知り合いとの遭遇
「あっ、ユッカさん」
屋台が並ぶ場所へ来るなり早々、フォリスたちと合流した。
どうやらディオスとフォリスは大体同じくらいに目が覚めて、とりあえずで朝食をとろうとなって先に出てきたらしい。
声をかけようかと思ったが部屋の前にアヴィオンがいたのでそっとしておくことにした……と言われてユッカも納得はした。
確かに自分がそっち側なら自分もそっとしておくよな、と思えたから。
朝っぱらからフォリスとアヴィオンの言い争う声で目が覚めなくて良かったとさえ思っている。
そんな状態で起きたら、まずその場をどうにかしようと朝から無駄におろおろするところだったかもしれない。
結局のところユッカと一緒にいるアヴィオンを見てフォリスの表情がひきつった笑みに変わった時点で、ここが昨日に続いて第二ラウンドだ、となる可能性にユッカとしても「うわぁ……」となったが、しかしアヴィオンはそんなフォリスを無視するように、あっちとそっちの屋台はお勧めだぜ、なんてユッカに向かって言っている。
アヴィオンにやる気がないのにフォリスが突っかかっても仕方がないと思ったのか、フォリスもはぁ、と露骨な溜息を吐きはしたがそれ以上は特に何も言わなかった。
折角だからとお勧めの屋台で各々気になった物を買い、食べながら移動する。
食べながらの移動ってどうなんだろうな~と思ったものの、周囲が大体そんな感じな挙句、そこらで座って食べるような場所がそもそもないのだ。城に戻ってから食べるとなると冷めそうだし、だからってリュックの中にしまうのもなんだかな……となったのでユッカは周囲に倣ってその場で食べる事にした。
まだそれなりに早い時間だからなのか、昨日に比べて通りを行く人の数はそこまで多くはない。
そうやって食べながら移動していくと、デザートを売っている屋台もあった。
グラヴィールの実をシャーベットにした物が売られているのを見て、ユッカは思わずフォリスに「あれ」と指さしたが、フォリスはちょっとだけ申し訳なさそうな顔をする。
「実はその、昨日既に食べたんでスよ。売ってたから」
「そうなの?」
「はい」
「あの苦労はなんだったんだろうね」
「ホントでスよ」
フォリスとしてはグラヴィールの実はサリエナ地区にあるものしか知らなかった。
だが結果としてサリエナ地区の住民は全滅、あの地区も崩落の予兆が出た以上崩落は免れないし、崩落した後は崩壊する。
グラヴィールの実はそうなるともう諦めるしかない、という状況になるはずだったというのにまさかここにあるとは……とユッカが思うのも無理はない。
「あ、でもここで採れるわけじゃなくて、行商人から仕入れたって言ってました」
「そうなんだ。他の地区にあるなら、原産地区とか聞いておけばよかったんじゃない?」
「そういえばそうでスね……」
栽培しているならその地区で買い付けも可能かもしれない。
昨日はそこまで考えが及ばなかった、となったフォリスは早速とばかりにグラヴィールの実を使用した料理を売っている屋台へと駆けていった。
「って事はもう満足したの?」
「ユッカさんの言う稲荷寿司は気になりますね」
「そっか」
屋台に材料が売られているとは思えないので後で他の露店も見てみようかと思うが、材料を見つけたからといってすぐに作れるかはどうだろう……なんて思う。
それを考えると、もうしばらくフォリスは一緒に行動する事になるのか……なんて思いながらも、まぁフォリスがそれでいいならいいか、と雑に納得した。
少し前まで体調を崩していたディオスも今ではかなりマシになったようで、見ればそこらの店で気になった物をちょこちょこ購入していた――というか、その代金はロゼ持ちである。
ユッカと合流しなければフォリスから借りるつもりだったとか、ちょっとどうなんだろうと思うが思い返すと収入がないので仕方がない。
