第八話
「…………………………」
「お?どしたんすか、先生」
先生はいきなり立ち止まった。
その視線はオレ……、というよりオレを挟んで向こう側にあるアパートに向いていた。
オレがガキの頃、どころか生まれる前からあるような古い建物だ。
先生に倣ってアパートを眺めるも、何もない。知り合いでもいたのかと思ったが、外には誰もいないようだ。
「………いや、何でもない」
そう言って、先生はまた歩き出し、オレもそれを追った。
聞こうと思ったけど、教えてくれるか分からないし、この場で聞くのは止めた。
それから三十分くらい散歩は続き、オレ達は帰宅した。
先生はソファーへ、オレは台所を借りてコーヒーを淹れて先生に手渡す。
「すまんな」
「いえいえ、先生の家に上がりこんでる分際なので」
一緒に行動する時はこうして家に上げてもらっている。
これくらい当然だとへらりと笑ってそう返すと、先生はコーヒーを一口。それから短く息を吐いた。
「気になるか?」
「まあ、多少は」
先程の事だろう。オレは素直にそう答える。
「たいした話じゃないぞ」
「それでもっすよ。オレがどういう人間か、少しは知ってるでしょうに」
「ああ、コーヒーを電子レンジで飲めない程熱くして寄越してくるクソガキだ」
「正解」
「やかましい」
「あいたっ」
デコピンをくらい、額を押さえる。
うん、たしかにやった。先月、面倒くさくてカップにコーヒーの粉と水を入れて、そのまま適当に時間を設定してコーヒーを温めた。
取っ手もめちゃくちゃ熱くて、それを先生に出したら脳天に拳骨を叩き込まれたよ。
「昔、あの辺りに住んでいた事を話した事があったろう?」
と、先生は今のやり取りなど無かったかのように話し始めた。




