第四話 ユリウス
私が生まれてから1カ月ほどが経った。
徐々に目と耳が機能し始め、少しずつ物事を捉えられるようになってきた。
どうやら私つきの侍女は3人いるようで、そのうちの1人が乳母のようだ。
そんな侍女たちは、よく私に話しかけてくる。
最初は『何か喋っている』と言う事しか分からなかった。
しかし、時間と共に聞こえるようになっていった私の耳には、決してそれが良い言葉では無い事が分かってしまう。
言葉は分からない。
だが、人間、声のニュアンスで何となく言っている事は分かるのだ。
それでも身の回りの世話をしてくれているから、私から何かを言う事は無い。
人間、愚痴を言っていなければやっていけない仕事がある事を、経験で知っている。
私は大人として、彼らの愚痴を聞いていないフリをし続けながらも、良い言語の教材にしていた。
そんな1カ月だったのだが、他にも変化はあった。
それが魔力だ。
最初の頃は勘違いかとも思った、腹の煮えたぎるような感覚。
あれが魔力かどうか、最初は分からなかったが、感情の高まりと共に動く感覚があった。
それを繰り返す度に強く感じるようになり、いつの間にか、意識しなくても腹の奥にそれがあるのだと分かる。
だが、魔力と呼ぶには、あまりにも頼りない感覚だ。
炎を出すだとか、光を放つだとか、そんな分かりやすい変化は何一つ起こらない。
体の中に何かがあると言うだけで、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、腹の奥に熱のようなものが溜まる感覚が、湯たんぽ代わりになって安眠できるのは、地味に便利である。
そんな魔力なのだが、酷く感情に左右されるのが難点だ。
空腹の時。
眠たい時。
うんちをして不快な時。
様々な感情によって揺さぶられて、腹に集まっていた熱がじわりと広がり、霧散する。
なるべく理性で持って抑え込もうとするのだが、なかなか上手くいかない。
今は感情に左右されないようにするのと、感情によって霧散する魔力を留める訓練を暇つぶしにやっている。
これをやって何の得があるのかは、現状の私にも分からない。
だが、これ以外やる事も無いので、起きている時間はずっと魔力らしきモノを弄んでいた。
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私が寝て乳を吸って魔力を弄んでいた昼下がりの頃、母親らしき豪華なドレスを着た女性がやってくるのが視界の端に映った。
私の母親は忙しいようで、たまに顔を見せにくるのだが、ほとんどが執事らしき人を引き連れて仕事をしながら、だ。
まだ内容自体は分からないが、私が第三王子だとしたら、母は王妃なのだろう。そうであるならば、この仕事の量は納得だ。
だが、そんな母親……と言うか父親に疑問がある。
私は母親の顔は何度も見たが、父親らしき影を一度として見ていない。
それどころか、男と言う男を殆ど見ておらず、唯一が執事らしき人だけだ。
この国が女尊男卑ならば、それでも分からないでもないが……。いや、それでも説明がつかないだろう。
すでに父親が死んでいる可能性もあるが……そんな事を言いだしたらキリがない。
私がそんな事を考えているとも知らずに、母親らしき女性が私を抱き上げる。
その瞬間、私の体は自然に体をあずけていた。
不思議なものだ。
視界は相変わらずぼやけていて、母親の詳細な顔までは分からない。
声も、言葉も、何一つとして発していない。
だが、それでも、私の体は確かに安心していた。
毎度、毎度の事だ。
なぜか母親らしき女性に抱かれると、いつもこうなる。
まるで魔法。まるで奇跡。それが母親。
腕に抱かれ、規則的に揺らされるたび、私の体が溶けていく。
次第に疲れた体からも力が抜けて、意識が……霞んでいく。
次に私が意識を取り戻した時。それは、もうすでに母親がいなくなった後であった。
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私が生まれてから2カ月が経った。
更に意識がハッキリとしてきて、耳も良く聞こえるようになってきた。
これまでは、チャネルの合わないラジオのような音だったが、今となっては大まかな単語を聞き分けられる。
そして、それによって繰り返し登場する単語が聞き分けられるようになった。
その結果として、遂に私の名前が分かったのだ。
『ユリウス』
これが私の名前らしい。
しかし、自分の名前が分かったからと言って、何かが劇的に変わった訳でもない。
相変わらず、出来る事は、寝るか、乳を飲むか、魔力らしきモノを弄ぶかの三択だ。
体も自由には動かせないし、声を出そうとしても、意味のある音にはならない。
