第十話
「さて、ここまで半分」
「…………へ?」
「半分、と言ったんだ。ここからが本題だ。といっても、その本題とは散歩であのアパートの前を通った時、私が気になった事だ」
「何が気になったんすか?」
「『彼は誰だったんだろうか?』と」
「…………は?」
思わず変な声が出た。誰だった?
一瞬、思考が停止した。この人は何を言ってるのか、と。
「どういう事っすか?遊んでたんすよね、その子と。家でも遊んだって…………」
「ああ」
「それなのに分からないんすか?」
「正確には、どういう子ども、どういう家族だったのか分からなかったんだ。名前は教えてもらった、年齢は………聞いてなかったか。彼の母親にも遊ぶ過程でよく会っていた。だがな、それ以上の事は知らないんだ。松波」
「は、はい」
「当たり前のことすぎて当時の私は聞かなかっただけなんだろうが………。一つ訪ねるが、お前は六、七歳の頃、何をしていた?私は話した通り、学校に通っていた」
「そりゃあ、オレもそうですよ。学校行って、一応勉強して、友達と遊んで………」
何となく、先生の『気になった事』とやらの答えが分かり、言葉が詰まる。
先生もそれを察して、「そのまさかだよ」と答える。
「そう、私は彼から一切、そういう話を聞いた事がない。遊んでいれば、一つ二つは出そうな話なのに、だ。彼がほかの友達と遊ぶという話もした事はないし、学校などの行事があるから、と断られた事もなかった。いや、そもそも、彼は小学生だったのか、幼稚園児だったのか……」
「学校に通ってない…………」
「気になる事はもう一つ。彼らが引っ越した期間だ。最初に話した内容を覚えているか?」
「二ヶ月…………」
「こう言ってはなんだが、何度も引っ越しを繰り返せるほど裕福な家庭にも見えなかった。だというのに短期間で引っ越しを繰り返し、もしかすれば学校、または幼稚園にも通っていないかもしれない彼……。いや、もしかすれば、私が最初に彼と会った時も、祖父のアパートでそれまで会ったことがなかったのではなく、越してきてすぐだったのではないだろうか?」
ひとしきり喋り終え、窓の外へと視線を移す先生。
短い時間で引っ越して消えてしまった先生の幼少期の友達……。
まるで、何処に行ったのか探すように遠くを眺めていた。しかし………。
「と、まあ……、その程度の話だ」
「………へ?」
何でもないかのように、先生は薄い笑みを浮かべ、再びこちらを向いた。
「言ったろう?大した話ではないと。所詮は子どもの頃の話だ。私からはそう見えただけで、本当は違うのかもしれない。たまたま通りかかって思い返してみたら存外、気になっただけだよ。まあ、お前は気になって仕方ないみたいだが?」
「そりゃあ、そうっすよ。先生の話通りなら、大人になって考えてみると大分不思議な話じゃないすか。短い期間で引っ越し繰り返して、最後には何も言わずに消えるなんて」
「まあ、そうだな。だが、もう過ぎた事だ。今更、調べようのない話でもあるんだからな」
「何処にでもある話だよ」と、それだけ付け加えると、先生はこの話は終わりだと言わんばかりに、すっかり温くなったコーヒーを一気に飲み干した。
第二章「Who are you?」 完




