第53話「師」
森。
サクヤは、目の前の男から視線を逸らさなかった。
昨日まで何度も拳を叩き込んだ歪み。
その前に、男が立っている。
「……だったら、何をすればいい」
サクヤが問う。
男はしばらくサクヤを見ていた。
「まずは名前だな」
「……名前?」
「名乗らない相手に教わるのは嫌だろ」
男は小さく笑う。
「俺は――ガルド」
短く告げる。
「それだけでいい」
サクヤはその名前を頭に刻む。
「……サクヤだ」
「知っている」
「……?」
「この森に来てから、ずっと見ていた」
サクヤの目が細くなる。
「趣味悪ぃな」
「そう言うな」
ガルドは歪みへ視線を向ける。
「お前は何度も殴った」
「……ああ」
「だが、一度も本当に見ていなかった」
「……」
「力が足りないんじゃない」
ガルドはサクヤを見る。
「お前は焦りすぎている」
サクヤは拳を握る。
「……分かってる」
「分かっている顔じゃないな」
「……」
「だから、壁にぶつかっている」
サクヤは歪みを見る。
確かにそうだった。
見える。
分かりかけている。
なのに――壊せない。
「……俺は、歪みを壊す」
サクヤが言う。
「それだけは変えねぇ」
「なら、変える必要があるのは目的じゃない」
ガルドが歩み寄る。
「お前自身だ」
「……」
「その力を扱う身体」
「その目」
「そして――」
ガルドの視線が、サクヤの胸元へ落ちる。
「その中にいるもの」
サクヤの表情が変わった。
胸の奥。
ドクン。
黒の欠片が反応する。
『……ほう』
小さな声。
ガルドには聞こえていない。
「……知ってんのか」
「何を?」
「俺の中にいるものを」
ガルドは答えない。
ただ、サクヤを見る。
「いずれ分かる」
「……」
「今は、それより自分の力を磨け」
ガルドは背を向ける。
「来い」
「どこに?」
「稽古だ」
サクヤが目を細める。
「……今から?」
「ああ」
「俺はまだ――」
「言い訳はいい」
ガルドが振り返る。
「稽古をつけてやる」
その一言。
サクヤは黙った。
そして――
拳を握る。
「……分かった」
ガルドが笑う。
「その目ならいい」
森の奥へ歩き出す。
サクヤも、その後を追う。
歪みを壊すために。
自分自身の力を知るために。
そして――
ここから。
サクヤの本当の修行が始まる。




