第十六話
「それからも、私は彼女の絵を描き続けた。そのやり取りがあった数日後くらいか……。それが、あの絵というわけだ」
「………その人は、じゃあ」
「行ってしまったよ、翌月にな。彼女は最後までいつも通りで、別れは…………いや、言うまい」
懐かしむように、先生は壁の絵に視線を投げた。
「お前が期待するようなことは何もないよ」と言いながら……。
「じゃあ、今も海外に?」
「かもしれんし、違うかもしれん。暫くは連絡を取り合っていたが、それも段々と無くなった。今は何処でなにをしているのか………」
絵を見つめたまま、先生の口調は当時を懐かしむようにその目を細めた。
「聞かなかったんですか?」
「………ん?」
「その、どうして先生の事を好きだったとか」
「………………………」
オレの質問に先生は黙り込んでしまった。
別に野暮な事を聞きたいとか、そういうわけじゃない。
知りたかったんだ。
一緒にいても、結局全てを教えてはくれないこの人の事を、どんな事でもいいから知りたかった。
答えるべきか、否か………。
先生は一度、サイドテーブルの煙草に手を伸ばしかけて、止めた。
「……………?」
一瞬、何か違和感を覚える。
先生が煙草を吸おうとして止めるのは、何か話そうとしてくれる時の癖で、今に始まったことじゃない。
けれど――今のそれは何かが違った。
「せん――――――」
「そうだな。たしかに、していた」
意図してか、偶々か………先生はオレの言葉を遮りながら、若干、気恥ずかしそうにしながらも当時のことを思い起こしていた。
「私の性格はあの頃から変わっていなくてね。一人を好んで、静かに過ごしているかと思えば、時折、何かを望んでいるかのような視線が気に入った………ということらしい」
「何かを……望む……」
「本当に、大したことではないさ。大人になってから、その望みは叶えたわけだしな」
そう言って、先生はオレの方を見て微笑を浮かべた。
「先生は、その……教えてくれたらでいいんですけど」
「何を望んだか、知りたい?」
「………………」
頷くオレ。先生は水を一口。
青い花びらとともに、眠る少女の前で先生はその『望み』を教えてくれた。
「私の望みはな――――――」
◆第三章「Flowers and Girl」 完




