第3話「揺れる内側」
夜は、静かだった。
窓の外には月。
風もなく、世界が止まったような静寂。
サクヤは、ベッドの上で目を開けていた。
眠れなかった。
理由は、わかっている。
「……あれ、なんだったんだ」
昼間の感覚。
胸の奥で、確かに“何か”が動いた。
気のせいじゃない。
そう言い切れるくらいには、はっきりしていた。
(魔力……?)
リンのように、魔法を扱える人間はいる。
でもサクヤには、その適性はないと言われてきた。
何度も試した。
何度も失敗した。
だから、違う。
「……じゃあ、なんだよ」
答えは出ない。
ただ、考えれば考えるほど、あの感覚が蘇る。
胸の奥。
もっと深い場所。
まるで——
“内側から何かが押してくる”ような。
「っ……」
無意識に、胸元を押さえる。
その瞬間だった。
ドクン——
強く、脈打つ。
「……!」
今度は、はっきりとわかった。
鼓動とは違う。
もっと、重くて——
熱い。
「なんだよ……これ……」
体の奥が、じわりと熱を持つ。
痛みはない。
でも、落ち着かない。
まるで、自分の体じゃないみたいだった。
ベッドから起き上がる。
このままじっとしていられなかった。
夜の廊下を歩く。
誰もいない。
静まり返った空間に、自分の足音だけが響く。
その一歩ごとに、
ドクン——
ドクン——
“それ”は強くなっていった。
「……外、出るか」
気づけば、そう呟いていた。
外は、冷たい空気に包まれていた。
昼とは違う、静かな訓練場。
誰もいない場所。
サクヤは、ゆっくりと中央へ歩いていく。
「はぁ……」
息を吐く。
少しだけ、落ち着いた気がした。
でも——
「……まだ、ある」
消えない。
むしろ、さっきよりもはっきりしている。
胸の奥。
そこから、何かが広がろうとしている。
「……試すか」
自然と、構えを取る。
木剣は持っていない。
代わりに、拳を握る。
「……っ!」
踏み込む。
空を殴る。
その瞬間——
ブンッ、と空気が震えた。
「……え?」
今のは、明らかにおかしかった。
ただ拳を振っただけだ。
なのに、
“遅れて衝撃が走った”。
「もう一回……!」
今度は、意識して振る。
さっきの感覚をなぞるように。
胸の奥の“それ”を、押し出すように。
——振る。
ドンッ!!
空気が弾けた。
見えない何かが、前方を叩いた。
地面の砂が、わずかに跳ねる。
「……嘘だろ」
息が止まる。
こんなこと、ありえない。
魔法じゃない。
剣でもない。
なのに——
「なんだよ、これ……」
震える声。
恐怖じゃない。
興奮でもない。
その両方が、混ざっていた。
「俺、何した……?」
理解できない。
でも一つだけ、確かなことがある。
さっきまでの自分とは、違う。
そのとき——
ドクンッ!!
今までで一番強く、“それ”が脈打った。
「っ!?」
膝が揺れる。
視界が一瞬だけ歪む。
そして——
頭の奥に、何かが流れ込んできた。
知らない感覚。
知らない“使い方”。
まるで最初から知っていたかのように、
“それをどう使うか”が、わかる。
「……なんだよ、これ……」
思わず笑いそうになる。
おかしい。
全部、おかしい。
でも——
「……できる」
確信があった。
理由なんてない。
でも、わかる。
「もう一回……」
ゆっくりと、手を前に出す。
さっきよりも、深く。
胸の奥に意識を沈める。
そして——
「——出ろ」
その瞬間、
空気が“歪んだ”。
目に見えない力が、前方へと押し出される。
ドゴォッ!!
地面が抉れた。
小さなクレーターのように、土がえぐれている。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
現実感がなかった。
でも——
確かに、起きている。
「これ……俺が……?」
信じられない。
でも、否定もできない。
そのときだった。
「……サクヤ?」
後ろから声がした。
振り返る。
そこにいたのは——リンだった。
「こんな時間に何して……」
言葉が、途中で止まる。
視線は、サクヤの先——
抉れた地面に向いていた。
「……これ、なに?」
静かな声。
でも、その中には明確な動揺があった。
サクヤは、答えられなかった。
ただ一つだけ、わかっている。
——もう、戻れない。
「……わからない」
正直に、そう言うしかなかった。
リンは、ゆっくりとサクヤを見る。
その目は——
初めて見る色をしていた。
「……ねえ、サクヤ」
「なんだよ」
「それ、本当に“わからない”の?」
問いかけ。
試すような、確かめるような声。
サクヤは、少しだけ黙って——
そして、答えた。
「……ああ」
嘘じゃない。
でも、全部でもない。
リンはそれを見抜いたのか、
小さく息を吐いた。
「……そっか」
夜の静けさが戻る。
でも、もう何もかもが変わっていた。
胸の奥で、“それ”はまだ脈打っている。
さっきよりも、はっきりと。
まるで——
「早く使え」とでも言うように。