フラワリー地区で悪い魔女をどうにかしてほしいみたいな依頼があったものの、その依頼も取り下げられてから収入らしい収入がないのだ。ルボワール地区では依頼以前の話だったし、ククルビタ地区では食料を多少確保できたが金銭を得るとはならなかった。サリエナ地区は言うまでもない。
ユッカとしてもリュックの中に入れてある冷塔庫で確保して村に持って行く予定だった食料はどこかで処分したいなと思っている。ククルビタ地区でいくらか確保した食料は、サリエナ地区でそれなりに消費してしまったためにいい加減本気で確保しないとこの先の地区で食糧難に陥るかもしれない。
そういったあれこれを考えると自宅で暮らしていたあの時ってとても楽だったんだなぁ、と嫌でも思い知らされる。
ユッカは料理ができないわけではないけれど、毎日献立を考えて作ったりなんかしていなかった。
学校がある日はお母さんが作ってくれたし、祖父母の家にいた時だって大体は祖母が作ってくれた。祖父も時々。
ユッカも休みの日に自分で作ろうと思い立って作ったりする事はあってもそんなのは本当に数える程度だ。
なのでこうしてここで自分で食事の準備をしている事が今でも時々信じられない。
そのせいで、食料の備蓄量を考えるというのもなんだかこれ本当に私が考えるべき事なのかな? と思ってしまう。考えなかったら後々困るのは自分だと思うから考えるけれども。
考えてもみてほしい。
ディオスやフォリスは他の地区に足を運んだりして多少なりとも旅慣れていると言えなくもないけれど、それでも行き倒れているのだ。その相手に任せるのは少しばかり度胸がいる。
ロゼは無鉄砲な考え方はしていないと思うが、しかし家にいてあまり外に出る事のなかった身だ。一切外に出なかったわけではないが、それでも大半は安全だと思えた家の周辺で事足りていた。
食料に限った話ではなく、それ以外の必要な物に関しても一応ロゼは考えたりしているとは思うけれど、それでもどこか抜けている部分があるのだ。
まぁリュックにほとんどの荷が入っているので、それでどうにかなると思っているからこそ、というのもあるのかもしれない。
ユッカが必要だと思った物をその時点で気付かずうっかりスルーしたりしても、ロゼが気付いてくれるかもしれないが、同じようにうっかりする可能性もある。
となると、やはり極力自分がしっかりしないとな……と思うわけで。
というかユッカからするとそれ以外にやれることがないのだ。
戦えるわけでもないし、この世界の事なんて詳しくもない。
できる事が限られすぎている以上、やらないという選択肢はなかった。
まぁ、行き倒れ経験者である二人にも相談するくらいはできるだろうし……何もかも全部自分で頑張らなきゃ、と思わなくていいのは気楽である。
「イナリズシ?」
なにそれ、とばかりにアヴィオンが首を傾げて問いかけてきた。
「フォリスの一族に伝わる秘伝のイナリかもしれない私の知ってる料理」
「ほぉん?」
アヴィオンの視線が一瞬フォリスに向けられたが、これっぽっちも興味がないのが声からして明らかである。
ユッカからすれば、まぁ猫を自称してるくらいだからそうだろうよと思うので別に何とも思わない。
これがちゅーるだったら食いつくんだろうか、と思いはしても流石にちゅーるは自作できそうにないので言葉にする気もない。
というか、いくら本人が猫を自称していたとしてもユッカから見れば猫耳と尻尾がついているだけで、大半が人にしか見えないのだ。それが目を輝かせて――目の下の隈のせいでこれっぽっちも想像できないが――チュールをぺろぺろする光景を想像するとなると、正直ちょっと痛々しい。
猫であるのならむしろ微笑ましい光景だ。美味しいかい? 良かったねぇ。そんな風ににこにこして言うだろう。
だがほとんど人にしか見えない相手がそれをやっていると、食生活大丈夫なん……? という心配が先立つ。
そんなしょっぱい気持ちにしかならないような事を現実にするつもりはユッカにはこれっぽっちもないのだ。決して。
