第44話「借り物の力」
歪みが、そこに立っている。
さっきまでとは、明らかに違う。
空気が重い。
息が詰まる。
「……来るぞ」
レイの低い声。
次の瞬間――
消えた。
「っ!?」
視界から完全に消失。
反応が遅れる。
横。
衝撃。
「がっ……!」
サクヤの身体が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
止まらない。
無理やり腕で受ける。
骨が軋む。
「サクヤ!!」
レオの叫び。
だが。
立ち上がる前に、もう来る。
(速ぇ……!)
見えない。
線も、核も。
捉える前に叩き込まれる。
防御が間に合わない。
叩きつけられる。
呼吸が潰れる。
「クソが……!」
無理やり立つ。
視る。
繋がりを。
流れを。
だが――
(多すぎる……!)
核が分散している。
しかも入れ替わる。
追えない。
狙えない。
『だから言ったろ』
黒の声。
『お前じゃ無理だって』
「……黙れ」
踏み込む。
賭けでもいい。
拳を振る。
――空振る。
いない。
背後。
攻撃がもろにサクヤに直撃。
膝が崩れる。
「来るな!!」
レオが動こうとするのを止める。
「巻き込む……!」
だが。
(無理だ)
理解する。
勝てない。
力も、速さも、足りない。
歪みが近づく。
終わる。
その瞬間。
『……仕方ねぇな』
黒の声が変わる。
『今回だけだ』
ニヤリと笑う気配。
『手本見せてやるよ』
「待て……!」
意識が引きずられる。
抗えない。
暗闇へ。
次の瞬間。
サクヤの身体が、ゆらりと立ち上がる。
何事もなかったかのように。
「……は?」
レオの顔から血の気が引く。
「おい……嘘だろ……」
レイの目が見開かれる。
「……やめろ……それ……」
雪が一歩下がる。
「……違う……」
でも分かる。
これは――
あの時と同じ。
「サクヤを……返して……」
掠れた声。
サクヤは首を鳴らす。
コキ、と。
「はぁ……ダセぇな」
声が違う。
冷たい。
乾いている。
底がない。
「……なんだよ、その顔」
ゆっくりと三人を見る。
「また会ったな」
レオが歯を食いしばる。
「テメェ……!」
「サクヤに何しやがった!!」
黒は肩をすくめる。
「借りてるだけだろ」
軽く言う。
それが逆に怖い。
レイが前に出る。
「今すぐ離れろ」
「でないと斬る」
黒が笑う。
「でないと斬る?」
一歩踏み出す。
その瞬間。
空気が沈む。
圧が落ちる。
「……っ!」
レイの足が止まる。
思い出す。
何もできなかったあの瞬間。
雪が叫ぶ。
「サクヤ!!戻って!!」
必死に。
届かなくても。
それでも。
黒はそれを見て、少しだけ笑う。
「……いいねぇ」
「そういうの」
そして。
雪を見下ろす。
雪が睨み返す。
「……あんた、一体なんなのよ!!」
震えながらも、叫ぶ。
黒は少し考える。
「あー……」
頭をかく仕草。
「そういや名乗ってなかったか」
口元が歪む。
「いいぜ、教えてやる」
ゆっくりと。
「俺の名は――」
一拍。
「ノクス(Nox)」
空気が冷える。
「“夜そのもの”だと思っとけ」
ニヤリと笑う。
「ふざけやがって……!」
レオが踏み出そうとする。
だが。
動けない。
圧が違う。
格が違う。
ノクスは興味を失ったように視線を外す。
「まぁいいや」
歪みに向き直る。
「先にこいつだ」
歪みが消える。
高速。
さっき以上。
だが――
ノクスは動かない。
避けない。
そのまま。
掴む。
「……は?」
レオが声を失う。
見えている。
完全に。
「遅ぇんだよ」
握り潰す。
だが再生しようとする。
線が繋がる。
核が移る。
「甘ぇな」
ノクスが笑う。
黒い何かが拳に集まる。
流れを無視する。
繋がりを無視する。
全部に干渉する。
「こうやんだよ」
叩き込む。
――ズドンッ
衝撃。
歪みが、内側から弾ける。
核も、線も、
関係なく。
全部まとめて崩壊。
再生しない。
できない。
完全破壊。
静寂。
誰も動けない。
ノクスは肩を回す。
「ま、こんなもんだ」
つまらなそうに言う。
そしてサクヤの手を見る。
「よく見とけ」
「これが“壊す”ってことだ」
意識が戻る。
「っ……!」
サクヤが息を吐く。
膝が揺れる。
「……今の……」
手を見る。
感覚が残っている。
『分かったか?』
ノクスの声。
奥から。
『テメェのやり方じゃ届かねぇ領域だ』
サクヤは黙る。
否定しない。
でも。
「……借りもんだろ」
『あ?』
「今のはお前の力だ」
拳を握る。
「俺のじゃねぇ」
沈黙。
そして。
ノクスが笑う。
『……いいねぇ』
『その顔だ』
『じゃあ辿り着いてみろよ』
『この“夜”にな』
気配が消える。
静寂。
サクヤは立っている。
震える拳を見ながら。
「……クソ」
でも目は燃えている。
破壊には、段階がある。
まだ届かない領域がある。




