第51話「壁」
森に入ってから、何日経ったのか。
サクヤはもう数えるのをやめていた。
朝。
歪みを探す。
見つけたら観測する。
壊す。
失敗する。
また探す。
それを繰り返していた。
――ドンッ!!
「……っ!」
拳が歪みを捉える。
空間が揺れる。
黒い線が一瞬だけ浮かび上がる。
だが――
消えない。
「……クソ」
サクヤは拳を下ろした。
以前よりは明らかに見える。
歪みの構造。
黒い線。
どこに力を通せばいいのか。
少しずつ分かってきている。
なのに。
「……壊れねぇ」
目の前の歪みは、まだ残っていた。
サクヤは再び構える。
「もう一回」
踏み込む。
――ドンッ!!
失敗。
もう一度。
――ドンッ!!
失敗。
さらに。
――ドンッ!!
歪みが大きく揺れた。
それでも、壊れない。
「……っ!」
サクヤは拳を握り締める。
悔しい。
確実に前には進んでいる。
だが、そこから先が見えない。
『くくっ』
胸の奥から声がした。
『そこが今のお前の限界だな』
「……」
サクヤは返さない。
『見えるようにはなった』
黒の欠片が続ける。
『でも、見えたところで壊せなきゃ意味がねぇ』
「……分かってる」
『なら――』
「分かってるって言ってんだろ」
少し強く返す。
黒の欠片は黙った。
サクヤは歪みを見る。
「……俺の力が足りねぇ」
拳を握る。
「違う」
首を振る。
「力だけじゃない」
観測者。
自分の能力。
まだ知らないことが多すぎる。
黒の欠片を取り込んだことで、力は確かに増えた。
だが――
増えた力を使いこなせていない。
「……俺は何を見落としてる」
歪みを見つめる。
何度見ても同じ。
黒い線。
その奥にある何か。
そこまでは見える。
だが、その先が見えない。
「……くそっ!」
サクヤは拳を地面に叩きつけた。
土が跳ねる。
「届かねぇ……!」
初めて。
修行を始めてから初めて。
サクヤは、自分の前にある壁をはっきりと感じていた。
このまま続けても――
同じことの繰り返しだ。
それでも。
帰るつもりはない。
「……まだだ」
立ち上がる。
拳の痛みを無視する。
「俺は戻らねぇ」
目の前の歪みを睨む。
「こんなところで止まってたら……あいつらに追いつかれる」
一瞬。
レオ。
レイ。
雪。
三人の顔が浮かぶ。
そして――
「……いや」
サクヤは小さく笑った。
「追いつかれるのは、まだ早ぇ」
再び構える。
黒の欠片が、胸の奥で小さく笑った。
『そういう顔の方がマシだな』
「……うるせぇ」
今度は、焦らない。
殴るためではなく。
壊すために。
そして――
自分自身の力を知るために。
サクヤは、もう一度歪みと向き合った。