ただ、名前を覚えられたおかげで、私に向けて放った言葉をある程度推測できるようになった。
母が私に向かって話しかける言葉。
侍女が私に向かって問いかける言葉。
乳母が私に向かって愚痴を言う言葉。
未だ言葉は分からないが、少しずつ単語を推測するにつれて、自身が置かれているフロストハイム王国・第三王子・ユリウスとしての立場と環境を確かめてゆく。
このまま、音の並びと状況が一致する回数が増えれば、いずれ言葉も分かるようになっていくだろう。
今は、急ぐ必要は無い。
今はまだ、観察の段階だ。
そう割り切って、私は再び目を閉じた。
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私が生まれてから3か月。
ついに、意識も視界も音ですらハッキリしてきて、人の輪郭だけでは無く、詳細な顔まで見えるようになってきた。
それで分かったのだが、どうやらこの世界の顔立ちは西洋の面影を感じる。
周りの家具を見ても、中世ぐらいのレベル感だ。
しかし、明らかに一つだけおかしいものがある。それは、1人の侍女が持っていた本だ。
その侍女は、特に夜の勤務時に本を持ってきて、何やら書き込んでいる。
遠くで見ていた限り、どうやら日記帳のようだ。
だが、問題はそこでは無い。いくら王族付きの侍女とは言え、日記帳を個人で持っていること自体がおかしい。
アウレアが言うには、この時代は西暦で言うと1000年から1300年ぐらいの技術力と言っていた。
で、あるならば、紙は非常に高価であり、入手は困難なハズ。
もしも、侍女が名家の生まれであったとしても、おかしい部分がある。それは、侍女たちの体つきだ。
栄養を与えなければならない乳母ですら痩せていたのだ。日記帳を持つ侍女も同様に痩せ細っている。
なぜ高価な日記帳を持っているのにも関わらず、痩せ細っている?
そんな疑問が浮かび、同時にこの国が歪んでいる事が何となく分かってしまった。
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生まれてから4カ月が経とうとしていた頃。
私は誰も居ない部屋の中で両手と両足をドタバタと動かしていた。
産まれてから徐々に成長してきた体は、そろそろ四肢を動かせるようになり、寝返りが出来るようになっていた。
身体的成長は凄まじく、1週間で自分の成長を感じられる機会などそうそうないだろう。
それが楽しく、もっと成長したいと、もっと早く動き回りたいと願って、誰も居ない部屋で暴れているのだ。
そして、身体的な成長だけでは無く、魔力らしき何かの方も徐々に成長していた。
もっとも、それは『成長した』と言えるほど分かりやすいものではない。
以前と同じく、腹の奥に薄く存在を主張するだけの、曖昧な感覚だ。
ただ一つ違うのは、意識していなくても常に感じられるようになった事だろうか。
以前は、眠れば消え、泣けば散り、空腹になれば霧散していた。
それが今では、眠っても、目を覚ましても、常にそこにある。
まるで、体の一部として定着し始めているような感覚だ。
もっとも、だからといって何が出来る訳でもない。
相変わらず、炎が出る事もなければ、光る事もない。
せいぜい、体が少し温かく感じ、眠るのに最適な程度だ。
だが、成長という観点で見るなら、無視できない変化でもあった。
私は仰向けのまま、天井を見つめる。
白い石造りの天井には、装飾らしい装飾はほとんど無く、簡素だ。
しかし、3カ月間も見続ければ、飽きを通り越して愛着が湧いてきた。
そんな部屋なのだが、王子の私室としては、明らかに質素すぎる。
いや、アウレアが嘘をついて王族に生まれなかったと仮定すれば、理解も出来よう。
だが、アウレアがその部分の嘘を吐く理由が私には見当たらない。
もしも、隠さなければならない事があるのであれば『言えません』と一言で断る事だろう。
なにせ、私が知りたかった核心部分の殆どが、その言葉によって撃沈しているのだから。
私はもう一度、部屋の内部を見やる。
豪奢な調度品も、色鮮やかなタペストリーも無い。
あるのは、木製の寝台と、簡単な棚、それに布製のカーテンだけだ。
ほんと、質素なものだ。
この部屋を見れば見る程、この国の惨状が思いやられる。
私は、ばたつかせていた四肢をダラリと下げて、想像以上に悪い現状に嘆息を吐く。
アウレアが第三王子に転生させてくれると言った時、時代は最悪だが、十分に生活できる環境だと思っていた。
しかし、見れば見る程、考えれば考える程、思っていた通りには行かない事を思い知らされる。
フロストハイム王国も。
貧しい侍女たちも。
不自然に高品質な物資も。
そして、姿を見せない父親にも。
まだ、何一つ結論は出ていない。




