第二話 神あるいは……
目が……覚める。
意識が……目覚める。
何が起こった。私は……どこに居る?
……何も、……何も見えない。私は、……誰だ?
私は……氷室幸一だ。……大丈夫だ。意識はしっかりとしている。
しかし、ここは本当にどこなんだ?なぜ、私はここに居る?
私の記憶に残る最後の景色。
白……いや雪が降る曇天の空。
……ああ、私は死んだのか。
轢かれた瞬間は分からなかったが、ただでさえ田舎の道で、意識が途絶える程の重症だ。
救急車が来るまでに最低数十分は掛かる。生きていたとしても出血死は免れないだろう。
「ハハ、助かるはずもない……か」
もしも死んだとするのであれば、なぜ私に意識があるのだろうか?
私は無神論者だ。
いや、初詣には行くし、建物を建設する時には安全祈願もするし、作業員全員分のお守りも買う。
しかし、死の後の世界があるとも、神がいるとも思ってはいない。
もしも神がいて、世界がここまで残酷なのであれば、そんな神をぶん殴ってやりたい。
「……いや、こんな無駄な思考はやめよう」
私が自分の思考を無駄だと思った瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。
「いえ、無駄ではありませんよ」
明らかに女性の声。女性の声なのだが、非常に気持ちが悪い。
確かに声として聞こえるのだが、明らかに日本語ではない。
英語とも、中国語とも、ロシア語とも……違う。
これまで一度も聞いたことのない言語であるにもかかわらず、意味だけは理解できてしまう。
それが、非常に気持ちが悪い。
「それはそうでしょう。何せ、思念を直接送っているのですから」
また、だ。
また、気持ちが悪い声がした。
「君が誰だか知らないが、それを止めてくれ。ただでさえ気分は良くないんだ」
「そう言われても困りますね。あなた方の世界の言語は多すぎて覚えられません。それに、これならば、言葉は通じるでしょう?」
それはお前の都合だ。私には関係ない。
「いえ、関係ありますよ」
また、だ。
また、心を読まれた。
どうやら、この声の存在には隠し事は通じないらしい。
「ええ、その通りです。諦めて私の話を聞いてください」
このまま押し問答を続けても意味が無い……か。
「分かったよ。で、話ってなんだ?」
「話が速くて助かりますね。ですが、話をする前にまずは自己紹介を。私はアウレア、女神アウレアと申します」
ハ、女神ね。
中学生の時、隣の席の女子が自称女神をしていたな。
「そんな人間と同じにしないでください。げんに、言語が分からなくても私の言葉が分かるでしょう?これが最たる証拠です」
確かにそうだ。だが、だからと言って神という証拠とは言い切れない。
発展した科学技術は魔法と見分けがつかない、とも言うしな。
「なるほど、私を悪魔、あるいは宇宙人と言いたいのですね」
「可能性の話だ。だが、確かに人知の及ばない存在であることには変わりなさそうだな」
「なら、神でいいのでは?」
それとこれは違う。
私の42年間の人生。何かを自称する人間で、まともだった人は1人もいなかった。
「その1人だと、あなたは言いたいのですか?」
「ああ、そうだな」
「……そう、ですか」
アウレアがそう呟いた瞬間、その声色がわずかに低くなった。
それだけで、姿は見えないのに不機嫌になった……と、そう思う。
だが次の瞬間には、先ほどまでが嘘だったかのように明るい声色へと変わった。
「ふふ、いいですね。未知の存在への警戒心、悪くありません」
「…………そうか、それは、よかったな」
私は一瞬にしてかいた冷や汗を誤魔化すように、そう呟くしかなかった。
しかし、そんな私を構わずに、アウレアは話を進める。
「時間もさほどある訳ではありません。話を進めましょう。貴方には、異世界に転生してもらいます」
異世界?だと?
「ええ、そうです。剣と魔法のファンタジー世界、と言えばお分かりでしょうか?」
「……なんとも使い回された設定だな」
「そうですね。ですが、あなたの世界で言われる異世界とは少し違うかもしれません」
ん?何が違うんだ?
