ここまでの旅路
薄々わかってはいた。
ロゼが嘘を吐く事が得意ではないという事を。
それはソルシエルロスを名乗った際、ディオスにその嘘がバレた時点でよく理解するしかなかった。
だからこそフォリスと出会った時に自分からソルシエルロスを名乗るような事はしなかったし、フォリスも別に種族についてとやかく言ってきたわけでもなかったから何も問題はなかったはずだ。
アヴィオンもユッカの事を枕と認識していても、彼女の種族がどうだとかそういう部分は気にした様子もないので油断……していたのかもしれない。
いや油断というのもどうかと思うが。
別に嘘を吐く必要がないのだから、油断も何もという話だ。
仮に種族を聞かれた時に改めて気を引き締めて嘘を吐くだとか、そういう状況だったのであればまだしもそうでもなかったのだから。
屋台が並ぶ場所で固まって立ち話をするとなると確実に邪魔になるので、ユッカたちはひとまずウイユヴィトーと共に場所を移す事にした。
「ちょっと女同士の秘密の話し合いをしないといけないから、野郎どもは席を外して。
どうしても参加したいなら今すぐ性転換」
「ははは」
ユッカの無茶な言い分に軽やかに笑ったのはディオスだけだった。
「いえ、込み入った話があるというのなら邪魔はしませんよ」
「あー、ま、俺も興味ないかな。いや女子になったら枕と寝れる?」
「はいそこ真剣に考えこまない。あとなんか動機が不純なので却下」
フォリスも何らかの事情を感じ取って空気を読んだというのに、アヴィオンだけは「閃いた」みたいな表情で考え始めたからユッカはとりあえず止めた。
いや確かにアヴィオンが最初から女性であったなら、一緒に寝るという点においてそこまで抵抗はなかったかもしれないけれども。
だがだからといって今から性別変えまーす、とかやられても困る。
……そもそもできるものなのだろうか?
疑問が浮かぶも、その疑問を口には出さなかった。
できるよ? なんてあっさり言われても困るので。
魔法があるような異世界でむしろできない可能性の方が低いようにも思うのだ。
余計な藪を突くのはやめておくのが賢明だろう。
そういうわけでウイユヴィトーとはユッカとロゼだけで話をする事になった。
場所はどうしようかと考えたものの、ウイユヴィトーの家が近くにあるとの事なのでそちらに赴く事に決めた。ユッカが昨夜から世話になっている城でも良かったのかもしれないが、城の持ち主が後から魔法的な何かでその城で起きた出来事を確認できるような機能があったなら内緒話が筒抜けである。
魔法的な守りがあって魔物が近寄ってこないようになっている、と聞いているのでそういった機能が存在していないとは言い切れない。
防犯の意味を込めての録画や録音がされていたとしても、何もおかしなことではないのだから。
ウイユヴィトーの家、と言っても本来彼女が住んでいるのは別の地区でありここの家はあくまでも借家らしいが、魔女が住む家だ。防犯関係がガバガバであるはずもない。ロゼがそこら辺に関しては信用していいとも言っていたのでユッカとしてもそこを気にする事はやめた。するだけ無駄だと判断したというのもある。
城がある方向とは逆の町の外れにある家に向かって、そうして家の中に案内される。
ドアがパタンと閉められて、そこでウイユヴィトーはまずユッカに椅子に座るように勧めた。
ふわりと宙に浮いたティーポットとカップがやってきて、カップにお茶が注がれる。
ユッカがこの世界にやってきた時に見た、ロゼがやったような魔法だった。
お茶が注がれるとそのままカップはゆっくりとユッカの目の前、テーブルの上に着地する。
「どうぞ」
「あ、りがとうございます……?」
「遠慮しないで」
にこっと微笑まれているものの、遠慮というかなんというか……と言葉に出来そうにない気持ちをどう表現すべきか……なんて少しだけ現実逃避のように考えた。
大丈夫だとは思うけれど、でもこれ自白剤とかそういう系統の何か、入ったりしてない? なんて失礼な考えもちらっと通り過ぎる。
「それで、どういう事なのかしら?」
にっこー、と一切他意はありませんよと言わんばかりの笑みを浮かべているが、正直ユッカからすると他意があろうとなかろうと……というものだ。
「えっとー、まずは名乗らせて下さい。ユッカと言います。こっちはロゼ。
貴方は魔女であってますか?」
「えぇ、そうね」
「ちょっと他に漏らせない話なので外に漏れたり聞かれたりするような防犯ガバって事でもないですよね、ここ」
「そりゃあ勿論よ、あたしの家でそんな事になったら一大事だわ」
「そうですか。
じゃあいいや。ロゼ。あとは自分で言えるね?」
「うっ、うん。そー、そぅ、だね」
「声裏返ってるよ」
そう指摘するも、ロゼは「うるさいなぁ」なんて返す余裕もなさそうだった。
うぅ、と困ったように視線をユッカに向けはするけれど、これはロゼが自分で告げた方がいいだろうと判断した。というかユッカはどこからどこまで話していいのかわからないというのもある。
「ロゼ。落ち着いて。言っていい範囲と駄目な範囲があるのはわかるね?
