第五話
二人の旧友と、私は商店街を歩く。
八百屋の店頭で店主を呼び込みをしていた。
小さな病院を、親子が入るのを眺めながら通り過ぎた。
おもちゃ屋の爺さんは相変わらず無愛想だったが、置いてあるものはあの頃と変わらないレトロな物ばかりで、思わず手を伸ばしそうになった。
肉屋で旧友はコロッケを買ってお金を渡していた。
あの頃行かなかった、店の中を入って眺めてみた。小さな店ばかりで、大人が三人で並ぶと中々狭い物だと笑い合った。
そんな様子を、店主はおかしそうに笑っている。
あの頃と変わらない景色でありながら、時間は深夜と、初めて見る商店街の顔に、私は心底楽しんだ。
道中の会話の全てを覚えていないほどに……。
ひとしきり回り、時計を見ると、不思議な事にもう明け方近くになっていた。
空も少しだけ、明るみを増している。
「いやー、お茶屋もそうだけど、あの店に入ったの初めてだよ」
「当たり前だろ。婦人服の店なんて、着れねえだろ」
「親だって入ってるとこ見たことないしな。お前んとこは?」
「ん?………ああ、うちも母さんは使ったことないよ。買うとしたら、駅のほうだ」
「そんな場所に入る男三人」
「ホントだよ、正月に何やってんだよ、俺達は」
最後に立ち寄ったおやつ屋。ベンチに三人で座り、盛大に笑う。
二人はおでんやポテトを摘んでいたが、私は彼らの会話を聞くだけで、何も飲み食いしなかった。
二人は何かを話している。が、近くにいるのに聞き取れない。
今に始まったことではない。
二人と再会し、商店街を回ることになった、その時からだった。
私はこの旧友と話した内容を、何一つ覚えていない。
否、この二人に限らず、商店街の人々と交わした会話の内容、何一つ覚えていなかった。
「…………いいや」
一人呟く。が、旧友達は反応しない。
そう、私ははじめから、誰とも会話など交わしていなかった。
会話してる様に思っているのも、過去に実際に話した会話の一部を、頭が補完してるだけ。
それも当然だ。この商店街には、私しかいない。
何かを買ったり、飲み食いしないのも、そこに無いから。
「この光景は、幻だ」
その言葉に、旧友二人はこちらを向く。
あれほど楽しく騒いでいた二人は、無言だ。表情は分からないが、恐らくは無表情ではないだろうか。
いつの間にかの静寂に気付くと、景色に変わりはないが、周りに人はいなかった。
それでも、不思議と恐怖はない。
それも、当然と言えば当然なのかもしれない。何故なら………
「楽しかったか?」
旧友が、仲は良かったが喧嘩の数も多かった弟の方が聞いてくる。
私は、微笑む。
「ああ、とても……楽しかった」
そう、単純な話だ。
この不思議な時間、長いようでとても短い幻が、私はとても懐かしくて、楽しかったのだ。
寂れて、あの頃と変わっていく町に寂しさを、悲しさを覚えた。そんな心が暖かく満たされる程に楽しくて仕方なかった。
そう答えると、一番親しかった兄の方が答える。
「そっか。なら、また遊びに来いよ?もしかしたら、俺達ともまた会えるかもだ」
目の前の二人が薄れていく。消えゆく彼らの、影の底に覗く口許を見て、私はしっかりと……
「ああ、約束するよ」
そう、返した。