「もちろん、今あなたが想像したように、剣も魔法も、異種族も魔物も居ます」
そこで言葉を区切ったアウレアは『ですが!』と強い口調で次の言葉を強調した。
「いくらゲームや小説のような世界であろうとも、現実である事には変わりありません。これだけは、はっきりと断言しておきます」
そのアウレアの言葉。それだけで私は何となく言葉の裏を察してしまった。
「ハハハ、これは耳が痛いな」
そんな苦笑の言葉しか漏れてこない。
アウレアがこういうと言う事は、異世界をゲームか小説のような世界と勘違いしたバカが、過去に居たのだろう。
「で、アウレアさんよ。そんな事をわざわざ言いに来たのには何か理由があるのだろう?」
「察しが良くて助かりますね。ええ、そうです。私はあなたに一つお願いごとをしたくて参りました」
神からのお願い事。
それに嫌な予感がヒシヒシとするが、アウレアが言葉を発するまで静かに待つ。
そして、次にアウレアの口から放たれた言葉は、まさにテンプレ過ぎるモノであった。
「あなたには異世界に転生してもらい、魔王を倒してもらいたいのです」
擦られ過ぎて、もはや灰として燃え尽きたような事を言うな。
「まあ、それは分かったが、テンプレ通りに行くならば、チート能力でもくれるのか?」
だからこそ、そう聞いてみたのだが、返ってきた答えはテンプレと真逆の答えであった。
「残念ながら、あなたにチート能力と呼ばれる類の力を与える事は出来ません」
あまりにも断定的な答えに、私は数秒黙り込んでから理由を尋ねた。
「……理由を聞いても良いか?」
「理由をお話しする事は、出来ません」
だが、アウレアはあまりにもハッキリとした口調で、そう口にするだけであった。
「……チート能力は与えられない、理由も話せない、か。お願いごとをする立場として、あまりに不義理過ぎないか?」
「申し訳ありませんが、これ以上、答える事は出来ません」
……なるほど、な。何らかの理由があるのか、都合が悪い事があるのか。
どちらにせよ、問い詰めても無理なのだろう。
「はぁ、分かった。じゃあ、何個か質問をさせてくれ。それぐらいだったら答えてくれるだろう?」
「ええ、答えられる範囲であれば」
私はすぐさま気持ちを切り替えて、情報を得る事だけに集中する。
「まず一つ目の質問だが、私が異世界に転生する事は、決定事項なのか?」
「はい、そうです」
「二つ目に、剣と魔法のファンタジー世界と言うが、こっちの世界で言う西暦何年ぐらいの技術力をもっている?」
「正確には言えませんが、概ね西暦1000年から1300年ぐらいでしょうか?」
「……前世の就職氷河期ですら地獄と思っていたが、それ以上の地獄に転生するのか」
私は思わず頭を抱えてしまった。
いや、身体は無いのだが、そう言う気持ちになってしまったのだ。
現代的な倫理観など存在せず、飢餓と疫病による死が溢れていた時代。
「……こんな世界に生まれ変わりたいと言った人はいたのか?」
だからこそ、そんな無意味な質問をしてしまった。
「ええ、あなたと同郷の人は、皆喜んでいましたよ」
「……それは、恥ずかしいばかりだな。これでも識字率は世界トップクラスなのだが」
少し歴史をかじった者であれば、普通は嫌がりそうなものなのだがな。
無知が多いのか、それともファンタジーを信じてしまった盲者か。
……どちらにせよ、ロクな者じゃないな。
「はぁ、じゃあ三つ目の質問だが、私の転生先について教えてくれ」
「あなたは、フロストハイム王国の第三王子として生を受けます」
王子への転生、か。
時代は最悪だが、平民に生まれるよりかは遥かにマシ、だな。
「四つ目だが、フロストハイムの情勢と世界の情勢を教えてくれないか?」
「詳細については教えられませんが、魔族との大規模な戦争が始まって100年ほどが経とうとしています」
なるほど、100年戦争みたいなことをしているのか。
生まれてきた人間のほとんどが、日常的に戦争を経験している。
もはや、日常の一部にまで戦争が置換されているのだろう。
「何とも不穏な世界だな。じゃあ、続けて聞くが……魔王の強さはどの程度だ?」
