第65話「数」
翌日。
サクヤは森の中に立っていた。
昨日とは違う。
身体の疲労は残っている。
腕も重い。
足も痛い。
それでも――
「……昨日より動ける」
ガルドが少し離れた場所に立っている。
「なら、次だ」
「次?」
「ああ」
ガルドが指を鳴らす。
その瞬間。
森の奥から、何かが飛び出してきた。
「……!」
一体。
四足の魔物。
サクヤは構える。
魔物が跳ぶ。
「――!」
見える。
前足。
重心。
着地点。
サクヤは横へ避けた。
爪が空を切る。
「よし」
そのまま拳を叩き込む。
――ドンッ!
魔物が吹き飛ぶ。
サクヤは追撃しようとする。
その瞬間。
「――!」
背後。
別の気配。
振り向く。
「二体目……!」
もう一体の魔物が襲いかかってきた。
サクヤは身体を捻る。
避ける。
だが――
「ぐっ!」
肩を掠めた。
そのまま転がる。
「……っ」
立ち上がる。
最初の魔物も起き上がっていた。
「……二体か」
『一体なら余裕だったのにな』
ノクスの声。
「黙れ」
『どうした?』
『見えなくなったか?』
「……見えてる」
『なら、なんで喰らった?』
「……」
サクヤは魔物を見る。
一体目。
二体目。
両方の動き。
片方が前へ。
もう片方が横へ回る。
「……!」
左右。
同時。
サクヤは一体目を避ける。
その瞬間、二体目の爪が迫る。
「――っ!」
腕で受ける。
身体が吹き飛ぶ。
木に背中をぶつける。
「ぐっ……!」
『ほらな』
ノクスが笑う。
『一つしか見てねぇ』
「……違う」
『何が違う?』
「二つとも見てる」
『見てるだけだろ』
サクヤは歯を食いしばる。
「……!」
魔物が同時に迫る。
サクヤは目を動かす。
右。
左。
右。
左。
情報が多すぎる。
動きを追う。
追う。
追う。
――間に合わない。
「くそっ!」
攻撃を避ける。
だが次の攻撃が来る。
「――!」
拳で弾く。
もう一体が迫る。
蹴る。
しかし、その隙に背後へ回られる。
「しまっ――」
――ドンッ!
背中に衝撃。
地面を転がる。
「……っ!」
サクヤは起き上がる。
息が荒い。
魔物は二体。
まだ立っている。
『数が増えりゃ、見えるだけじゃ足りねぇ』
「……」
『全部追おうとするから遅れる』
サクヤは眉をひそめる。
「……じゃあ、どうしろってんだ」
『知らねぇよ』
「……チッ」
『自分で考えろ』
サクヤは魔物を見る。
そして――
目を細める。
一体目を見る。
動く。
二体目を見る。
動く。
だが。
――完全には見ない。
「……」
サクヤは視線を少し落とした。
魔物そのものではなく。
周囲を見る。
足音。
土の揺れ。
木々の動き。
空気。
「……」
右から来る。
左も来る。
なら――
「同時に避ける」
サクヤが動いた。
一体目の攻撃を躱す。
そのまま身体を回転。
二体目の攻撃も紙一重で避ける。
「――!」
そのまま一体目へ拳。
――ドンッ!
さらに二体目へ蹴り。
――バキッ!
二体が吹き飛ぶ。
「……はぁ……」
サクヤは息を整える。
だが。
まだ終わっていない。
魔物が立ち上がる。
「……まだかよ」
構える。
その瞬間。
ガルドの声が響いた。
「そこまでだ」
魔物が止まる。
ガルドが二体を下がらせる。
サクヤはその場に立ったまま、荒い息を吐く。
「……今の」
ガルドを見る。
「少しだけ見方が変わったな」
「……」
「敵そのものを追うな」
サクヤは黙って聞く。
「周囲にある情報を拾え」
「……全部を見るんじゃなくて」
「ああ」
「必要なものだけ……」
「選べ」
サクヤは拳を見る。
まだ震えている。
だけど。
昨日より少しだけ――
見える世界が広くなった気がした。
『……』
ノクスは何も言わなかった。
少しだけ間を置いて。
『まあ……悪くねぇ』
「……お前に褒められると気持ち悪い」
『褒めてねぇよ』
「じゃあ黙ってろ」
『はいはい』
サクヤは前を見る。
森の奥。
まだ先がある。
そして――
その先には。
今までとは比べ物にならないほどの戦いが待っている。
「……もっとだ」
小さく呟く。
「もっと見えるようにする」
ガルドは何も言わなかった。
ただ――
少しだけ口元を緩めた。




