第42話「壊しても終わらない」
ドクン、と心臓が鳴る。
目の前の“歪み”から、目を逸らさない。
サクヤは一歩踏み出した。
「構えろ!!」
声が空気を裂く。
その一言で、全員の意識が揃った。
レオが前に出る。
レイは一歩引き、全体を見渡す位置へ。
雪は動かない。ただ、静かに観察している。
逃げる選択肢はない。
――対処するしかない。
サクヤは床を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
拳を振り抜く。
空間ごと歪みを叩き砕く感触。
「……!」
確かに当たった。
歪みの一部が砕け、形が崩れる。
「いける!」
レオが叫び、追撃に入る。
拳を叩き込む。
衝撃が走り、歪みが弾ける。
完全に崩れた。
――はずだった。
静寂。
誰かが息を吐く。
「……やったか?」
その瞬間だった。
ゆらり、と。
崩れたはずの歪みが、元の位置に戻る。
「……は?」
レオの声が漏れる。
サクヤの目が細くなる。
もう一度踏み込む。
迷いはない。
今度は力を乗せる。
叩き潰すように殴る。
空間が軋み、歪みは完全に消し飛ぶ。
――数秒後。
また、戻る。
「……おい」
レオの声が低くなる。
「今、確実に消したよな」
「……見てた」
レイが答える。
「消えてる。一回は」
雪が続ける。
「でも……消えてない」
空気が重くなる。
歪みはそこにある。
何事もなかったかのように。
「チッ……」
サクヤが舌打ちする。
次の瞬間、踏み込んだ。
範囲ごと消し飛ばす。
拳を振り抜いた。
空間が割れる。
歪みを巻き込み、すべてを吹き飛ばす。
――何も残らない。
完全な“空白”。
静寂が訪れる。
「……終わりか?」
誰かが呟く。
その瞬間。
ぞわっ、と空気が震えた。
ミシ、と音が鳴る。
床でも壁でもない。
空間そのものが軋んでいる。
歪みが現れる。
一つじゃない。
二つ、三つ。
さっきより多い。
「……増えてんじゃねぇかよ」
レオの声が震える。
サクヤは動かない。
ただ見ている。
「……なんでだ」
低く呟く。
「壊してんだろ、俺は」
歪みが広がる。
さっきよりも速く。
明らかに範囲が増している。
レイが口を開いた。
「……壊してるからじゃない?」
音が消える。
「……は?」
サクヤがわずかに顔を向ける。
雪が続ける。
「消えてるんじゃなくて……繋がり直してる感じ」
空間を見る。
よく見れば、歪みの周囲に細い線のようなものが走っていた。
見えないほど薄い。
だが確かに存在している。
サクヤの攻撃でそれが千切れる。
だが、すぐに戻る。
「無理やり壊すと……」
レイが呟く。
「その分、再構成が増える」
「じゃあどうしろってんだよ」
レオが吐き捨てる。
答えは出ない。
歪みは迫る。
数が多い。
サクヤは拳を握る。
だが――振り上げない。
止まる。
初めて、迷う。
「……じゃあ」
かすれた声。
「どうすりゃいいんだよ」
その瞬間。
視界が、歪んだ。
気づけば、そこは暗闇だった。
音がない。
感覚が、妙に薄い。
「……は?」
前を見る。
そこに“いた”。
黒い、何か。
形は人に近い。
だが輪郭が曖昧で、揺れている。
「遅ぇよ」
それが言った。
サクヤは眉をひそめる。
「……なんよようだ」
「久しぶり」
黒は笑うように歪む。
「ほんとに弱いなお前は」
サクヤは無言で睨む。
「壊し方が甘ぇんだよ」
黒が続ける。
「全部ぶっ壊せば終わるだろ」
「……終わってねぇだろ」
サクヤが返す。
「だからだよ」
黒の声が低くなる。
「中途半端に壊すから繋がる」
一歩、近づく。
「壊すなら全部だ」
黒の輪郭が揺れる。
「世界ごとでもな」
言葉が、重く沈む。
サクヤの視線が揺れる。
確かに――今のままじゃ勝てない。
壊しても終わらない。
なら。
全部壊せば。
「それで終わる」
黒が囁く。
「簡単だろ?」
その時だった。
「サクヤ!!」
遠くから声がする。
レオの声。
「意識落ちてる!引き戻せ!!」
レイ。
「サクヤ、ダメ!」
雪。
その一言で、止まる。
黒が舌打ちする。
「チッ……またかよ」
視界が揺れる。
気づけば、元の場所。
歪みが目の前にある。
仲間の声が耳に残る。
サクヤは息を吐いた。
拳を見る。
(壊し方がある?)
でも。
まだ分からない。
歪みは広がる。
戦いはまだ終わっていない。




