第49話「届かない」
森の中。
――ドンッ!!
拳が歪みに叩き込まれる。
空間が揺れた。
だが――壊れない。
「……っ」
サクヤは拳を引く。
目の前の歪みは、何事もなかったように残っていた。
「……クソ」
もう何度目か分からない。
殴る。
観測する。
また殴る。
それでも、変わらない。
サクヤは荒い息を吐きながら、歪みを睨んだ。
『くくっ』
胸の奥から、笑い声。
「……何がおかしい」
『いやぁ……相変わらず力任せだなと思ってよ』
「……黙れ」
『観測者様が聞いて呆れるぜ』
嫌味。
サクヤは無視する。
目の前の歪みに意識を集中させる。
輪郭。
揺らぎ。
空間のズレ。
その奥。
「……」
見えない。
いや――
見ようとしていない。
そう思った瞬間。
歪みの中心に、僅かな黒い線が浮かんだ。
「……!」
サクヤの目が細くなる。
『そこだ』
黒の欠片が短く呟いた。
サクヤは何も返さない。
線を見る。
歪みを構成しているような、細い黒い線。
その一部だけが、周囲とは違っていた。
「……ここを」
拳を構える。
振り抜く。
――バキィッ!!
空間に亀裂が走る。
「……!」
初めてだった。
歪みそのものに、明確な傷が入った。
だが――
消えない。
「……まだかよ」
サクヤの顔が歪む。
『惜しかったな』
「……」
『あと少しだ』
サクヤは歪みを睨みつける。
悔しい。
あと一歩。
確かに届きかけた。
なのに壊せない。
「……クソッ!」
拳を握り締める。
黒の欠片は、それ以上何も言わなかった。
サクヤも頼らない。
ただ、自分の目で歪みを見る。
もう一度。
さらに深く。
「……分かってきた」
小さく呟く。
「なら、次は壊す」
再び構える。
森の静寂の中。
拳を振るう音だけが響き始めた。
まだ、届かない。
だから――
サクヤは何度でも挑む。




