第十五話
絵を描き始めてから、俺と天城は学校でも話すようになった。
ろくすっぽ誰とも話さない俺が特定の誰かと話す………それを物珍しそうに周りが見ていたが、それは自分でもそう思う。
廊下で会えば話し、昼になれば一緒に食事を取り………放課後になれば彼女の家へ絵を描く。
それは日課のようになりつつあり、俺もそれを受け入れ始めていた。
そんな日々が続いたある日、キャンバスに筆を乗せながら、花びらの下に眠る少女に問う。
「――それで、何を隠しているんだ?」
「…………何の話かな」
「とぼけるな。お前はいつも顔に出ている」
「……よく言われるんだよね、友達にも」
筆に乗った絵の具を髪の毛として置き去りにしながら返すと天城は諦めたように苦笑を浮かべ、シーツに包まったまま、上体だけを起こした。
腕時計に目をやれば、作業に入って大分時間が経っていたらしい。
休憩の意を込めて筆を置き、彼女に向き直ると、さっきまでの苦笑は、俺がどういう意味なのかと知りたかった、寂しげな笑みへと変わっていた。
「私、さ。来月、引っ越すんだ」
「何処へ?」
「海外。親の仕事の都合でさ、日本に帰ってこれるかどうかも、分かんない」
「そうか………」
短く、そう返した。
「でもさ、知りたいのはそれじゃないんでしょ?なんなら、私が引っ越すかもって気付いてたり?」
「これだけ、お前の家に足を運んでいればな」
ほぼ、引っ越すのは確定なのだろうと思っていた。
一度や二度、遅くなるまで作業をしてしまった日があるが、俺は彼女の両親に会った事はなかったし、少しずつ家の物が無くなっていることも気付いていた。
そう、天城の言うとおり、知りたいのはその事ではなかった。
だが、彼女は俺が口を開く前にベッドから降りて、描きかけのキャンバスに視線を移した。
「この構図、私が好きな絵本にある構図、そのものなの。もう向こうに送っちゃったから、見せられないんだけどね。だから――――」
俺が聞きたいことの答えを一つ、口にした。
そして、俺に背を向け、一度、沈黙に身を置いた。
秒針が音を立てて静寂を破る中、やがて彼女は覚悟を決めるかのように、大きく息を吐き出し――――
「私の好きなところを、私の好きな人に描いてもらいたかった」
「――――――――」
そう、振り返る天城は顔を真っ赤に染めながら、知りたかった二つ目の答えを教えてくれた。
言葉が、出なかった。
単純に、その答えを予想していなかったから。
一歩、二歩と歩み寄る彼女に、俺は何も返せなかった。
何か言おうと、口を開きかけて、その口に天城の人差し指が当てられる。
「駄目、言わないで」
「――――――」
指で押さえたまま、天城は無理したように笑った。
「聞いたら、辛くなるから。君が、どっちの答えを言っても………私は辛いから。だから、言わないで」
指を離し、それから彼女はベッドに腰掛けた。
「さあ、休憩終わり!続き、お願いね」
まるで、さっきまでのやり取りがなかったかのように、天城は元気な笑みを浮かべると、そう俺に促す。
俺は、何も答えないまま………置いた筆を取り続きを描き始めた。
いつか来る別れと、告白の返事を遮る時に僅かに天城の瞳に滲んだ涙。
それを、振り払うように…………




