第38話「ズレの正体」
教室の空気は、まだ完全には戻っていなかった。
割れたガラスは片付けられ、窓も応急処置はされている。
けれど――
見えない何かだけが、残っている。
「いや普通に怖ぇだろさっきの」
レオが机に突っ伏す。
「いきなり“バンッ”て」
レイも腕を組む。
「説明がないのが一番不気味だな」
「事故ってことで流されてるけどな」 レオが吐き捨てる。
「どう見ても事故じゃねぇだろ」
サクヤは黙ったまま、前を見ている。
(……残ってる)
わずかな違和感。
体の奥に沈んだ“黒”。
ドクン
小さく脈打つ。
『静かだな』
内側の声。
『さっきの後にしては』
(……黙ってろ)
『隠す気か?』
返さない。
「なぁサクヤ」
レオが顔を上げる。
「さっきどこ行ってたんだよ」
一瞬の間。
「……外」
短く答える。
「外ってざっくりしすぎだろ」 レイがすぐに返す。
「何してた」
わずかな揺れ。
それでも。
「……確認」
それだけ。
レオが顔をしかめる。
「何のだよ」
沈黙。
答えない。
「……はぁ」
レオが椅子にもたれる。
「まぁいいけどよ。どうせまたはぐらかすし」
レイはじっと見たまま。
「隠すなら隠すでいいが――巻き込まれるのは御免だぞ」
軽く言ったはずの言葉。
でも、少しだけ重い。
その時。
「……ねぇ」
静かな声。
雪。
今まで黙っていたのに、ふと口を開く。
「それ、“外”でしょ」
空気が止まる。
レオが振り向く。
「は?何が?」
雪は少し考えてから、言葉を選ぶ。
「さっきの」
「教室じゃなくて……外で起きてた感じ」
レイが目を細める。
「……見たのか?」
「見てない」
すぐに否定する。
「でも……なんか、そう思った」
曖昧な言い方。
でも引っかかる。
サクヤの指がわずかに止まる。
(……当たってる)
レオが眉をひそめる。
「いや分かるわけねぇだろそんなの」
「普通に中で割れたんじゃねぇの?」
雪は小さく首を振る。
「違う“気がする”」
そして、ぽつりと続ける。
「……似てるから」
「似てる?」
レイが聞き返す。
少しの沈黙。
雪は視線を落とす。
「昔、聞いたことある」
空気が変わる。
レオが身を乗り出す。
「何それ」
雪はゆっくりと言葉を探す。
「ちゃんとは覚えてないけど……」
そして。
「“中じゃなくて外で起きるものは危ない”って」
――その瞬間。
サクヤの視線が動く。
雪へ。
低く、小さく。
「……それ、今言うのかよ」
周りにはほとんど聞こえない声。
でも、確かに届く。
雪は一瞬だけサクヤを見る。
少しだけ、困ったような表情。
「……ごめん」
小さく。
「でも、今は言った方がいい気がした」
ほんのわずかな間。
サクヤは何も言わない。
(……止めても無駄か)
レオが腕を組む。
「いやホラーじゃねぇかそれ」
「誰だよそれ言ったの」
「……おばあちゃん」
さらっとした一言。
でも軽くない。
レイが静かに問う。
「根拠は?」
「ない」
即答。
「ただ……なんか同じ感じがした」
それだけ。
説明はない。
けれど――
妙に引っかかる。
レオが頭をかく。
「なんか一気に気味悪くなったんだけど」
レイも小さく息を吐く。
「……気のせいで済ませるには、続きすぎてるな」
雪はそれ以上何も言わない。
ただ、窓の外を見る。
見えないはずの“外”。
でも――
(……いる)
気のせいかもしれない。
それでも消えない違和感。
サクヤは拳を軽く握る。
ドクン
まだ鳴る。
でも――
さっきより少し静かだった。
(……終わってない)
小さく息を吐く。
「……また来るのかよ」
誰にも聞こえない声。
その瞬間。
窓の外。
“何か”が、わずかに揺れた。




