第十二話
◆第三章「Flowers and Girl」◆
「…………………………」
「いつも来る度、お前はその絵を見ているな」
「いや、月並みな感想なんですけど、すげー綺麗だなって………」
先生の家のリビング。対面に座っているオレは壁の絵を見たまま、ぼんやりと返した。
少女の絵だ。
肩までかかる亜麻色の髪の少女が青い花びらの散るベッドの上で、肩より下からシーツを被り、眠っている様子がキャンバスに描かれている。
淡く、色調の薄い色で描かれたそれは何処か、目の前にあるというのに遠くにある様に感じる儚さを放っていた。
学校生活、美術の成績が壊滅的だったあまり、学友達に教わろうが先生とのマンツーマンレッスンで基礎を叩き込まれようが、何一つ進歩しなかった程、美的感覚の存在しないオレでさえ、この絵を見てそう感じるのだ。
それこそ、この画家の絵が他に存在するならば欲しいくらいに。
だが、先生はこの絵が嫌いなのか何なのか、オレが絵を眺めているといつも不機嫌そうな、居心地の悪そうな表情を浮かべる。
遠回しに嫌いなのか?別の部屋に移したらどうか?と聞いたことはあったが、それでも先生はこの部屋から絵を動かすことはなかった。
「誰なんすか?この絵を描いたの」
「………………………」
この際だからと、率直に聞いてみた。
先生の顔は「いつか言うと思った……」とでも言いたげに、露骨に渋いものへ変わる。
「オレも欲しいな、って思ったんですよ。純粋に。めっちゃ綺麗だし、見てて落ち着くし。他にも描いてるなら、画集でもいいから欲しいって、そう――――」
「そんな物はない。コイツが描いたのは、この絵一枚きりだ」
「……知り合い、とか?」
渋い表情を更にしかめ、そう答える先生に、オレは更に質問をぶつける。
けど、先生の答えはオレの予想の斜め上だった。
「――――描いたのは私だよ」
諦めたように、先生は言った。
「――なんて?」
「だから、描いたのは私だ。学生時代、この絵のモデルに頼まれて描いたんだ」
「先生………」
(………………画家じゃん)
なるほど。先生の反応が微妙なのはこういうことだったのかと納得するオレ。
けど、オレは止めておけばいいのに、またしても余計なひと言が口を突いて出た。
「まさか…………全裸………ノォオオオオオオオオオッ!!!!!?」
「松波ぁ………この際だ、私も聞いておこう。お前の頭に入ってるのはちゃんとした脳みそか?それとも、ピンクに染まった綿の塊か……………っ?」
「ぴ、ピンクピンク!!本物、本物が入ってますよ先せ………あぁあああああ!!!」
愚か者の悲鳴が先生の部屋の中を埋め尽くす。
先生のアイアンクローから解放されたのは、それから数分後の事だった。
「はぁ、はぁ………、まったく」
「いてぇ…………。せんせー、珈琲淹れます?」
「………いや、水でいい」
乱れた髪を整え、そう返す先生。
オレはまだ痛む頭を押さえながら、彼の言うまま、グラスに水を注いで帰ってきた。
口を湿らせる先生。
それから少し間を置いた後、先生はある話をオレにしてくれた。




