第60話「稽古」
森の奥。
サクヤは拳を握っていた。
目の前に立つのは、師匠――ガルド。
「来い」
短い言葉。
「……ああ」
サクヤが踏み込む。
拳を振り抜く。
――ヒュッ。
空を切った。
「……!」
ガルドは、ほんの僅かに身体をずらしている。
サクヤはすぐに二撃目。
――ヒュッ。
また避けられる。
「チッ!」
三撃目。
今度は蹴り。
ガルドはそれすらも軽くかわした。
「遅い」
「……!」
次の瞬間。
――ドンッ!!
「ぐっ……!」
腹に拳が入る。
サクヤの身体が吹き飛び、地面を転がった。
「……っ」
痛みに顔を歪めながら立ち上がる。
「まだだ」
「そうだ」
ガルドは構えたまま動かない。
「来い」
「……舐めんな!」
再び踏み込む。
拳。
蹴り。
肘。
連続して攻撃する。
だが――
当たらない。
一発も。
そして。
――ドンッ!!
「がっ……!」
また吹き飛ばされる。
地面に手をつく。
「……くそ」
『くくっ』
胸の奥から声が響く。
『見事なくらいボコボコだな』
「……黙れ」
『あれだけ威勢よく突っ込んで、全部避けられてやがる』
「うるせぇ」
『観測者様が聞いて呆れるぜ』
「……!」
サクヤは立ち上がる。
ガルドが静かに見ている。
「何を焦っている」
「……別に」
「嘘だな」
サクヤは黙る。
「お前は攻撃を当てようとしすぎている」
「……」
「相手を見る前に、自分の攻撃を見ている」
サクヤの表情が変わる。
「……自分の攻撃を?」
「そうだ」
ガルドが構える。
「もう一度来い」
サクヤは歯を食いしばる。
「……分かった」
踏み込む。
今度は拳を振り上げない。
相手を見る。
ガルドの足。
肩。
重心。
――動いた。
「そこだ!」
サクヤが踏み込む。
だが。
――ドンッ!!
「ぐっ……!」
また腹に入った。
サクヤは膝をつく。
『くくくっ』
「……笑うな」
『いやぁ、最高だな』
「……」
『今の、お前が完全に読まれてたぞ』
「分かってる……!」
サクヤが顔を上げる。
『じゃあ何で食らってんだ?』
「……」
答えられない。
ガルドは静かに言った。
「まだ見えていない」
「……何が」
「相手の次だ」
サクヤは拳を握る。
悔しい。
自分は強くなっていると思っていた。
歪みも以前より見える。
力も増えた。
それでも――
目の前の男には、一度も届かない。
「……もう一回」
立ち上がる。
ガルドが僅かに笑った。
「来い」
* * *
同じ頃。
レオもまた、地面に転がっていた。
「……くそっ!」
大剣を杖代わりに立ち上がる。
「まだやるか?」
バルガスが問う。
「当たり前だ!」
レオが吠える。
大剣を構える。
「俺は……最強なんだ!」
「なら――」
バルガスが構える。
「最強らしく立て」
レオが踏み込む。
――ズドンッ!!
大剣がぶつかる。
レオの身体が押し返される。
「ぐっ……!」
それでも踏みとどまる。
「まだだ!」
* * *
レイも刀を握っていた。
シオンの攻撃を読む。
次。
その次。
さらに先。
だが――
「遅い」
木刀が止まる。
「……!」
レイの額に汗が浮かぶ。
「考えすぎだ」
「……分かっている」
「なら、直せ」
「……!」
レイは再び構えた。
* * *
雪は目を閉じている。
周囲の魔力。
風。
木々。
生命。
その全ての中から、ひとつを探す。
「……」
見つからない。
「まだ」
セレナが言う。
雪は集中する。
やがて――
「……いた」
僅かな違和感。
雪が目を開く。
セレナが頷いた。
「少しずつね」
「……はい」
* * *
夕方。
サクヤはまた地面に倒れていた。
「……はぁ……はぁ……」
身体中が痛い。
それでも立ち上がる。
『まだやんのか?』
「……やる」
『懲りねぇな』
「……うるせぇ」
『くくっ』
ノクスは笑う。
『でも――』
一瞬だけ声が低くなる。
『さっきよりはマシだったぞ』
サクヤが黙る。
「……」
そしてガルドを見る。
「……もう一回だ」
ガルドは頷いた。
「来い」
サクヤは構える。
まだ届かない。
まだ勝てない。
それでも――
ここで止まるつもりはなかった。
遠く離れた場所でも。
レオ、レイ、雪もまた。
同じように、それぞれの壁と向き合っていた。
四人ともまだ知らない。
この厳しい日々が――
いつか、自分たちの強さを大きく変えることを。




