第62話「実戦」
森の中。
サクヤは、ガルドの前に立っていた。
「今日は稽古じゃない」
ガルドが言う。
「……?」
「実戦だ」
サクヤの目が変わる。
「実戦……?」
「ああ」
ガルドが森の奥を見る。
「お前は昨日、一つだけコツを掴んだ」
「……ああ」
「なら、実際の相手に試せ」
ガルドが歩き出す。
「まずは弱めの魔物からだ」
サクヤも後を追う。
「どんな魔物だ?」
「行けば分かる」
しばらく森を進む。
すると――
ガサッ。
茂みが揺れた。
サクヤが足を止める。
「……いるな」
「分かるか」
「ああ」
次の瞬間。
――ドンッ!!
茂みから魔物が飛び出してきた。
四足。
鋭い爪。
サクヤより一回り大きい。
「来るぞ」
ガルドが下がる。
サクヤは構えた。
魔物が地面を蹴る。
――速い。
だが。
サクヤは慌てなかった。
見る。
足。
重心。
肩。
そして――
動き出す直前の僅かな揺れ。
「……そこだ」
サクヤが身体を横へずらす。
――ヒュッ!!
爪が目の前を通り過ぎる。
「……!」
避けた。
今までなら、攻撃を見てから反応していた。
今回は違う。
動き出す前に読んだ。
『へぇ』
ノクスの声が響く。
『やるじゃねぇか』
「……黙って見てろ」
魔物が振り返る。
再び飛びかかってくる。
サクヤは拳を握る。
見る。
今度は――
「右……!」
魔物の身体が僅かに傾く。
サクヤは逆へ踏み込む。
そして。
――ドンッ!!
拳が魔物の身体に入った。
「……!」
手応え。
魔物が吹き飛ぶ。
木にぶつかり、地面へ落ちる。
「……当たった」
サクヤが自分の拳を見る。
『そりゃ当たるだろ』
「……」
『相手の動きを見て、その隙に殴っただけだ』
「……それができなかったんだよ」
『くくっ』
魔物が起き上がる。
「……まだやるか」
サクヤが構える。
魔物が唸る。
そして――
また走る。
サクヤは見る。
だが。
「……!」
予想と違う。
魔物が途中で方向を変えた。
「っ……!」
サクヤの頬を爪が掠める。
後ろへ飛ぶ。
「……危ねぇ」
ガルドは何も言わない。
ただ見ている。
魔物が再び迫る。
サクヤは今度こそ集中する。
相手の動きを見る。
そして――
「今だ!」
踏み込む。
拳が魔物の身体を捉える。
――ドンッ!!
魔物が地面を転がった。
動かない。
サクヤは息を吐く。
「……勝った」
ガルドが歩いてくる。
「どうだった」
「……思ったより難しい」
「そうだ」
ガルドは魔物を見る。
「実戦では、相手はお前の思い通りには動かない」
「……」
「だが、避けたな」
「二回」
「ああ」
ガルドが頷く。
「昨日までのお前なら、両方とも食らっていた」
サクヤは拳を見る。
ほんの少し。
だが確かに。
自分は変わっている。
『一匹倒したくらいで浮かれるなよ』
ノクスが言う。
「分かってる」
『ならいい』
サクヤは森の奥を見る。
「……もっと強い奴とも戦いたい」
ガルドがサクヤを見る。
「焦るな」
「……」
「一匹倒せたことより――」
ガルドが続ける。
「一匹倒すまでに何を見たかを覚えておけ」
サクヤは黙って頷いた。
「……分かった」
そして。
森の奥へ視線を向ける。
まだ知らない。
この先に――
今日の魔物とは比べ物にならない存在が待っていることを。
サクヤの実戦は。
始まったばかりだった。




