修行というか治療というか
「魔力がね、ぐるっこんぐるっこんしてるの」
「――は?」
ウイユがユッカに声をかけ、ロゼを預けてみないか、と聞いた理由について改めて問い質してみればそんな答えが返ってきた。
ウイユ曰く、魔力というのは誰しも持ち得ているもので、大抵は体内をぐるっと巡っているのだが。
しかし人によってはその魔力の巡りがおかしな事になる場合があるらしい。
大量に魔力を消耗した後、それでも更に魔力を使い続けようと無茶をした時や、魔力汚染された場合。
はたまた生まれつきそういった疾患として、だとか。
要因としてはいくつかあるけれど、ともあれそういう状態の相手は健康体と称するには問題がある。
パッと見で問題はなくても内面に抱えているものなので、ある時突然……なんて事もと言われると一種の病気のようなものにも思えてきた。
そのまま放置し続けてもいい事はないし、最悪命を落とすかもしれない場合もある。
一見して即座に気付けないものなので、気付いた時には……という事も多くそう考えると結構厄介なものだ。
魔女など魔力の流れを感知するのが得意な者であれば気付ける事でも、大半の人は気付けない場合が多いようなので魔力の巡りが歪んでいる事に気付けないままの人の方が圧倒的と聞くとユッカとしても「何それ怖……」となるのである。
とはいえ、生まれつき魔力の巡りに問題が、とかでもない限りは充分な休養をとって魔力を無駄に消耗するような事をしなければそのうち治るものらしい。魔力汚染されるような環境になければ大抵は普通に過ごしていればそこまで問題になるような事でもない、とも。
潜在的に魔力の巡りがおかしな事になっていても、少しくらいであれば気付かないまま……というものらしい。
ある種の病気みたいなやつじゃん……とはユッカも思ったけれど口には出さなかった。出したところでどうなるというものでもないし、そんな感じよ、とあっさり言われたとしてどうリアクションをすればいいのか。
ただまぁ、軽度であればそこまで気にするものでもないけれど、軽度でない場合は放置し続ければ更なる悪化を招き健康被害が出ると言われてしまえば。
「病気じゃん」
「そんな感じよ」
あっ、と思った時にはもう口から出してしまって、やっぱり思った通りの反応をウイユから返されてしまっていた。
そして現状、ロゼの魔力はウイユ曰くぐるっこんぐるっこんしているらしい。
ぐるっこん、とは……?
「普通にめぐってるのをぐるぐるって表現するなら、なんか途中途中でガタつきがある、って事?」
「そうそう。理解が早くて助かるわ」
「はぁ……」
褒められてはいるものの、喜んでいいのかは微妙なところだ。
あれかな、自転車のタイヤがちょっとガタついた時みたいな……? と脳内で想像してみる。
パッと見は壊れてそうでもないのにいざ走らせてみると妙なガタつきがあって気になる、というようなものなのかもしれない。ユッカに魔力はないので実際どうだかわからないけれども。
ただなんとなく、ウイユの言い方からそういう風に連想しただけに過ぎない。
そして恐らくではあるが、ウイユはきっとそんなユッカの言葉を否定せずに「そんな感じよ」と言うであろう事も想像できてしまった。
「えっと、それってロゼが猫になったから……?」
「でしょうね」
「うん。本来ならボクも魔力の巡りがって部分は異変があれば気付けると思うし」
魔女の姿であったなら、ローザローゼシカであったならロゼも自身の不調に気付けると断言する。
しかし今は猫ちゃんの姿だ。言ってしまえば異常事態。その状態で一部の異常を察知しろ、というのは難易度が高いと思われる。全体的に異常しかないのだから。
「あたしに預けてみない? とは言ったけど、事情を聞く限り下手に手を出したら逆に問題が大きくなりそうね……てっきりあたし、貴方の使い魔の調子がおかしいのだとばかり思っていたのだけれど」
「あぁ、まぁ、普通はそう思うよね。まさか魔女がちょっとした事故で猫の姿になってるなんて真っ先に思う方がどうかしてる」
ユッカとしてもこの世界の普通がどうかは知らないが、それでも魔女が猫になっているよりは使い魔の調子が悪いと思う方が普通だとは思える。
ウイユが声をかけたのだって親切心からで猫になってしまっている状況のロゼを無理矢理どうにかしようとまでは考えていないらしい。
「まぁ魔法事故とかあるから別におかしな話ではないのだけれど。
でも物が悪かったのかしら」
「物が、って粗悪な品とかそういう?」