とりあえず言えるところから言お? 私はそこら辺わかってないから下手に誘導尋問とかされたらぽろっと何もかも暴露するかもしれない」
「えっ、いや、うーん……ウイユヴィトーは信用できる存在だから大丈夫、だと思うけど」
コソコソと、なんてするでもなくむしろ本人の目の前で堂々とこんな会話をしている時点でウイユヴィトーは面白そうに目を細めてユッカとロゼを見ている。
「あたしたち、初対面よね?
どうしてそこまで信用できるなんて言えるの?」
「あ、そういう……ロゼ、まずは自分の正体明かす? このままだと私たち、一方的にこの人の事知ってる不審者みたいな認識になりそうだけど」
「う、うぅ……わかった。話す、話すよ」
既にぽろっとロゼはウイユヴィトーの事を知っていると明かしたようなものだ。
ただそれでも、彼女が有名な存在であるのならこっちが一方的に知っていると思うような事を言ってもそこまでおかしくはない。けれどもロゼはまるで知り合いかのように言ってしまったのだ。
ウイユヴィトーからすれば警戒したっておかしくはない。
それでもわざわざユッカたちを招いて話し合いの席を作ってくれている以上は、全てとまではいかなくとも、明かせる情報は明かすべきだ。
そうはいっても、ロゼも好き好んで猫の姿になっているわけではない。ある意味己の失敗、失態と言える状況だ。それを言うのはやはり少し抵抗があるのだろう。
(わかる、私だってテストの点が壊滅的だったら流石に自己申告したくないもん。せめて平均点越えてるならまだしも、赤点レベルのやつは流石にね……)
テストの点数と一緒にするのもどうかと思うが、要するに人に率先して言うのは躊躇うようなものと思えば似たようなものだ。
「お、お久しぶりですウイユヴィトー。
ボク……あ、いやわたくしです。ローザローゼシカです」
気乗りしないと全身で訴えていたが、しかし最終的にロゼは覚悟を決めてそう名乗る。
「……うそぉ!?」
対するウイユヴィトーはというと、きっかり三秒の間をあけてから声を上げた。
「ちょっ、ちょっと一体何があってそうなっちゃったの!? えっ? ちょっと待って貴方はこの子とどういう関係?」
ウイユヴィトーがローザローゼシカを知らない、という事にはならなかったようだ。これで誰だっけ? なんて言われたら気まずいどころの話じゃないが、一応認識されてはいるらしい。
だがそうなると、今度はどうしてこうなっているのか、という疑問が生じるのは当然の話で。
ウイユヴィトーは忙しなくロゼとユッカを交互に見やった。
ユッカからしてみればロゼとウイユヴィトーの関係を知らない。魔女である事からふわっと想像はつくけれど、それが正しいかどうかはわかっていないのが現状だ。
ウイユヴィトーにとっても、ローザローゼシカの事は知っていてもユッカの事など知らない以上、そりゃまぁ何がどうしてこうなった、となるのは自然な流れと言える。
どちらに対しても理解しているのはこの場でロゼだけだ。
ロゼが一番気乗りしない状況であるのも仕方ないのかもしれないけれど、そのロゼが話を進ませなければユッカに任せたとして言わなくていい事まで言うかもしれないし、ウイユヴィトーも気になる部分から聞いていったとしても、話が取っ散らかる予感しかしない。
それくらいはロゼも理解しているようで、話せば長くなるんだけど……としょも、と表情を曇らせつつも話し始めた。
弟子のイシェルを召喚しようとして失敗した事。
結果としてユッカが召喚されてしまった事。
ユッカを元の場所に帰そうとしたものの、その時にちょっとした事故でロゼが猫の姿になってしまった事。
魔法の儀式に使うアイテムがその結果台無しになったのもあって、今は必要な道具を集めるべくあちこち移動している事。
