第13話「疼き」
――“それ”は、内側から伸びてきた。
空間の、奥。
何もないはずの場所から。
ぬるり、と。
黒く歪んだ手が現れる。
「……は?」
レイの声が止まる。
理解が追いつかない。
そこには、何もなかった。
なのに今、“中から”出てきた。
「なに……これ……」
リンが一歩下がる。
手は一本じゃない。
もう一本。
さらにもう一本。
空間のあちこちが裂けるように歪み、そこから“手”が伸びてくる。
まるで――
この世界の裏側に、別の何かがいるみたいに。
ドクン。
「っ……!」
サクヤの肩がわずかに揺れる。
胸を押さえる。
内側から、叩かれるような感覚。
強くなっている。
確実に。
「サクヤ……?」
リンが不安そうに呼ぶ。
その瞬間。
「……なにこれ」
リン自身も、胸元を押さえた。
「苦しいわけじゃないのに……変な感じ……」
レイも、わずかに眉をひそめる。
「……影響、してるな」
原因は一つしかない。
サクヤだ。
ドクン。
また鳴る。
サクヤの胸の奥で。
それに呼応するように、“手”が蠢いた。
「……なるほど」
サクヤが、静かに呟く。
視線は“それ”のさらに奥へ。
「繋がってる」
「なにがだ」
レイが問う。
サクヤはゆっくり一歩踏み出した。
「“向こう側”」
「向こう……?」
「位置が違うだけだ」
意味は分からない。
だがサクヤには、“見えている”。
どこから伸びてきているのか。
どこに“本体”があるのか。
ドクン。
脈が強くなる。
胸の奥が熱い。
「……見える」
手を伸ばす。
何もない空間へ。
「そこか」
触れた。
その瞬間。
グニャリ、と空間が歪む。
「っ!?」
リンが息を呑む。
見えなかった“何か”が、そこに浮かび上がる。
裂け目のような“入口”。
その奥に――
“いる”。
「ここだな」
サクヤが拳を握る。
そして、そのまま振り抜いた。
ドンッ!!
見えない何かに直撃する感触。
同時に。
伸びていた“手”が一斉に跳ねる。
「当たってる……!?」
リンが叫ぶ。
サクヤは答えない。
ただ、確信していた。
「……簡単だな」
ドクン。
さらに強く。
胸の奥が軋む。
「……っ」
一瞬、顔を歪める。
だが――止まらない。
「ズレてるだけなら」
空間に手を突っ込む。
あり得ない動き。
「引きずり出せばいい」
ギチッ――
何かを掴む感触。
そして。
ズルリ、と。
“それ”が現実に引きずり出された。
黒く歪んだ、人型の何か。
存在が不安定に揺らいでいる。
「うそ……」
リンが息を呑む。
グギャアアア!!
絶叫。
同時に、周囲の“手”が暴れ出す。
「サクヤ、離れろ!」
レイが叫ぶ。
だがサクヤは――
笑っていた。
「なるほど」
ドクン。
ドクン。
脈が止まらない。
胸の奥で、確かに鳴っている。
「こうやって“触れる”のか」
「サクヤ……それ、やばいって……!」
リンの声が震える。
だがサクヤの目は――静かだった。
冷たく、澄んでいる。
「全部、見えてる」
拳に力を込める。
「だから――」
バキンッ!!
“それ”の体が歪み、砕ける。
だが。
終わらない。
空間がさらに裂ける。
新しい“手”が、次々と伸びてくる。
「……まだ来るのかよ」
レイが構える。
リンも杖を握る。
だが。
サクヤだけが違った。
「……いい」
小さく呟く。
ドクン。
「増えろよ」
「は……?」
レイが振り向く。
サクヤは、胸を押さえながら笑っていた。
苦しそうに。
でも、どこか嬉しそうに。
ドクン。
ドクン。
「その方が……」
一歩踏み出す。
空気が張り詰める。
「よく分かる」
リンの顔が強張る。
「サクヤ……やめて……」
直感的に分かる。
これは危ない。
「……もっと」
サクヤが呟く。
ドクン。
「もっと来い」
ドクン。
「足りない」
そして、顔を上げる。
静かに、はっきりと。
「まだ――」
一瞬、胸を強く掴む。
痛みを確かめるように。
「痛みが足りない」
その言葉に、空気が凍る。
次の瞬間。
無数の“手”が、一斉に襲いかかった。
――それを迎え撃つように、
サクヤは踏み込んだ。




