第11話 見えているのは、お前だけか?
放課後。
いつも通りのはずの教室は、どこか静かすぎた。
ざわめきはある。笑い声もある。
けれど、それがやけに“遠い”。
まるで、薄い膜を一枚挟んだ向こう側で鳴っているような――そんな違和感。
サクヤは窓際の席で、ぼんやりと外を眺めていた。
校庭ではレオが剣を振っている。
重い一撃が地面に叩きつけられ、土が弾ける。
その衝撃を、以前の自分なら“すごい”と思ったはずだ。
けれど今は違う。
――浅い。
そんな言葉が、自然と浮かんでいた。
何を基準にしているのか、自分でも分からない。
ただ、“足りない”と感じてしまう。
それが、何よりも気持ち悪かった。
「……なあ、サクヤ」
不意に、背後から声がかかった。
振り向くと、レイが立っていた。
整った顔。静かな目。
けれど、その奥にある何かが、今日は少しだけ違う。
観察されている。
そんな感覚が、肌に触れるように伝わってきた。
「最近、変だよな」
「……何が?」
「全部」
短い言葉だった。
だが、その一言に含まれる重さが、やけに大きい。
「動きも、視線も、間の取り方も」
「お前、前と違う」
レイは一歩、距離を詰める。
教室の空気が、わずかに張り詰めた。
「……そう見えるだけだろ」
サクヤは視線を逸らす。
無意識に。
だが、その“逸らし方”すらも――
「それだよ」
レイの声が、低くなる。
「今の動き。普通じゃない」
心臓が、わずかに強く打った。
気づかれている。
完全ではない。
だが、確実に“何か”を感じ取られている。
「なあ」
レイはさらに一歩近づいた。
距離は、もう腕を伸ばせば届くほど。
「お前……」
一瞬の沈黙。
教室のざわめきが、遠のく。
「――見えてるだろ」
その言葉は、小さかった。
だが、確実にサクヤの中に落ちた。
「……何の話だ」
とぼける。
だが、それが通じないことも分かっていた。
「とぼけるな」
レイの目が細くなる。
「俺には分かる」
「お前、“ズレてる”」
その瞬間。
世界が、わずかに歪んだ。
視界の端。
誰もいないはずの場所に、“何か”が立っている。
黒い影。
輪郭は曖昧で、形は定まらない。
だが、確かにそこにいる。
(……またか)
サクヤは息を殺す。
見てはいけない。
関わってはいけない。
本能がそう告げている。
「どうした?」
レイの声が、現実に引き戻す。
「……いや」
サクヤは首を振る。
だが――
影が、動いた。
ゆっくりと。
確実に。
サクヤの方へと、向かってくる。
そして。
耳元で、何かが囁いた。
「――観測、確認」
その瞬間。
サクヤの視界が、弾けた。
世界が、二重に重なる。
現実と、もう一つの“何か”。
レイの姿が、揺らぐ。
教室の壁が、歪む。
時間の流れが、ズレる。
「……っ!?」
思わず息を呑む。
「サクヤ?」
レイが何か言っている。
だが、声が遠い。
代わりに――
はっきりと“聞こえるもの”があった。
「対象、観測者適性あり」
「干渉、許可」
(……やめろ)
理解できないはずの言葉が、なぜか分かる。
次の瞬間。
サクヤの指先が、わずかに動いた。
その動きに合わせて――
教室の“空気”が、歪む。
ピシッ、と。
見えない何かに亀裂が入った。
「……は?」
レイの声が、初めて乱れた。
サクヤ自身も、理解していなかった。
ただ、感じた。
触れられる。
この“ズレ”に。
世界の向こう側に、手が届く。
その感覚だけが、確かにあった。
そして。
黒い影が、ゆっくりと笑った気がした。
「――確認」
その一言を最後に。
世界は、元に戻った。
静寂。
何もなかったかのような教室。
ざわめきも、光も、全部元通り。
ただ一つ違うのは――
レイの視線。
「……今の、何だ」
疑いでも、確信でもない。
その中間。
だが、もう誤魔化せない。
サクヤは、ゆっくりと息を吐いた。
「……さあな」
そう答えながら。
自分の中で、何かが確実に“変わった”ことを理解していた。
――もう、戻れない。
その事実だけが、静かに残った。




