少しばかりの思い出
「確かにイシェルは優秀だけど、でもだからって貴方の召喚魔法を拒めるかっていうと……かなり難しいと思うの」
笑いがおさまってからウイユヴィトーが言い出したのは、まずそんな言葉だった。
「でも、失敗したのは事実で」
「そうね。だからおかしな話なの。もしかしたらイシェル本人に何かがあって、それで召喚できなかった、っていう可能性もあるでしょう?」
「えっ、それ物凄く嫌な話だけど、たとえばそのイシェルさんとやらが死んだとか、そういうアレって事とか?」
「どうかしら。死んでたならそれはそれで死体が召喚されると思うのよね。残っていれば、だけど」
「わぁ不吉な事平然と言うじゃん……」
折角だからとユッカも口を挟めば、ウイユヴィトーはしれっと嫌な事を言うものだからユッカは思わず表情をくしゃっとしてしまった。
「じゃあ死体がない……この場合は死後かなり時間が経過して土に還ったとかそういう意味合いだと仮定して、そこで召喚した場合は?」
「失敗するでしょうね。でもその場合でも失敗したとしても、だからって他の誰かが呼ばれるって事はまずないのよ。物凄く似た存在が呼ばれる事はあったとしても、そういうのって血縁関係――親子とか、そういうのならありえなくもないんだけど」
「私とイシェルさんとは他人ですね……そもそも会った事もないし。
似てる?」
ロゼに聞いてみれば、ロゼはふるふると首を横に振った。
ユッカとしてもだろうなぁとしか思わない。
聞けばイシェルはエルフだという話だし、種族的に同一存在とみなされたとかの誤作動もなさそうとなれば、じゃあなんで自分が? となる。
「何らかの事情でイシェルが召喚を拒んだ結果、魔法は別のどこかに帰結しそこでお嬢さんを連れ出した。その可能性はあるわね」
「そういやロゼもそんな可能性を考えてたんだっけ……」
「そこはイシェル本人に話を聞かない事には本当に拒否したかもわからないんだけどね」
「イシェルさんの現状を知ってる人とかは……」
「現状かはわかんないけどフォリスは友人だからそこそこ前であっても知ってる可能性はある。ただボクたちがそれを聞ける状況ではないってだけで」
「あら、じゃああたしが聞いてみるわ」
「あっ、ちょっと待ってボクフォリスには自分がローザローゼシカだって言ってないから。そこは黙ってて」
「了解よ。確かに言うのはちょっと躊躇うものね」
この魔女察しが良すぎるぞ……なんて思いながらも、ユッカはポンポンと進んでいく会話を聞いていた。
その次の瞬間には、白い長方形のようなものがゆらゆらしながら浮かび上がって、揺れが止まったと思ったらそこにフォリスたちの姿が映し出される。
先に城に戻ると言っていたので、どうやら既に城に戻っているようだ。
「やっほー、ちょっと聞きたいんだけどフォリス」
「えっ!? 僕でスか? 一体なんでス?」
当たり前のようにそこに映し出されたフォリスにウイユヴィトーが声をかければ、フォリスも少し驚いた様子ではあったがすぐさま受け入れた様子だった。
こっちの世界で一般的であるかどうかはわからないが、フォリスの様子から滅茶苦茶驚く程でもないんだなぁ、とユッカも理解はした。
「イシェルって最近どうしてる?」
「イシェル? 最後に会った時は別にいつも通りでしたけど。
城の一室ぶっ飛ばしてユリアスと殴り合いに発展してましたね」
「生きてるし元気なのね?」
「殺しても死なないと思いまス」
「そう。わかったわ。ありがとう」
ウイユヴィトーがそう言えば、窓のように広がっていたそれがパッと消える。
「元気らしいからイシェルの身に何かがあった、ってわけではなさそうね」
「そっか……」
ロゼの声もどこか安堵した様子である。
「という事は召喚できなかったんじゃなくて、やっぱ拒否したとかそういう?」
安堵しているところに水を差すような真似はしたくなかったが、召喚そのものが失敗したというよりはそちらの方が濃厚だろう。
「うーん、それがなんとも言えないのよね。
ここ最近おかしな事がたくさん起きてるの、知ってる?」
「おかしな事?」
ロゼがオウム返しすれば、ウイユヴィトーは「そうなのよぉ」と眉を下げて頷いた。
「ここ最近ね、本当にいろんな地区で事件が頻発してるみたいで。
聞けば魔物が多く出るようになった、なんてのはまだ可愛い話で崩落の予兆が~とか、崩落した~とか。
最近聞いた話だとルボワール地区が崩落したみたいで」
「えっ!?」
「だからね、さっき貴方たちがルボワール地区にいたって聞いてちょっと驚いたのよ」
「あ、言い忘れてたけどサリエナ地区も崩落の予兆が出てる」
「そうなの!?」
互いに情報をじっくりと交換したわけではない。
ロゼはローザローゼシカである事とここに来るまでの道のりを話しはしたが、事細かにというわけではなかった。サリエナ地区からここに来たとも言ったが、崩落の予兆については言っていなかったのだ。
緊急性があるとか以前に、そこまで考えが至らなかったというのもある。
どのみちサリエナ地区に転移できる装置は少なくともこの町にはない。最初にやってきたあの装置の場所ならまだしも、そこは周囲に誰かがいるようなものでもなかったし、魔獣の被害があったのならユッカたちが最初に訪れたあの場所に行こうという者もいないはずだ。
……というのは落ち着いて考えたらだからまぁ急いで伝えなくても大丈夫だよな、という風に考える一つの要因ではあるけれど、ロゼもユッカもルボワール地区が崩落したという話を聞くまですっかり忘れていたのだ。
(いや確かにルボワール地区とかほぼ全滅状態だったし崩落したところで……って話ではあるんだけど。
でもじゃあ私たちが行った地区のうち二つが崩落確定って事でしょ? で、崩落した後は崩壊していく。
フラワリー地区から数えて現在五つ目の地区、でロゼの家周辺をギリカウント含めたら行った先の半分はそうって……何気にヤバくない?)
