第三話 転生
次に意識が戻った時、最初に感じたのは暖かさだった。
まるで羽毛布団に包まれているような、あるいは暖かい湯船に浸かっているような心地よい感覚。
周囲を見ようとしても、まったく見えない。
それだけでは無く、息も、できない?
だが、息苦しさは全くなく、それが非常に心地いい。
こんな時間、こんな感覚が一生続けば……と、そう思った瞬間だった。
瞬間的に体が激しい脈動に包まれる。
体の周囲にあった水が抜けて、寒さが襲う。
何かに押しつぶされるような、強い圧迫感。それは、これまでに感じたことが無く、非常に痛い!
苦しく、痛い!
ただそんな時間が何分続いただろうか?
まるで1時間にも1日にも感じる中、次に私が感じたのは、何かに引っ張られる感覚と……光だった。
先ほどまでの押し潰されるような苦しみと痛みからの解放。暗闇からの開放。
それに安堵したのも束の間。
私の体を襲ったのは、これまでに感じた事の無いほどの息苦しさ。
まるで溺死だ。何かに肺が塞がれ、息をすることが出来ない。
必死に口を開けて空気を取り込もうともがくが、思った通りに体が動かない。
このままでは死ぬ!そんな事を感じた時、私の背中に小さな衝撃が走った。
それは、きっと背中を優しく叩くほどの衝撃だったのだろう。
だが、それをきっかけとして、私の肺が一瞬にして広がり、空気を体内に取り込んだ。
その衝撃は途轍もなく、体が痺れ、肺が痺れる。
しかし、それ以上に私の中を駆け巡ったのは生への喜びと……。
「オギャー」
抑えようのない産声だった。
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どうやら、私は生まれたようだ。
女性の出産シーンなんて、小学生の時に保健体育で見せられたのが、最初で最後の体験だ。
まさか、自分が父親としてでは無く、生まれてくる赤子として体験することになるとは、思ってもみなかったが……。
産まれてから直後は、何が何だか分からずに混乱していた私だったが、生まれてから数日も経てば、心も思考も落ち着いてくる。
そして、全然見えない視界と聴覚を頼りに、状況確認をしていった。
まず初めに、アウレアが言っていたように、どうやら王族かあるいは高位貴族に転生したようだ。
まだ私はアウレアの言葉を半分疑っているが、アウレアが言った事が正しいのであれば、フロストハイム王国の第三王子らしい。
しかし、王子とは言ったものの、私が寝かされているシーツも上質ではあるが、使い回されているのか、若干解れている。
まさしく、没落した王族だ。
あの自称神は、肝心なことをまるで言っていない。
それに若干の怒りが湧くが、そんな事を言ってもしょうがないと切り捨てた。
社会人をやっていく上では、こんな事日常茶飯事だしな。
「…………」
私が心の中でそんな事を考えると、ここ最近何度も聞いた声が聞こえる。
まだ視界はぼやけていて、ハッキリとは見えないが、この人が私に乳を与えてくれる乳母だ。
私の体を抱え上げて、乳を出して目の前に差し出してくる。
それに本能的に吸い付く私だったが、まったく性欲は感じない。
どちらかと言えば食欲と睡眠欲が圧倒的に勝っており、性欲を感じる隙間が無いのだ。
そんなわけで乳を本能のまま吸うのだが、非常に出が悪い事が分かってしまう。
なにせ、吸っても全然出てこないのだ。
間違いなく健康状態が良くないのが原因なのであろう。
王族付きの乳母でこれなのだ。この国の現状は私が思っている以上に悪いのかもしれない。
そんな事を考えている中でも、体は栄養を求めて乳を強く吸う。
私と乳の戦いにも似た攻防が数分続いた末に、腹半分に満たされた私は、ゆっくりと口を離していった。
そして、乳母は私をゆっくりと寝台に置くと、そそくさと出て行った。
最後、何かを呟く声が聞こえたが、言語も聴覚もはっきりとしない状態では、何を言っているかまでは分からない。
~~~
生まれてから1週間ほどが過ぎた。
赤ちゃんと言う事もあり、寝るか乳を求めて泣くかの2択の日々。意識を保てる時間も1日3時間ほどが限界だ。
そんな中でも、観察と状況確認をしていたのだが、未だ一度として母親らしき顔を見ていない。
産後の回復の為に寝込んでいるのかとも思ったが、それならば私を母親の元へ連れていけば良い。
であれば、それ相応の理由があるハズだ。しかし、それを現状確認する事はできない。
この自分の主導権を自分で握れない煩わしさ。
これは、大人として非常に苦しくストレスだ。
そんな感情からだろうか?
最近は腹の奥が感情によって煮えたぎるような感覚があるのは?
最初の頃は、うんちを出すための腸内運動だとも思ったのだが、それにしては感情と結びつきすぎている気がする。
アウレアが剣と魔法のファンタジー世界だと言っていたから、これが魔力なのだろうか?
いや……だとしても、非常に些細な感覚でしか無い。それこそ、勘違いの一言で片づけられるレベルだ。
今の私には分からないが、どうせ乳を飲むのと寝る事以外にやる事も無い。暇つぶしには良いのかもしれないな。
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生まれてから2週間ほどたった頃だろうか?
実母らしき女性が私の所を訪ねてきた。
視力がハッキリとせず、顔どころか体の輪郭ですら曖昧だ。
しかし、その豪華なドレス。それだけで、相当身分が高い事が分かる。
そんな女性が私の体を優しく抱き上げた……その瞬間、理性ではなく体の本能が、母親だと認識する。
初めて会ったハズなのに、これまでの寂しさを求めるかのように体が動き出した。
まるで縋りつくように母の胸元へと体が引き寄せられ……気が付いた時には涙と声が出ていた。
自分の理性ではどうしようもなく、ただ泣く事しかできない。
しかし、私を抱き上げる女性は、優しくあやすように揺すってくれる。
何分。何分泣いていただろうか。
生まれてから何度も泣いてきたが、こんな泣き方をしたのは初めてだ。
誰かが母は偉大といったが、それをここまで実感する事は無いであろう。そう思った。
「…………」
何か、言っている。しかし、その声はあまりにも曖昧に聞こえ、私は認識できなかった。
だが、なぜだろう?
姿も見えていないし、声も聞き取れていないのに、名前を呼ばれた気がした。
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