第63話「届かない」
森の奥。
サクヤは立っていた。
昨日とは違う。
目の前にいる魔物も――違う。
四足の身体。
鋭い爪。
そして何より。
圧が違った。
「……こいつが次か」
「ああ」
ガルドが答える。
「昨日の魔物より強い」
サクヤは拳を握る。
「……やる」
「死ぬなよ」
「分かってる」
魔物が低く唸る。
次の瞬間――
地面を蹴った。
「……!」
サクヤは見る。
足の動き。
身体の向き。
重心。
分かる。
「右!」
身体をずらす。
――ヒュッ!!
爪が空を切った。
「避けた……!」
サクヤはすぐに拳を振る。
だが――
魔物が身体を捻る。
拳が空を切った。
「……!」
距離を取る。
魔物が着地する。
「今の……」
サクヤは目を細める。
見えていた。
動きも読めていた。
なのに――
「……当たらねぇ」
『くくっ』
ノクスが笑う。
『見えるようになっただけで、勝てると思ったか?』
「……黙れ」
『昨日の奴より速い』
『それだけじゃねぇ』
『動きが読まれてるって分かった瞬間、変えてきやがった』
「……」
魔物が再び構える。
サクヤも拳を構えた。
「来い」
魔物が走る。
サクヤは見る。
左。
右。
フェイント。
「……そこ!」
踏み込む。
拳を振り抜く。
――ギリッ。
魔物が身体を逸らす。
拳が毛皮を僅かに掠めた。
「……!」
惜しい。
だが――
次の瞬間。
――ドンッ!!
「ぐっ……!」
腹に衝撃。
サクヤの身体が吹き飛ぶ。
「……っ!」
地面を転がる。
『惜しかったな』
「……うるせぇ」
『見えてたのによ』
「分かってる」
『じゃあ、なんで食らった?』
「……」
答えられない。
サクヤは立ち上がる。
魔物を見る。
分かる。
動きは見えている。
次に何をしようとしているのかも、少しずつ分かってきた。
それでも――
身体が追いつかない。
「……クソ」
ガルドが口を開く。
「それがお前の今の壁だ」
「……」
「見る力は伸びている」
ガルドは続ける。
「だが、身体が遅い」
「……なら」
サクヤが拳を握る。
「速くする」
「簡単に言うな」
「でも、それしかねぇだろ」
ガルドは黙る。
魔物が動く。
サクヤも動いた。
今度は――
逃げない。
見る。
足。
肩。
重心。
そして。
「……来る!」
魔物が飛び込む。
サクヤは一歩踏み込む。
拳を振る。
――ドンッ!!
拳が魔物の身体に入った。
「……!」
だが浅い。
魔物は倒れない。
反撃。
サクヤは避ける。
また拳。
また避ける。
何度も繰り返す。
少しずつ。
少しずつ。
距離が縮まっていく。
「……!」
そして最後。
魔物の攻撃を紙一重でかわし――
サクヤの拳が、魔物の顎を捉えた。
――ドンッ!!
魔物が倒れる。
「……はぁ……」
サクヤは息を吐く。
勝った。
だが――
ガルドは言った。
「今の動き」
「……?」
「最初よりは良くなった」
サクヤは拳を見る。
『まぁ、最初よりはな』
ノクスが笑う。
『だが、まだまだだ』
「……分かってる」
サクヤは魔物を見る。
「見える」
拳を握る。
「でも、足りねぇ」
今度は自分自身に言い聞かせるように呟く。
「もっと速く動けるようにならねぇと……」
ガルドが背を向ける。
「なら、明日からは身体を鍛える」
「……!」
「観測するだけでは、ここから先には進めない」
サクヤは顔を上げる。
「……望むところだ」
『くくっ』
ノクスが笑う。
『また地獄が始まるな』
「……お前は黙ってろ」
森の中に、二人の声が響いた。
サクヤはまだ知らない。
ここから始まるのが――
本当の意味での「修行」だということを。