なんだかまるで行く先々で事件に巻き込まれる名探偵のような気分である。
話の流れ上名探偵と事件は切っても切り離せないとはいえ、毎回事件に巻き込まれる事を考えると探偵というよりは死神と呼ばれてもおかしくはないけれど、それでも探偵は探偵なのだ。どれだけ不吉であろうとも。
しかしユッカたちは別に名探偵でもなければ勇者様御一行とかでもない。
それなのに行った場所の半分程が崩落したとか、不吉の象徴扱いされても否定できないかもしれない。
決して自分たちが何かをしたわけではないけれど、何も知らない者がその情報だけを聞けばまるでユッカたちが何かをしでかしたかのように思ったっておかしくないかもしれないわけだ。
ウイユヴィトーはそう思っていないようなので、そこだけはまぁ安心できる。
無実であれば堂々としていろ、とはよく言われるがそれはそれとして疑いをかけられるのはやはり嫌な気持ちになるだけなので。
ウイユヴィトーはロゼにルボワール地区とサリエナ地区の住人たちについて聞いていたが、ロゼは少しだけ答えるのを躊躇っていた。まぁそうだろう。住人たちは全滅していると言ってもいい。
ルボワール地区で唯一無事だったアーロスは他の地区へ行ったようだが、彼が今どうしているのかをユッカは知らないし知りようがない。無事に家族の元に帰れていればいいのだが……
先程は細かく話していなかった部分。
そこをロゼは補足するように話しはじめた。
クークラ、の名を聞いてウイユヴィトーがあぁ、あの人形ね……なんて呟くものだからロゼは「知っているのかい?」と聞いた。
「そりゃあね。だってマギサが作る時に相談だってされたもの」
「えっ?」
ロゼではなくユッカが思わず声を上げていた。
「どうかした?」
「あ、いえ、その……今更だけど二人の関係って?」
てっきりロゼとウイユヴィトーが友人、もしくは知り合いであると思っていたのだが少し違うのではないかと思えてきたので、少しばかり気まずい思いをしながらもユッカは問いかける。
ロゼとウイユヴィトー、互いに面識があるのなら別にユッカがわざわざそこを聞かなくてもいいかなと思わないでもなかったが、関係性が友人ではなく親戚のお姉さんとか母親の友人とかそっち方面だった場合、ロゼの友人間隔でユッカが声をかけるのは何か違うかな……と思ってしまったのもある。
親しみを覚えるのはともかくとして、気安さの度合とでも言おうか。
友達同士なら別にユッカに対してどう思われたところでそこまで問題はないけれど、身内が不快感を覚えた場合、彼女との付き合いは考えた方がいいんじゃない? なんて言われる可能性があるのだ。
ユッカが失礼な事をするつもりは勿論ないけれど、それでも知らぬ間にやらかす可能性は存在する。
結果としてあの子の事はわかるけど、でも一緒に行動しなくてもいいんじゃない? とか言われてユッカ一人どこか安全な場所で待つように、なんて言われるような事になるとそれはそれで困るかもしれない。
安全な場所で待つだけといっても、それがどれくらいかかるかまではわからないし、ましてや他に優先するべき状況が発生した場合ユッカはそれを知る事なく更に待たされ続ける事になるのだ。
なのでロゼの知り合い、とりわけ身内やそれに近しい間柄の相手に下手に気安く絡むのもな……と思ってしまったわけだ。
「あたし? あぁ、あたしはこの子の母親の友人、ってところかしら。そう言えばこの事マギサは知ってるの?」
「いや、知らない。というか連絡も最近はとれてない。というか連絡がつかない」
「あら」
しょも……となって答えるロゼにウイユヴィトーは思いもよらないと言わんばかりの反応である。
「おかしいわね。前に会った時、そろそろ戻るって言ってたのに」
「え」
「何かあったのかしら。まぁいろんな地区で何やら事件が起きてるっぽいから、それのどこかで解決に動いてる可能性もあるけれど」
マギサったら連絡無精で困るわ、なんて言いながらも、ウイユヴィトーは思い出したように話を戻す。
「あれでああ見えてマギサはあちこちで頼られてたものね。それで家を空ける事が多いのをあれでちょっとは気にしてたのよ。娘に寂しい思いをさせてる、って」
「お母様が……」
「寂しくならないように、って言ったって、お友達を用意するわけにもいかないじゃない?