そんな話をして、合間合間で食べてを繰り返していくうちに気付けばすっかりお腹は膨れた。ロゼも満腹になったようだし、ディオスもフォリスもすっかり食事を終えたようだ。
アヴィオンだけはほとんど食べていないので大丈夫か? という気がするけれど、まぁ無理に、とまではいかなくていいかと思ったのでそっとしておく。
「じゃあ折角だし、他の食料扱ってるお店とかも見てきていい?」
「お供します」
「僕も」
「じゃ俺も行くわ」
フォリスはまぁついてくるだろうなぁ、と思っていたがまさか全員ついてくるとは思わなかった。
いや、考えてみればそうなるのかもしれない、と即座に思い直したけれど。
そうして少しもいかないうちに。
「そこの貴方。そう、猫を肩に乗せている貴方」
ユッカはおもむろに声をかけられて、思わず足を止めた。
猫を肩に乗せている、という人物は周囲を見回しても他にいないのでどう考えても自分だろうと思ったからだ。
一人だけなら面倒なキャッチセールスを想像して足を止めたりなんてしなかったが、他の面々がいるのならまさか詐欺とかそういうものではないだろうというのもあった。
そうして声のした方に視線を向ければ、そこにいたのは若い女だ。
淡いピンク色の髪を編み込んで白い装束ともドレスとも言えそうな凝ったデザインの服。空のような、とまではいかないが湖面のような澄んだ水色の瞳と特徴的な色合いはそれくらいだろうか。
彼女はまるでモデルのような足取りでこちらに近づいてくる。
(わ、わぁ……)
予想もしていないくらいに美人さんである。
とんでもねぇ美女がよりにもよって自分に声をかけ、そして近づいてきている。
一体何事!? となるのも無理はなかった。
見た目的には成人を迎えていそうではある。
もう少し若く見えればユッカは間違いなく少女漫画のヒロインか何かですか? と信じて疑わなかっただろう。
それくらい色合いからしてヒロインみが凄い。
それも一部の創作で扱われがちな、ヒロインと見せかけて……みたいなやつではない。どこからどう見ても正統派ヒロインの風格すら感じさせてくる。
いや、年齢的にヒロインのその後の姿と言った方がいいだろうか?
脳内で物凄くどうでもいい事を考えつつも、ユッカは彼女が近づいてくるのをただぽーっとなって見るだけだった。ユッカが男だったら突然の美女にきょどってもっと醜態を晒していたかもしれない。
そんな彼女がユッカの目の前までやってきて足を止めた。
少しだけユッカよりも背が高いから、ユッカは自然と彼女と目を合わせようとして見上げる形となる。
女の表情はどこか慈しむような感じで、警戒を抱こう、とすら思わなかった。
「貴方の連れている猫、なんだか愉快な事になってるわね」
「え?」
愉快、と言われても意味が分からない。
思わず首を横に動かしてロゼを見る。
「にゅ、にゅえぇ……」
ロゼはというとユッカの肩に乗っていたはずが、気付けばしがみつくような形になってリュックの肩の部分に爪を立てていた。それから妙な鳴き声を発している。
「ねぇ、その子そのままだと後々大変な事になりそうだし、ちょっとあたしに預けてみない?」
「えっ!?」
「おいウイユ、どういうつもり――」
「や、やぁ久しぶりだねぇウイユヴィトー! その話はここじゃなんだから、別の場所でゆっくりしようじゃあないか!」
「えっ?」
先程とは違う戸惑いの声がユッカから上がる。
目の前の女性の事をアヴィオンはウイユと呼んだ。と言う事は知り合いではあるのだろうと理解はできる。
だがその次、焦ったようにロゼはウイユヴィトーと言った。つまりこちらが本当の名なのだろう。
どちらにとっても彼女は知り合い程度の仲ではあるようだ。
「あら、猫ちゃんはあたしを知ってるのね」
「あっ」
ウイユヴィトーの目が細められる。
やっちまった、とばかりのロゼの反応にユッカとしては「あーぁ」としか言いようがない。
ともあれ、ここで何事もなかったかのように立ち去れるはずもなく。
ひとまず場所を移す事となったのは言うまでもない。




