第4話「壊れかけの力」
「……サクヤ、それ」
リンの視線は、地面の抉れた跡に釘付けだった。
夜の訓練場。
静寂の中で、その傷跡だけが異様に浮いている。
「本当に、わからないの?」
もう一度、同じ問い。
サクヤは答えられない。
わからないのは本当だ。
でも——
(使えた)
その感覚だけは、はっきり残っている。
「……さっき、ちょっとだけ」
言葉を選びながら口を開く。
「なんか、出た」
「“なんか”って……」
リンの眉がわずかに寄る。
当然の反応だった。
魔法でもない。剣技でもない。
説明のしようがない現象。
「もう一回、できる?」
その一言に、空気が張り詰める。
サクヤは少しだけ迷って——
「……たぶん」
と答えた。
本当は、「できる」と言い切れた。
さっき頭に流れ込んできた感覚。
あれをなぞればいい。
それだけでいい。
(……なんでわかるんだよ)
自分でも気味が悪い。
でも、体はもう理解している。
サクヤはゆっくりと手を前に出した。
「少し離れてろ」
「うん」
リンが後ろへ下がる。
その距離を確認してから、
サクヤは目を閉じた。
——沈める。
意識を、胸の奥へ。
あの“脈”を探す。
ドクン——
すぐに見つかる。
まるで、待っていたかのように。
「……っ」
それに触れる。
押し出す。
前へ。
「——出ろ」
瞬間、
空気が歪む。
ドゴォッ!!
さっきと同じ、いやそれ以上の衝撃。
地面が抉れる。
土が舞い上がる。
「……やっぱり」
リンの声が小さく漏れる。
だが——
異変は、それだけじゃなかった。
ドクンッ!!
「っ……!」
強く脈打つ。
さっきよりも、明らかに強い。
「サクヤ!?」
リンの声が近くなる。
でも、意識が少しだけ遠のく。
(……なんだこれ)
体の奥が熱い。
いや——
熱いなんてものじゃない。
焼けるような感覚。
「ぐっ……!」
膝が崩れる。
手をつく。
息が荒くなる。
それでも——
止まらない。
ドクンッ!!
ドクンッ!!
脈打つたびに、“何か”が溢れてくる。
「やば……」
思わず、呟く。
これはまずい。
本能的にそう感じた。
(止めないと……)
でも、止め方がわからない。
さっきは「出す」ことしか考えていなかった。
「サクヤ、落ち着いて!」
リンが肩に手をかける。
その瞬間——
バチッ!!
「っ!?」
火花のようなものが弾けた。
リンの手が弾かれる。
「痛っ……!」
「リン!?」
思わず顔を上げる。
リンは驚いた顔で、自分の手を見ていた。
触れただけなのに、弾かれた。
まるで——
“拒絶された”みたいに。
「……近づくな」
サクヤは思わずそう言った。
声が、少しだけ低くなる。
自分の声じゃないみたいだった。
「でも——」
「いいから!!」
思わず、強く言ってしまう。
空気が震える。
その瞬間——
ドンッ!!
見えない衝撃が、周囲に広がった。
地面が揺れる。
砂が跳ねる。
リンの体が、後ろへ押し出される。
「きゃっ……!」
「っ……!」
やってしまった。
明らかに、今のは自分のせいだ。
(違う、俺は——)
やろうとしたわけじゃない。
でも、出た。
勝手に。
制御できていない。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が荒い。
視界が、わずかに歪む。
このままじゃ——
「サクヤ……それ、やばいよ」
リンの声が、少しだけ震えていた。
恐怖。
初めて向けられる感情。
それが、はっきりと伝わる。
「……わかってる」
短く答える。
でも、どうしようもない。
「止める方法、わかる?」
「……わからない」
沈黙が落ちる。
夜の空気が、重くなる。
そのときだった。
遠くから、足音が聞こえた。
「……なんの音だ?」
「今の衝撃じゃない?」
複数人の気配。
このままだと——見つかる。
「サクヤ、ここ離れよう」
リンが言う。
でも——
「……動けない」
正直に答える。
体が言うことを聞かない。
それどころか、
まだ“溢れている”。
ドクンッ——
また、脈打つ。
「っ……!」
地面が、わずかに軋む。
「……これ、まずい」
リンの顔が真剣になる。
状況を理解している。
このままじゃ、
ただの“覚醒”じゃ済まない。
「サクヤ、聞いて」
リンは一歩だけ近づいて、
でも距離を保ったまま言う。
「それ、“外に出そうとしないで”」
「……え?」
「逆。中に抑えるの」
初めての指示だった。
でも——
(できるのか……?)
わからない。
けど、やるしかない。
「……やってみる」
目を閉じる。
さっきとは逆。
押し出すんじゃない。
押さえ込む。
内側へ。
沈める。
「……っ!!」
強烈な抵抗。
まるで、暴れる何かを無理やり押さえつけるような感覚。
「ぐっ……!」
膝が震える。
でも——
少しずつ、
ほんの少しずつ、
脈が弱まっていく。
ドクン……
ドクン……
「……いける、そのまま!」
リンの声が届く。
さらに押し込む。
深く、深く。
そして——
「はぁ……っ」
静かになった。
完全じゃない。
でも、さっきまでの暴走は収まっている。
夜の空気が、元に戻る。
「……止まった?」
「……たぶん」
サクヤはゆっくりと顔を上げた。
リンと目が合う。
その表情は——
安心と、不安が混ざっていた。
「……ねえサクヤ」
「なんだよ」
「それ、多分……普通の力じゃないよ」
静かな声。
でも、はっきりと断言する。
サクヤは、苦笑した。
「だろうな」
否定できるわけがない。
こんなもの、見たことも聞いたこともない。
そして——
また、胸の奥で小さく脈打つ。
まるで、
“まだ終わっていない”とでも言うように。




