第45話「手を伸ばしかけたもの」
――静寂が、やけに重い。
倒れた敵の残骸が、まだ熱を帯びている。
黒の欠片が去った後の余韻は、戦いの終わりというより“何かが終わってしまった”ような気配だった。
サクヤは、その場に膝をついた。
「……はぁ……っ」
呼吸が荒い。だが、それ以上に――胸の奥がざわついていた。
勝ったはずだ。
なのに、全く勝った気がしない。
「サクヤ……」
レイの声が、少し距離を置いて届く。
振り向けなかった。
「……大丈夫かよ」
レオも、珍しく声を低くしている。警戒と戸惑いが混じっているのがわかる。
雪は――しばらく黙っていたが、やがて強い口調で言った。
「あんた……今の、何?」
責めているわけじゃない。
でも、知らなきゃいけないという意志があった。
サクヤは、拳を握りしめた。
「……あれは……」
言葉が、詰まる。
“あれ”を何と呼べばいいのか、自分でもわからない。
敵を圧倒した力。
あの圧倒的な破壊。
そして――
少しだけ、頼ってしまった自分。
(……違う)
サクヤは、歯を食いしばる。
(俺は……あいつに頼ったわけじゃない)
でも、脳裏に焼き付いて離れない。
あの瞬間。
自分が倒れかけたとき――
**「来い」**と、思ってしまった。
助けを、求めてしまった。
「……クソ……」
思わず、声が漏れる。
それを聞いたレイが一歩近づく。
「サクヤ。無理に話さなくていい。でも――」
「違う」
遮ったのは、サクヤだった。
「……違うんだ」
ゆっくりと顔を上げる。
その目には、迷いがあった。だが同時に、はっきりした“拒絶”も宿っている。
「あれは……俺の中にいる、“黒の欠片”だ」
「……やっぱり、あれが」
雪が小さく呟く。以前感じた気配と一致したのだろう。
レオは舌打ちする。
「冗談じゃねぇな……完全に別モンだったぞ」
「別物、だ」
サクヤは頷いた。
「俺とは違う。考え方も、力の使い方も……全部な」
少しだけ間が空く。
そして――
「……でも」
その“でも”に、全員が反応した。
サクヤは、拳を見つめる。
「……ほんの一瞬、頼りかけた」
空気が、凍る。
自分で言っておきながら、その言葉の重さに胸が締め付けられる。
「助けを……求めた」
吐き出すように言った。
「……俺が、一番やっちゃいけねぇことなのに」
沈黙。
責める声は、誰からも出なかった。
代わりに、雪が一歩前に出る。
「あんた、それでいいの?」
真っ直ぐな問い。
「そのまま否定し続けて」
「……当たり前だろ」
サクヤは即答する。
「俺は“壊す”って決めたんだ。あいつみたいに――好き勝手に暴れるためじゃねぇ」
視線を上げる。
「この歪んだ世界を、ぶっ壊すためにだ」
レイが、静かに目を細める。
「……じゃあ、その力は?」
「使わない」
迷いなく言った。
「少なくとも――頼らない」
だが、その言葉の奥にある“揺れ”を、三人は感じ取っていた。
レオが肩をすくめる。
「ま、どっちにしろよ」
「?」
「今日みてぇに、ボロ負けしたら意味ねぇだろ」
軽い言い方だが、核心だった。
サクヤは黙る。
「強くなるしかねぇんだよ、お前自身が」
「……わかってる」
小さく答える。
その時だった。
――くくっ。
頭の奥で、微かに笑い声がした。
サクヤの表情が、一瞬だけ歪む。
(……うるせぇ)
心の中で吐き捨てる。
返ってくるのは、楽しげな気配。
――“次はどうする?”
――“また呼ぶか?”
拳が震える。
「……呼ばねぇよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
「俺は……俺で強くなる」
その決意は、確かだった。
だが同時に――
完全に切り離せない何かが、自分の中にいることも、はっきりと理解していた。
それでも。
サクヤは立ち上がる。
「行くぞ」
振り返らずに言う。
「……次は、負けねぇ」
その背中を、三人は黙って見つめた。
完全には安心できない。
でも――目を離す気もなかった。
そしてサクヤ自身も、わかっている。
これは終わりじゃない。
黒の欠片との関係も、まだ“途中”だ。