「いいえ、魔女の家で扱われる品が粗悪品なんて、滅多にないわ。それこそ嫌がらせでそうすると決めた物ならいざ知らず。むしろ良すぎた、が正しいわ。高品質な物が本来意図しない組み合わせでそれぞれの効能を発揮した結果の事故。大した物でもないのなら効果はとっくに消えていてもおかしくはないんだけど……」
「あぁ、結構な期間猫ちゃんだねぇ……」
「戻る気配もなんにもないんだよねぇ……」
日数的にもそこそこ経過している。
それぞれの地区に滞在していた期間はそこまで長期とは言えないし、それぞれの地区でやってきた事から考えてもそれ程の時間を消費したとも思えないが、なんだかんだ道中の移動などに費やした時間を考えると既に結構なに数が経過しているのは間違いない。
それこそユッカが元の世界に戻れないまま向こうの世界で時間が経過しているのであれば、今頃は間違いなく行方不明扱いをされた挙句、ニュースでも既に他の話題にとってかわられて世間から忘れられてもおかしくはない……のかもしれない。
元の時間軸に帰れると聞いているからそんな世界線はユッカにとって並行世界のもしもの話で、だからこそあまり関係のない想像上のものとしてスルーできているけれど、そうでなければ今頃もっと精神的に焦って余裕を失っていたって何もおかしくはないくらいだった。
「正確に何がどれだけあったってわかってたら多少効力を弱めたりできたかもしれないけど……」
「生憎あの時は色々保管してた所が崩れちゃったから……いくつかは何があったか憶えてるけど、全部は把握できてなかったかな」
「じゃあ下手に手を出すわけにもいかないわね。余計な事をして逆に悪化させちゃったら最悪元の姿に戻れないかもしれないもの」
「そうなんだよねぇ……それがあるからボクも無茶はできないってわけ」
「ただ」
あ、やっぱ他の魔女でもロゼをパパッと元に戻すのは難しいんだな、とユッカが思っていたものの、ウイユは改めてキリッとした表情を浮かべてみせた。
「猫の姿になってしまったのもあるんでしょうけど、魔力の巡りが悪いのは確かよ。それが猫の姿になっただけ、っていうのならいいけど無理に魔法を使ったりしたでしょう」
「否定はできない……!」
ユッカに対する魔法だったり、敵対した者たちと戦う上での魔法だったり。
そういったものを使ったのは事実だ。
「本来の姿と異なる状況で、今までと同じように使った結果無茶が生じてそのせいで余計巡りが悪くなってる節がありそうなのよね」
「それは……あぁ、うん。あるかも」
「魔力の巡りを完全に正すのは難しくても、それでもある程度どうにかしておくべきだとあたしは思うのよ」
「うん、ボクも他人事ならそう言うだろうね」
「だってこのまま魔力の巡りが更に悪化するようなら、貴方、本当の猫ちゃんになるかもしれないもの」
「そこまでかい!?」
「そこまでの自覚はなかったの!? 油断大敵よそれは」
「うわぁ……」
ロゼとウイユの会話を聞いていて、突然のヤバイ情報にユッカは思わずぽかんと口を開けていた。
そのうち戻るよ、と言われていた猫ちゃんの姿が、このままだと最悪戻れないかもと言われてしまえばそうなるのも無理はない。もし元の姿に戻れなかったらどうなっちゃうんだろう……? と考えて、ふと一瞬、元の世界に戻す魔法が使えないとかあったりしないよね? とよぎる。
ロゼの心配よりそっちが浮かんだ事に若干罪悪感を覚えもしたが、だからロゼを心配しているとかではない、と思い直して。
「ちなみにこのまま本当の猫ちゃんになっちゃったらロゼって」
「魔法が使えるかどうかもわからないわ。使い魔としてやっていけるならいいけど、人の言葉を喋れなくなると本当に普通の猫として生きていくしか」
「大問題じゃん!?」
「そうね。貴方がそれを望んでいるならあたしも止めようがないけど、そうじゃないんでしょ?」
「勿論だよ! えっ、じゃあどうすればいいんだい!?」
ユッカの質問に返された言葉が思っていた以上に大問題で、ロゼも流石に危機感を抱き始めたらしい。
むしろ今まで二人揃って呑気すぎたのでは……? と思いながらもユッカは固唾をのんでウイユの言葉を待った。
「ぐるっこんしてる巡りを完全に正すのは難しくても、正常に近い場所まで戻すべきだとは思うのよ。
となると……精神修行とか瞑想とか、そういうのが必要になる……のかしら?」
「なんで途端にふわっとしちゃうの?」