私は意図的に声を下げてアウレアに問うた。
「……」
アウレアは直ぐには答えず、沈黙が何もない世界に落ちる。
そんな中で、アウレアはゆっくりと回答を口にした。
「……そう、ですね。あなた方の世界で言えば、核兵器が在れば倒せるレベル。でしょうか」
「……ハハハ、冗談が上手いな、アウレア。核兵器でなければ倒せない存在相手に、チート能力も情報も無い状態で倒せと?」
何とも笑わせてくれる。
時代は火薬がようやく誕生した程度の時代。チート能力も情報も無し。あげくには世界全体が100年もの戦争で疲弊している状態。
「こんな状態で、倒せと?」
私の嘆きとも嘆息とも取れない声に、アウレアの声は至って冷静に声を発した。
「ええ、その通りです」
「……」
そのブレの無い答えに、思わず黙り込んでしまう。
世界は理不尽と言うが、これほど理不尽な事も無いだろう。
「ちなみに聞いておくが、なぜ魔王を倒さねばならない?和解できるのであれば、それが一番だ」
「……詳細に関しては、お伝えする事は出来ません。ですが、話が通じない相手であり、世界を壊す敵とだけ、お伝えしておきます」
ハ。また詳細を話せません……か。
これ以上聞いても意味が無いな。
「……アウレアよ。最後に3つだけ質問をさせてくれ」
「いいですよ」
「まず一つ目に、この世界で人間はどの程度強く成れる?」
これ次第で、魔王の倒し方が180度変わる。
「理論上は、どこまでも」
理論上……ね。
そんな事を言いだしたら、切りがない。
「実際はどうなんだ?」
「歴史の中で、人族の英雄と呼ばれる人間が、魔王の最高幹部ぐらいでしょうか」
つまり、1人もしくは少数での魔王討伐は、ほぼ不可能に近いな。
だからこそ王族に転生するのかもしれないが、上手くやらないと魔王に会う事すら難しいだろう。
「じゃあ、二つ目だが、強くなる方法を教えてくれ」
「それは努力しかありません。才能も、環境も大事ですが、王子と言う立場はそれを与えてくれるでしょう。後は、努力です」
良く言うわ。
まともな情報も渡さないくせに、結局は他人任せ。
「そう言う人間が一番嫌いだわ」
「私は人間ではありませんので」
ああいえば、こう言う。まさに、ガキの屁理屈だ。
「はぁ、まあいい。で、最後の質問だが……」
私は声しか聞こえないアウレアの反応を探るように、次の言葉を発した。
「チート能力を与えられない理由を、教えてくれ」
先ほどと同じ質問。だが、そこに込められた意味は全くとして違うモノだった。
「それを教えてもらわない限りは、私としてもアウレアの願いを納得する事も出来ない」
ここがせめてもの妥協点だ。
これで教えてくれないのであれば、私としてもアウレアの言う事を聞く事すらできない。
「……そうですね、わかりました。答えましょう。ですが、詳細に物事をお伝えする事は出来ません」
少しでも情報が欲しい今になっては、それで妥協せざるを得ない……か。
「それでいい。話してくれ」
「あなたが生まれる年から30年ほど前でしょうか。とある大きな事件があり、王国が一つ亡びました。それが要因で、あなたにチート能力を与える事が出来なくなってしまったのです」
……うわぁ。なんか嫌な事を聞いたわ。
ただの想像でしかないけど……多分、前の転生者がやらかしたんじゃなかろうか?
「そこは、ご想像にお任せします」
「……ホント、心の中を読まれるのは気色が悪いな」
この頭の中に響く声も気持ちが悪い。
「まあ、アウレアさんの言う通り、頑張れるだけ頑張ってみる。だが期待はしてくれるな。あんたさんがどの程度魔王に対して本気なのかは知らないが、リスクとリターンは等価だ。リスクを恐れた先には小さな成果しか得られないぞ」
「……その言葉、心にとめておきます」
その渋った投資先が、私と言う事実が気分を悪くさせるが、ここで駄々をこねたって変わらないだろう。
それは、社会に揉まれてよく知っている。
「では、魂を肉体に送ります。私がこんなことを言うのは変かもしれませんが、ご武運を」
そのアウレアの言葉を最後に、私の意識がプツリと途絶えた。
今後しばらくは、毎日投稿を予定しております。




