
「今の、多分“反発魔法”の暴発」
「反発魔法?」
レオが首をかしげる。
「うん、未完成のやつ。私が試してて」
即答だった。
一切の迷いがない。
「サクヤに少し影響出ちゃったみたい」
「……へぇ」
レイは納得していない顔だった。
だが、完全に否定もできない。
「悪い、調整ミス」
リンは軽く頭を下げる。
「今日はもうやめとく」
そう言って、サクヤの腕を引いた。
「行こ」
「……ああ」
そのまま訓練場を離れる。
背中に視線を感じながら。
人気のない裏庭。
誰もいないことを確認してから、リンが息を吐いた。
「……危なかった」
「助かった」
正直に言う。
さっきのは完全にアウトだった。
「レイ、気づいてるかも」
「だろうな」
あの目は誤魔化せていない。
「だから言ったでしょ、バレたらまずいって」
「……悪い」
サクヤは頭をかく。
でも——
「でも、抑えきれなかった」
それが現実だった。
「……うん」
リンも理解している。
「やっぱり、練習必要」
「だな」
結論は一つ。
“制御するしかない”
そのとき。
ドクン——
「……またか」
小さく脈打つ。
「少し出してみて」
リンが言う。
「え?」
「完全にじゃなくていい。ほんの少しだけ」
慎重な提案だった。
「コントロールできる範囲、探すの」
「……やってみる」
目を閉じる。
内側へ意識を向ける。
“それ”に触れる。
ほんの少しだけ——
押し出す。
「……ここまで」
ピタッと止める。
空気が、わずかに震えるだけで止まる。
「……いけるかも」
リンが呟く。
「今の感じ、覚えて」
「ああ」
初めての“制御”だった。
完全じゃない。
でも、一歩前進。
その頃。
遠く離れた場所。
石造りの静かな部屋。
「……反応が出ました」
一人の男が、淡々と報告する。
「位置は?」
「学園内です」
沈黙。
そして——
「……珍しいな」
低い声が響く。
「分類は?」
「未確定ですが——」
一瞬、言葉を選び、
「既存の体系に一致しません」
空気が変わる。
「……なるほど」
興味を持った声。
「監視を継続しろ」
「は」
短い返事。
それだけで、全てが決まった。




