第2話「届かない背中」
朝の空気は、やけに澄んでいた。
剣の打ち合う音が、訓練場に乾いた響きを残す。
「はっ!」
振り下ろされた大剣が、風を裂く。
それを受け止める細身の刃が、わずかにしなる。
「甘いな、レイ」
「……言うね、レオ」
二人の動きは速かった。
いや、“速い”なんて言葉じゃ足りない。
無駄がない。迷いがない。
ただ純粋に、強い。
少し離れた場所で、それを見ていた。
サクヤは、木剣を握ったまま動けずにいた。
(すごいな……)
何度見ても、そう思う。
そしてそのたびに、胸の奥が少しだけ重くなる。
「サクヤ、ぼーっとしてる」
声をかけてきたのはリンだった。
柔らかい声と裏腹に、その手の中にはすでに魔法陣が浮かんでいる。
「もう始まってるよ」
「……ああ、ごめん」
慌てて構える。
けれど、体はどこか鈍かった。
「いくよ」
リンの指先が動く。
次の瞬間、小さな火球が空気を裂いて飛んできた。
(速い——)
反応が遅れる。
なんとか剣で弾くが、衝撃で腕が痺れる。
「っ……!」
「今の、避けられたでしょ」
リンは少しだけ眉をひそめた。
責めているわけじゃない。
でも、期待しているのはわかる。
それが、余計に苦しかった。
「悪い……」
「……ううん」
リンはそれ以上何も言わなかった。
再び魔法陣を展開する。
次は、二つ。
(来る……!)
踏み込む。
今度は、さっきよりも早く動けた。
一つ目を弾き、二つ目を横に避ける。
「いいね」
リンが少しだけ笑う。
その一瞬。
背後で、地面が砕ける音がした。
振り返る。
レオの大剣が地面に叩きつけられ、その衝撃で土が舞い上がっていた。
対するレイは、すでにその背後に回り込んでいる。
「終わりだ」
喉元に突きつけられた刀。
勝負は一瞬だった。
「……はあ、やっぱ強いな」
レオが笑う。
悔しさよりも楽しさが勝っている顔だった。
「お前もな」
レイも軽く息を吐きながら答える。
その空気は、どこか心地よかった。
強者同士の、当たり前のやり取り。
(いいな……)
自然と、そう思ってしまう。
あの中に、自分はいない。
昔は——
同じ場所に立っていたはずなのに。
「サクヤ」
レオが手を振る。
「次、お前も来いよ」
「え……?」
「久しぶりにやろうぜ」
気軽な一言だった。
悪気なんてない。
でも——
(……無理だろ)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「いや、俺は……」
言い終える前に、レイが口を開いた。
「やめとけ」
短い言葉だった。
その声に、温度はなかった。
「今のサクヤじゃ、怪我する」
空気が、少しだけ止まる。
リンが何か言いかけて、やめた。
レオも、苦笑いを浮かべる。
「……まあ、そうかもな」
冗談っぽく言ったつもりなんだろう。
でも、その言葉はしっかりと刺さった。
サクヤは、何も言えなかった。
ただ、うなずくことしかできなかった。
「悪い、また今度な」
レオはそう言って、再び剣を構える。
レイも、すぐに視線を戻す。
二人の世界は、もう再開していた。
そこに、自分の入り込む余地はない。
(……また、か)
胸の奥が、静かに軋む。
悔しいのか。
悲しいのか。
それすら、よくわからなかった。
ただ一つだけ、確かなことがある。
——追いつけない。
どれだけ手を伸ばしても。
どれだけ足掻いても。
あの背中は、遠いままだ。
「サクヤ」
リンがそっと隣に立つ。
「……大丈夫?」
優しい声だった。
だからこそ、少しだけ辛い。
「大丈夫だよ」
嘘だった。
でも、そう言うしかなかった。
リンは少しだけ黙って、それから小さくうなずいた。
「……そっか」
それ以上は何も言わなかった。
夕方の風が、訓練場を通り抜ける。
その中で、サクヤは一人立ち尽くしていた。
ふと、手の中の木剣を見る。
——軽い。
まるで、自分みたいだと思った。
そのときだった。
胸の奥に、ほんの一瞬だけ——
“何か”が揺れた気がした。
違和感とも、感覚とも違う。
掴めそうで、掴めない何か。
「……今の、なんだ?」
小さく呟く。
けれど、その答えは返ってこない。
ただ、風だけが通り過ぎていった。