「あたしもこういうの詳しいわけじゃないもの。魔法で変身して姿を変えてるならまだしも、事故でこうなった、っていうケースがあたしにとっては初めての出来事なの。だから、絶対これをこうすれば大丈夫! って言い切れないのよね。
でも、ある程度魔力の巡りを戻してそれを安定させれば悪化は防げるわ」
「それは確かに」
ウイユの言葉におかしな点はない。
魔法について詳しくはないユッカでも、それくらいはわかる。
(要するに、身体を痛めたとして、安静にしなきゃいけないけど何にもしないままだと衰える一方だから無理のない範囲で動かしておけ、みたいな事に近いのかもしれない)
リハビリ程度ならまだしも、それを通り越して無茶をすれば逆効果。
つまりはそういう事なのだろう、きっと。
自分の中である程度かみ砕いて理解してしまうと、確かに今のロゼの状態はよろしいとは言えないものだ。
もしかして時々猫らしい鳴き声が出るのもそのせいだろうか? とすら思えてくる。
「身体を鍛えれば大丈夫、みたいな話ではないんだろうなとは思うんだけど……瞑想とか精神修行って言われても何をどうすればいいわけ?」
鍛えましょうね、と言われてそれがすんなりできればいいが、そうもいかない場合だってあるだろう。
実際魔法云々を抜きに、身体を鍛えましょうねとユッカの世界で言われたとして、それがすんなりできる人ばかりではないのだ。
運動をしないといけないと頭で思っていても、いざ日々の暮らしをしているだけで疲れ果ててそれどころではない、なんて人が大勢いるのをユッカもわかっているので。
ユッカだって大人になってから体力は落ちる一方だから、若いうちにある程度鍛えておきなさい、と言われた事はあるし実際周囲の大人を見ていればその言葉が嘘ではないとわかってはいるけれど。
しかし学校から帰ってきてそこから元気に身体を動かすような運動をするか、となるととてもじゃないが難しい。
学校から帰ってきて課題をやらなきゃいけなかったりするし、それでなくとも夕飯やお風呂の後に運動はしたくない。食べてすぐの運動は下手をするとお腹が痛くなるし、折角お風呂に入った後で汗をかくような事はしたくない。それ以前に、そうする事で睡眠時間を削りたくなかった。
休みの日ならまぁ……と思うけれど、じゃあ休みの日に必ず運動できるかと言われるとそれも難しいものがある。
身の回りの事を親がやってくれるといっても、何もかもというわけでもない。
やるべき事をやって、その後に息抜きだってしたいしそうやって考えると隙間時間くらいでしか無理そうだけど、じゃあその短時間で効果がでるのか、となるとまず難しいだろう。それこそ効果が出るのはいつになる事やら……と考えると、先が長すぎて途中で断念してしまいそうだ。
運動をする、というていで考えてこれだ。
瞑想とか、もっと難易度が高いのではないかと思えてくる。
寝る前にやるならそのまま寝落ちしても問題はなさそうだけど、それって効果あるの? となってしまうし、精神修行に関してもやる内容次第だ。
ユッカたちのここまでの歩みの大半は野宿である。
一応魔法で清潔にできているから町などに問題なく入れているけれど、野宿となると場合によっては魔物と遭遇することもあるのだ。
修行中にそれだと、そのまま続けるわけにもいかないだろうし、魔物を倒した後で再開できるものならいいがそんな途中途中で邪魔が入っても問題のない修行なんてあるだろうか? とも考えてしまう。
そうでなくともしっかり休まないと次の日に響くのは確実で。
翌日に疲れを残すようなものはできるならやりたくない。
そうやってあれこれ考えると、どうしたって今の状況でできるものなの? となってしまう。
やった方がいいのはわかっていても、やらない理由ばかりが浮かんでくるのだ。
「そうねぇ……猫になった事で意識が猫に寄ってるって感じだから……せめてそのあたりを戻せるだけでも違ってくるはずよ」
そう言うとウイユはぽんと両手を打ち合わせた。
「折角だからうちを使うといいわ」
「いいのかい?」
「えぇ、ずっといろって話でもないし、ある程度巡りがよくなれば貴方もこの先多少はマシになるはず。
宿を借りてやるにしてもお金がかかるでしょ? だったらあたしの家でやればいいのよ」
「ウイユがそれでいいのなら……」
「えぇ、勿論よ。それじゃあ早速移動しましょうか」
「あっ、ディオスたちにも連絡しないと。流石に置いてくのは問題しかない」
「それもそうね」
――なんて。
気付いた時にはこのパディソ地区から別の――ウイユの家がある地区への移動が決まってしまっていた。