先程まではわたわたと慌てていたロゼだけど、落ち着いて話し始めれば思っていた以上に簡潔に話は終わった。
(そうなんだよなぁ。帰るのに必要な儀式アイテムを探してるっていうのに未だにいっこもゲットできてないってのもどうなのって話だけど、私たちってそういう旅路を歩んでるんだよなぁ)
まぁそう簡単に見つかったりしないよね、気長に頑張ろう、とか思ってはいたからそこまで精神的に追い詰められたりはしていないけれど、フラワリー地区から出発してルボワール地区、ククルビタ地区、サリエナ地区ときてパディソ地区だ。
流石に一個くらい入手するなり、そうじゃなくても何らかのヒントがあってもいいのでは……? なんて思い始める。
それ以前に食料ばかりが消費されていくのでむしろ必要な重要アイテムよりもまずは食料がとても必要なのだが。
ゲームで言うなら強い武器を買うためにお金を貯めてはいるものの、同時に回復アイテムも必要というか常に消費しまくり状態で全然前に進んだ感じがしないような状況だろうか。
(まぁゲームは足場固めさえ済めばそこからは大分動くのも楽になってくるからそれも醍醐味、みたいに思えるけども……うーん、冷静に考えるとちょっと焦った方がいいような気もしてきたなぁ……)
焦ったところでどうなるものでもないとわかっているが、それでももうちょっとじっくり考えるべきなのかもしれない。
そんな風に思いながらもロゼの話を黙って聞いていれば、話し終えたロゼがそろりとウイユヴィトーを見上げた。一体何を言われるのかとビクビクしているような雰囲気が漂っている。
「成程ね……」
そんなロゼの態度を特に気にした様子もなく、ウイユヴィトーは右手をそっと頬にやる。
何かを思案するように数秒沈黙し、それから少しして、
「やっぱり妙ね……」
なんて呟く。
「何が妙なんだい?」
「そうね、貴方に関する事だけじゃない。色々な事がよ」
「その、色々っていうのは私たちが聞いて大丈夫なやつですか……?」
ロゼの話を聞いているだけだったユッカではあるが、これ以上自分がここにいるのは場違いになるのでは? なんて思った事でそう問いかけてみる。
この先は魔女同士での込み入った話になる、だとかであればユッカだって全然気にすることなく席を外すくらいはする。というか話の内容についていけないのにずっといるのも気まずい。
「そうね、巻き込まれてしまったお嬢さん。
貴方に関係するかはわからないけれど、知るだけなら問題はないと思うわ」
そう言われてしまうと、席を外す事はできそうにない。
むしろここで強引に離席したところで、後からロゼにこの話題をされるだろう事は想像がつく。
「難しい話は苦手なのでお手柔らかにお願いします」
ユッカとてわからないからと全てを放り投げるつもりはないけれど、しかしユッカは今の今まで流されるように――という言い方もどうかと思うが半分くらいはその場のノリと勢いとパッションだけで生きてきたJKである。進路について考えたりテスト前のあれこれで頭を悩ませる事だってあるし、友人関係だとかで悩む事も勿論あるけれど、難しい話なんてできる事ならなるべく考えたくはない身だ。
異世界に来て、こっちの情報をあれこれ理解していかなければならないという事に関してはもう仕方のない部分があるとはいえ、これ以上難しい問題に直面するような事はできれば避けたい。
表向きのほほんとしてる部分がないとは言わないが、だからって何も考えていないわけではないのだ。
なのでついそんな風に言えば。
ウイユヴィトーはきょとん、とぱっちりとした瞳を何度か瞬かせてそれから。
「まぁ。うふふふふ」
面白そうにコロコロと笑ったのであった。




