第40話「残響」
ざわめきは、すぐには収まらなかった。
「大丈夫か!?」 「先生、これ……」
教室の空気は、完全に日常から外れている。
倒れた生徒の周りに人が集まる。 誰もが、何が起きたのか理解できていない顔をしている。
「……離れろ、空気悪いかもしれん」
レイが低く言う。
その声で、数人が一歩引く。
サクヤは動かない。
視線は、さっき“歪んでいた場所”に固定されたまま。
何もない。
ヒビも、歪みも、残っていない。
ただの壁。
(……消えた?)
ドクン
まだ鳴っている。
むしろ――さっきより近い。
「なぁ……」
レオが小さく言う。
さっきまでの軽さは、もうない。
「今の、なんだよ」
答えを求めている声じゃない。
確認だ。
“これは普通じゃない”っていう。
「……外部からの衝撃じゃないな」
レイが壁を見たまま言う。
指先で、何もない空間をなぞる。
「破壊の方向が逆だ」
「逆?」
「外から壊されたなら、内側に崩れる。 でも今のは――」
一拍。
「内側から押し出されていた」
レオが舌打ちする。
「意味わかんねぇよ……」
「……まだいる」
雪の声。
小さい。
でも、さっきよりも重い。
サクヤの視線が動く。
「どこだ」
短く聞く。
雪は少しだけ眉を寄せる。
「……わかんない」
間。
「でも、さっきより広い」
教室の空気が、一瞬で冷える。
「広いってなんだよ……」
レオが呟く。
「さっき一箇所だったろ」
「うん」
雪は頷く。
「でも今は――」
言葉を探す。
「“教室の中全部”に薄くある感じ」
沈黙。
ドクン
サクヤの鼓動が、強く鳴る。
(広がってる……)
さっきまで“点”だったものが、
今は“面”になっている。
「全員、一回外出るぞ」
サクヤが言う。
教師の声より先に。
「は? 勝手に――」
レオが言いかけて、止まる。
サクヤの目を見て。
「……いや、出た方がいいな」
レイも頷く。
「同意だ。この状態で留まる理由がない」
ガタッ
椅子を引く音が連鎖する。
何人かが立ち上がる。
その時。
ピシッ
小さな音。
今度は――
教室の“奥”じゃない。
天井。
誰かが上を見る。
「……おい」
ヒビ。
細い線が、ゆっくりと走る。
一本じゃない。
二本、三本。
枝分かれするように広がっていく。
「下がれ!!」
サクヤが叫ぶ。
今度は早い。
動きも速い。
近くの生徒を引く。
レオも反射で動く。
机を蹴って道を開ける。
レイは逆方向へ回る。
出口を確保する動き。
でも。
遅い。
ピキッ――
止まる。
ヒビが、それ以上進まない。
空気が張り詰める。
誰も動かない。
ふっと。
全部、消える。
ヒビも。
違和感も。
“そこにあった気配”ごと。
「……は?」
レオが間抜けな声を出す。
誰も動かない。
動けない。
数秒後。
一気に音が戻る。
「なんだよ今の……!」 「見たよな!?」 「天井……!」
教師がようやく状況を理解し始める。
「落ち着け! 全員、廊下に――」
サクヤは動かない。
天井を見たまま。
(逃げても意味ない)
ドクン
(場所じゃない)
視線を落とす。
教室。
人。
空気。
全部の中に、薄く混ざっている。
「……なぁ」
レオが低く言う。
「これ、追えるのか?」
サクヤは答えない。
ただ、静かに言う。
「追うもんじゃねぇ」
一拍。
「これ、“起きるもん”だ」
雪が、小さく頷く。
「うん」
レイが目を細める。
「つまり――」
言葉を切る。
「条件がある、ってことか」
ドクン
今度は、はっきり。
全員が感じるレベルで。
サクヤの目が、わずかに細くなる。
(……次が来る)