気の合う合わないもあるし、年月の経過と共に考え方が異なって合わなくなってくる事もあるし。
生き物には責任が伴うもの。だから、生き物ではないもので何か、気を紛らわせるようなもの……って悩みに悩んで人形に行きついたのよ」
デザインとかもね、これはどうあれはどう? なんて聞かれて相談に乗ったりしたものだわ。
なんて言われて。
ロゼは途端になんだか寂しさを思い出してしまった。
クークラの存在を忘れてしまったのはどうしようもない事実だ。
だが思い出してみれば確かに幼い頃、クークラを大事に扱っていた時はずっと一緒だった。
ただそれも、成長するにつれてそろそろお人形は卒業するべきではないのか、だとか、お姉さんになったのだと思うようになったりしておはようからおやすみまでずっと一緒ではなくなってしまった。
その後、この子にならあげてもいい、と思った相手にクークラを譲ったのは決してクークラを不要に思って処分しようとしたわけではない。ただ処分するだけなら、そんな事をしないでさっさと捨てていただろう。
大切にしてくれると思ったから、託す――というと大仰だが、ともあれクークラの存在が他の誰かの助けになればと思った……その気持ちに嘘はない。
その後にすっかり存在を忘れていた事に関しては、クークラの恨み言ももっともではあるけれど。
自分にはもうクークラの存在はなくても大丈夫。
そう思って譲ったけれど。
今になってその話を聞くと、なんだか手放した事が今更のように間違えてしまったような気持ちにもなってしまったのだ。母の想いが詰まっていた。それを自覚していなかったわけではない。わからなかったわけではないが、それでもあの時はそこまで感じ取ったりしていなかった。
それを今になって改めて知ってしまうと。
母の想いを手放した事と、クークラを自らの手で消滅に導いてしまった事とが合わさって、どうしようもなく寂しい気持ちに見舞われてしまった。
手放さなければクークラがドロシーに目を付けられる事もなかった。
そう考えると余計に。
今更のように寂しいだなんて思うのも都合が良すぎるのではないか、なんて思ってしまったけれど、それでもどうしたってこの寂しさは消えてはくれなかった。
そんなロゼのしょんぼりした雰囲気を感じ取ったのかウイユヴィトーは黙ったままだ。
「あの、この空気の中話変えるような気がして大変恐縮な気持ちはあるんですけれども、ウイユヴィトーさん」
「あら、言いにくいでしょ? ウイユでいいのよ?」
「じゃあ、ウイユ」
しんみりした空気が室内に満ちていくような気がした中で、ユッカはあえて空気を読まないようにして声を出した。
「私に声をかけた時、猫……ってかロゼが愉快な事になってるって言ってましたけど、それは?」
今までの話の流れからして、ウイユはロゼが知り合いである事すら気付いていなかったわけだし、元は人だったのが猫に変わったとかそういうのに気付いて声をかけたわけでもなさそうだった。
では、一体ロゼに何があるというのか。
愉快な、と言っていたので急を要するようなものでなないと思いたいが、もしロゼに何かあるのなら。
健康被害的なものがあるのなら放置はできない。
それより先に状況説明だとか情報共有だとかが優先されると思っていたからこそ、ユッカは極力口を挟まないようにしていたのだが、今ならいいだろうと思って問いかけてみれば。
「あっ、そういえばそんな事言ってたね」
ロゼも思い出したようだった。
ロゼからすれば自分の身に何やらあるらしいという事よりも、予想していなかった知り合いに出会った事の方が衝撃が大きすぎて忘れていたようだ。
「あぁ、そういえば」
そしてウイユもすっかり忘れていたようで、ポンと手を打つ。
だからこそユッカは、あ、思ってたより深刻な感じではなさそうだな、なんて内心で安堵したのである。




