第23話「境界の向こう側」
——バキッ
空間が、割れた。
黒が溢れる。
まるで“世界の裏側”が剥き出しになるように。
「……っ!」
リンは息を呑む。
あの時と同じ。
いや、それ以上だ。
「来るぞ!!」
レオが叫び、剣を構える。
次の瞬間——
“それ”は現れた。
形は定まらない。
黒い霧のようであり、影のようでもある。
だが。
確かな“意思”だけが、そこにあった。
——見ている。
こちらを。
「……っ、気持ち悪ぃな」
レオが低く吐き捨てる。
「ただの魔物じゃない」
レイの目が鋭く細まる。
「構造が違う……“向こう側のもの”だ」
その時。
黒が、動いた。
——ドンッ!!
「ぐっ!」
衝撃。
目に見えない何かが、叩きつけるように襲いかかる。
レオが剣で受け止め、地面を削りながら踏み止まる。
「重っ……!」
「物理干渉あり!」
レイが即座に分析する。
「ただの幻じゃない、実体化してる!」
黒が、再び膨れ上がる。
次の一撃が来る。
「リン、下がれ!」
「でも——」
「いいから!!」
強い声。
リンは歯を食いしばり、一歩退く。
その瞬間。
——ズンッ!!
地面が抉れる。
さっきまでリンがいた場所が、消し飛んだ。
「……っ」
ぞっとする。
当たっていたら、終わっていた。
「クソが……!」
レオが踏み込み、斬りかかる。
「どんなもんか知らねぇが——!」
剣が、黒を裂く。
だが。
手応えが、ない。
「なに……!?」
斬ったはずの部分が、すぐに“戻る”。
「再生……いや、形を持ってないのか」
レイが舌打ちする。
「物理攻撃だけじゃ決定打にならない」
その時。
黒が、ゆっくりと“形”を変えた。
「……え?」
リンの目が見開かれる。
人の形。
崩れながらも、確かに——
「……サクヤ?」
輪郭が、揺れる。
顔ははっきりしない。
でも。
その“気配”だけは、間違えようがなかった。
「……リン……」
掠れた声。
「っ……!」
リンが前に出る。
「サクヤ!!」
「来るな!!」
叫び。
その瞬間。
黒が、爆ぜた。
「っ!?」
衝撃が全員を吹き飛ばす。
レオがリンを庇い、地面を転がる。
「ぐっ……!」
「レオ……!」
「無事か……!」
顔を上げる。
そこには——
“サクヤ”がいた。
だが。
その身体は、黒に侵食されている。
半分は人。
半分は、あの“向こう側”。
「……来るなって、言ってるだろ……」
苦しそうな声。
「サクヤ……」
リンが、震えながら手を伸ばす。
「大丈夫、今助ける——」
「やめろ!!」
怒鳴り声。
同時に、黒が暴走する。
触れようとした空間が、歪み、裂ける。
「リン、下がれ!!」
レオが引き戻す。
「でも——!」
「分かってる!」
歯を食いしばる。
「分かってるけど、今はダメだ!」
レイが前に出る。
「……制御できていない」
冷静に観察する。
「意識は残っているが、侵食が優勢だ」
「じゃあどうすんだよ!」
「一度、引き剥がす」
「は!?」
「外側の“黒”だけを削る」
レイの目が光る。
「中のサクヤを露出させる」
「そんなこと——」
「やるしかない」
言い切る。
その時。
サクヤが、ゆっくりと顔を上げた。
「……レイ」
「……まだ認識できるか」
「少し、だけな……」
息が荒い。
「……頼む」
一瞬の間。
「俺ごと、やれ」
「なっ……!」
リンが息を呑む。
「やめて……!」
「このままじゃ、抑えきれない」
黒が、さらに膨れ上がる。
「……全部、飲まれる前に」
視線が、レイに向く。
「終わらせろ」
静かな覚悟。
レイが、目を細める。
「……断る」
「は?」
「助ける価値があると言ったはずだ」
構えを取る。
「まだ終わってない」
「……甘いな」
サクヤが、かすかに笑う。
「それで死んでも、知らねぇぞ」
「死なせない」
短い言葉。
レオが横に並ぶ。
「当然だろ」
剣を構える。
「勝手に諦めてんじゃねぇよ」
リンも、一歩前へ。
「絶対に、連れ戻す」
三人の視線が重なる。
その瞬間。
サクヤの中の“何か”が、蠢いた。
——ドクン
嫌な鼓動。
黒が、一気に膨張する。
「来るぞ!!」
レイが叫ぶ。
次の瞬間——
“サクヤごと”、黒が暴走した。
空間が裂ける。
世界が、歪む。
——制御不能。
それでも。
「行くぞ!!」
三人は、同時に踏み出した。
救うために。
壊すために。
そして——
取り戻すために。




