第66話「死角」
森の中。
サクヤは立っていた。
昨日とは違う。
身体はまだ重い。
だが、以前ほどではない。
呼吸を整えながら、サクヤは目の前のガルドを見る。
「今日は?」
「三体だ」
「……三体?」
ガルドが指を鳴らす。
森の奥から、三つの影が現れた。
一体目。
二体目。
そして――三体目。
サクヤは構える。
「……やるしかねぇか」
『へぇ』
ノクスが笑う。
『昨日より増えたな』
「黙ってろ」
『さて、何秒もつかねぇ』
魔物が一斉に走り出した。
「――!」
サクヤの目が動く。
右。
左。
正面。
全部見える。
一体目が跳ぶ。
避ける。
二体目が爪を振る。
身体を沈める。
三体目が横から突っ込んでくる。
「――っ!」
拳で受け流す。
魔物が吹き飛ぶ。
「よし……!」
サクヤはすぐに振り返る。
だが――
いない。
「……?」
一体目が消えている。
「どこだ……!」
視線を走らせる。
右。
左。
上。
いない。
その瞬間。
――ドンッ!
「ぐっ!」
背中に衝撃。
地面を転がる。
「……っ!」
木の陰から魔物が出てきた。
サクヤは立ち上がる。
「……死角か」
『そういうこった』
ノクスが楽しそうに笑う。
『目で追ってるだけじゃ、こうなる』
「……分かってる」
再び魔物が動く。
今度は三体とも、木々の間に散った。
サクヤは動かない。
目だけを動かす。
――いない。
姿が見えない。
「……」
耳を澄ます。
ザッ。
葉が擦れる音。
右。
サクヤが振り向く。
だが、何もいない。
「……違う」
今度は足元を見る。
土。
小さな石。
そして――
わずかに揺れた草。
「……左」
振り向いた瞬間。
魔物が飛び出してきた。
「――!」
サクヤは拳を構える。
――ドンッ!
真正面からぶつかる。
魔物を吹き飛ばす。
「……当たった」
『今のは見たんじゃねぇ』
ノクスが言う。
『感じただけだ』
「……」
サクヤは黙る。
魔物が再び動く。
三体。
今度は視界の外。
サクヤは目を閉じる。
「……」
『おいおい』
ノクスが笑う。
『何してんだ?』
「うるせぇ」
目を閉じたまま、耳を澄ます。
風。
木々。
葉。
足音。
――違う。
足音が一つ消えた。
「……上」
サクヤが横へ飛ぶ。
――ズガッ!
頭上から魔物が落ちてきた。
爪が地面をえぐる。
「……!」
サクヤは驚いた。
今のは――
見ていない。
それでも分かった。
「……できた」
『一回だけな』
「……」
『調子に乗るなよ』
魔物が三体同時に襲いかかる。
サクヤは目を開く。
右。
左。
正面。
さらに背後。
情報が多い。
だが――
今までとは違う。
見えない場所から迫る気配。
地面の振動。
空気の動き。
木々の揺れ。
全部を拾う。
「……そこだ!」
身体が動く。
一体目を避ける。
そのまま二体目を殴る。
――ドンッ!
振り返る。
三体目。
「――!」
拳を振る。
だが――
遅い。
魔物の爪がサクヤの腕を掠めた。
「くっ……!」
血が滲む。
サクヤは距離を取る。
息を整える。
まだ足りない。
まだ全部は捉えられない。
それでも。
さっきまでとは違う。
ガルドが口を開いた。
「そこまでだ」
三体の魔物が止まる。
サクヤは肩で息をする。
「……今の」
ガルドを見る。
「一瞬だけだが、見えないものを捉えた」
「……」
「だが、まだ一瞬だ」
ガルドは淡々と言う。
「それを自分のものにしろ」
サクヤは頷く。
「……分かった」
ノクスが小さく笑った。
『悪くねぇ』
「……珍しいな」
『勘違いすんな』
「してねぇよ」
『お前はまだ――』
ノクスの声が低くなる。
『自分の目に頼りすぎだ』
サクヤは黙った。
そして目を閉じる。
風の音。
葉の音。
遠くの足音。
わずかな空気の揺れ。
今まで気にも留めなかったものが、少しだけ鮮明に感じられる。
「……死角か」
サクヤは拳を握る。
「なら――そこも見えるようにする」
森の中に、風が吹き抜けた。
まだ完全じゃない。
だが。
サクヤの「観測」は、少しずつ――
目の外へ広がり始めていた。




