第57話「怒り」
森の中。
サクヤは今日も歪みと向き合っていた。
「……」
目を細める。
歪みの中心。
黒い線。
昨日よりも、僅かに鮮明に見える。
『まだそんなことやってんのか』
「……」
『何日目だ?』
無視。
『十日? 二十日?』
「……」
『それだけやって、その程度かよ』
サクヤの眉が動く。
『大した観測者様だな』
「……黙れ」
『お前、本当にそれで壊せると思ってんのか?』
サクヤの拳が僅かに震える。
「黙れって言ってんだろ」
『くくっ』
『怒ったか?』
「……」
『だったら殴ればいい』
サクヤの目が鋭くなる。
『歪みじゃねぇ』
『俺をだ』
胸の奥。
黒い気配が笑っている。
『できるもんならな』
「……ッ!」
サクヤの意識が沈む。
視界が一瞬、黒く染まる。
「てめぇ……!」
『どうした?』
『いつもの威勢はどこいった?』
「……ふざけんな!」
サクヤが胸元を掴む。
「人の中に勝手に居座って……!」
『勝手に?』
ノクスが笑う。
『俺を取り込んだのは誰だよ』
「……!」
『お前だろ?』
「それは……!」
『だったら最後まで使えよ』
「黙れ!!」
サクヤの周囲に黒い気配が滲み出る。
歪みが大きく揺れた。
その瞬間。
「――やめろ」
低い声。
「……!」
サクヤの背後。
いつの間にか、ガルドが立っていた。
「師匠……」
「何をしている」
「こいつが……」
「ノクスか?」
サクヤが息を止める。
「……知ってるのか」
「名前までは知らなかった」
ガルドはサクヤの胸を見る。
「だが、気配は分かる」
ノクスが笑う。
『へぇ』
『俺のことが分かる奴がいるとはな』
ガルドは反応しない。
「サクヤ」
「……」
「怒りを向ける相手を間違えるな」
「……こいつは俺を――」
「分かっている」
ガルドが遮る。
「だからこそだ」
一歩近づく。
「お前が今、ノクスに怒りをぶつけても何も得られない」
「……」
「歪みは壊れない」
サクヤは拳を見る。
黒い気配が、まだ僅かに残っている。
「……クソ」
拳を下ろす。
ノクスが小さく笑った。
『へぇ。素直じゃねぇか』
「……また言ったら、今度こそ黙らせる」
『やってみろよ』
ガルドが二人のやり取りを見て、僅かに目を細める。
「……面倒なものを抱えたな」
サクヤは歪みを見る。
「……俺は、こいつに負けねぇ」
ガルドは頷いた。
「なら、まず自分の感情に負けるな」
サクヤは黙る。
そして再び、歪みに向き直った。
ノクスの声が、胸の奥で響く。
『……面白くなってきたな』
サクヤは今度こそ無視した。
怒りを力に変えるように。
静かに、歪みを見つめ続けた。




