第31話「声」
——黒が、揺れている。
止まりかけたそれは、だが次の瞬間、再び膨れ上がろうとする。
「無駄だ」
“それ”が吐き捨てる。
「たった一言で、何が変わる」
リンは、震えていた。
足も、声も、何もかもが限界だった。
それでも。
「……サクヤ」
呼ぶ。
もう一度。
「帰ってきてよ」
——内側。
暗い。
何も見えない空間で、サクヤは膝をついていた。
息が荒い。
体は、もう動かない。
「……無理だろ」
“それ”が笑う。
「外は見ただろ?全部終わりだ」
倒れたレオ。
動かないレイ。
泣きそうな顔のリン。
全部、見えている。
「守れなかったな」
その言葉が、刺さる。
「……うるせぇ」
小さく、吐き捨てる。
「まだだ」
顔を上げる。
「終わってねぇ」
“それ”の笑みが、わずかに歪む。
「は?」
「決めるのは——俺だ」
その瞬間。
——声が、届く。
「……サクヤ」
リンの声。
震えている。
それでも、確かに。
「帰ってきてよ」
——外。
黒が、大きく揺れる。
「……っ、チッ」
“それ”が舌打ちする。
「うるせぇんだよ……!」
手が、リンへと伸びる。
だが。
止まる。
「……な、に……?」
腕が、動かない。
震えている。
黒が、割れるように揺らぐ。
——内側。
サクヤが、立つ。
ふらつきながら。
それでも、確かに。
「……聞こえてんだよ」
一歩、踏み出す。
「ずっと」
拳を握る。
「だから——」
顔を上げる。
その目は、もう折れていない。
「返せ」
“それ”の表情が、初めて歪む。
「は……?」
「俺の体だ」
黒が、ぶつかる。
内側で、衝突する。
軋み。
崩壊。
圧。
それでも。
サクヤは、退かない。
「うおおおおおお!!」
——外。
黒が、爆ぜる。
衝撃が走る。
リンの体が、吹き飛びそうになる。
「きゃっ……!」
だが。
次の瞬間。
静寂。
黒が、収束していく。
ゆっくりと。
確実に。
消えていく。
そこに——
「……はぁ……っ」
立っていたのは。
サクヤだった。
傷だらけで。
血にまみれて。
それでも。
その目は——
ちゃんと、生きている。
「……サクヤ……?」
リンの声が、震える。
サクヤは、ゆっくりと顔を上げる。
そして。
「……悪い」
かすれた声で、言う。
「ちょっと、手間取った」
リンの目から、涙がこぼれる。
「ばか……」
崩れるように、その場に座り込む。
サクヤは、一歩踏み出す。
だが。
「——まだだ」
空気が、再び軋む。
残滓のような黒が、揺れる。
消えきっていない。
「完全には終わってねぇ」
サクヤの視線が、鋭くなる。
「けど」
拳を握る。
「ここからは——」
振り返る。
リンを見る。
その奥に、倒れている二人も。
「俺がやる」
黒が、わずかに蠢く。
それを——
押さえ込むように。
「全部、終わらせる」
——静かに、息を吐く。
その姿はもう。
“化け物”じゃない。
——戦う人間だった。




