第25話「黒の内側」
——落ちている。
音がない。
重さもない。
ただ、沈んでいく感覚だけがあった。
「……ここ、どこ……」
リンの声は、どこにも反響しない。
暗い。いや、“黒い”。
上下も、前後も分からない。
けれど——
「……違う」
完全な無ではない。
何かが、いる。
微かに、揺れている。
「……サクヤ?」
一歩、踏み出す。
足場なんてないはずなのに、確かに“進める”。
黒が、波のように揺れる。
その奥に——
「……いた」
見えた。
膝をついた、少年の姿。
「サクヤ!!」
駆け寄る。
触れようとした、その瞬間——
——バチッ
「っ……!」
弾かれる。
見えない“壁”。
「……来るな」
低い声。
顔は伏せたまま。
「サクヤ……?」
「来るなって、言ってるだろ……」
苦しそうな声。
それでも、確かに彼のものだった。
「でも——」
「……もう遅い」
黒が、彼の腕を覆っていく。
侵食が、内側から進んでいる。
「抑えきれねぇ……」
「そんなの……!」
リンが拳を握る。
「まだ話せてるじゃん!ちゃんといるじゃん!!」
「……それが最後だ」
ぽつり、と。
「これ以上、近づいたら……」
一瞬、言葉が途切れる。
「……お前を、壊す」
静かな宣告。
だが——
「それでもいい」
リンは、即答した。
「……は?」
わずかに、サクヤの顔が上がる。
「それでもいい」
一歩、踏み出す。
見えない壁が、軋む。
「見捨てるくらいなら、壊れてもいい」
「バカかよ……!」
初めて、感情が強く出る。
「なんでそんな簡単に——」
「簡単じゃない!!」
リンが叫ぶ。
黒が、震える。
「ずっと一緒だったじゃん!!」
声が、空間を揺らす。
「辛いときも、笑ったときも……全部!!」
さらに一歩。
壁に、亀裂が入る。
「だから——」
手を、伸ばす。
「ここで終わりなんて、認めない!!」
——パキン
何かが、砕けた。
リンの手が、サクヤに触れる。
「……っ」
その瞬間。
黒が、暴れた。
——ゴォォォッ!!
空間が歪む。
サクヤの体が、大きく震える。
「やめろ……!!」
叫び。
だが遅い。
侵食が、一気に進む。
「リン、離れろ!!」
「やだ!!」
強く、握る。
「絶対離さない!!」
その瞬間——
黒が、“止まった”。
「……え?」
リンの手の中。
サクヤの指が、微かに動く。
「……リン」
名前を呼ぶ声。
確かに、そこにある。
次の瞬間。
——ドクン
鼓動。
今までと違う。
重く、深い。
黒が、逆流するように揺れた。
一方、その外。
「……反応が変わった?」
レイが眉をひそめる。
「何が起きてる……」
黒の塊。
完全に閉じていたそれが、微かに“脈打っている”。
「……おい、レイ」
レオが立ち上がる。
血に濡れたまま。
「まだ終わってねぇんだろ」
「……ああ」
短く答える。
だが、その目は鋭い。
「むしろ——」
黒が、歪む。
内部から、何かが押し上げるように。
「ここからが本番だ」
再び、内側。
リンの手の中で。
サクヤの瞳が、ゆっくりと開く。
だが——
その色は。
今までと、違っていた。
「……っ、それ……」
リンが息を呑む。
黒の奥で。
彼は、確かにそこにいた。
だが同時に——
“別の何か”も、そこにいた。
「……遅ぇよ」
かすれた声。
笑ったのか、歪んだのか分からない表情。
その背後で。
黒が、静かに“形”を変えていく。
人ではない。
影でもない。
もっと——
“観測される側ではない何か”。
——物語は、臨界を越える。




