男女別行動
ウイユの本当の家があるのはガンナ地区だ。
パディソ地区からは少々離れた位置にあるので転移装置で行くのは難しいかと思われたが、そこはウイユの魔法でパッと移動するらしい。
そう聞いて、ウイユは実は相当凄い魔女なのではなかろうか、とユッカは思う。
ウイユはロゼの友人というよりは、ロゼの母親――マギサリュクレイアの友人であるらしく、大魔女の友人ともなればそりゃ相応の実力があってもおかしくはないなと納得した。
ロゼも幼い頃に何度か顔を合わせたりしたものの、ウイユとは直接会うよりも水鏡などを用いての連絡でのやりとりの方が多かったらしい。
先程フォリスと連絡をとったアレがそうか……とユッカが思っている間に再びその魔法が展開されて、ディオスたちはウイユがパディソ地区で借りているこの家にやってくる形となってしまった。
修行だかなんだか知らないけど、あの城使えばいいんじゃね? とアヴィオンが言ってはいたものの、流石に寝泊り程度に使う分にはまだしもそれ以上を城主の許可も何もなしにやるのは……とロゼが言った事で、アヴィオンも一応納得したようではある。
もっともアヴィオンは「そんなん気にする必要ないだろうに」と言っていたので本当に納得しているかは謎だ。
ロゼはガンナ地区に行った事はなかったようだが、ウイユ本人にパディソ地区と似ていいところよ、なんて言われていたのでそこまで緊張した様子はなかった。
ユッカとしてはもうちょっとパディソ地区を見て回りたかったが、ロゼの体調を無視してまでするべき事でもないので名残惜しさを感じながらもそれだけだ。
縁があればまたくる事もあるだろう。
そういうわけでユッカたちは実にあっさりとパディソ地区からガンナ地区へ移動する事となった。
ロクでもない事件に巻き込まれる事もなく、だ。
最初にパディソ地区に来た時は人がいない場所だったり魔獣がどうのこうのと言われていただけに、ユッカとしてもこれまだ何かあるんじゃないかと思っていたが、あった事と言えば精々ユッカが枕にされたくらいか。
……少し前までの地区で人がバッタバッタと死んでいった事を考えると、その程度の事は事件にカウントするのもどうかと思えるくらい平和である。
パディソ地区でも魔獣が襲ってきたという話ではあるけれど、それは既に解決したようだしそもそもユッカたちはその場面に遭遇していない。であれば、被害者が出たとしても平和の範疇ではなかろうか。
「ここがガンナ地区……」
転移装置も使わず魔法でばびゅんと移動するとは思っていなかったユッカが、物珍しそうに周囲を見回す。
周囲は見晴らしのいい原っぱで、その部分だけだとまるでサリエナ地区に来たばかりの時のようだ。
けれどもその少し先にはどうやら町があるらしく、そこはサリエナ地区とは異なっていた。
町は大都会というほど大きなものではなかったが、それでもそこそこの規模だ。
その町を通り抜けるように移動して、少し離れた場所にある大きな家こそが――ウイユの家である。
ちょっとメルヘンな見た目の家はウイユの家だと言われると違和感があるものの、しかし魔女の家と言われると何となく納得できてしまうのが不思議だ。
どうぞと促されて入る直前、ふと視界の隅に何かが見えた気がしてユッカはそちらへ視線を移動させた。
「あれ、あっちにもお城があるんだ」
「あぁ、あれ? 友人の家でもあるのよ」
「友人すご……」
「えっ、ウイユってここが家だったんでスか!?」
「そうよ? あれ知らなかった?」
驚いたように声を上げるフォリスにウイユがきょとんとした表情を浮かべる。
そんなウイユにフォリスはぶんぶんと首を横に振っていた。
「知りませんでしたよ全然。魔女がこんな近所にいるとか」
「近所?」
フォリスの言い方に引っ掛かりを感じてついその部分を口にすれば、フォリスはちょっと視線を彷徨わせてからそっと、躊躇うように城を指さした。
「僕の居候先があの城でス」
「って事はウイユとも知り合いだったって事?」
「まぁ、ちょっとした顔見知り程度ではありまスが」
フォリス曰く、居候先、つまりあの城の城主とウイユは友人同士であるようだが実際顔を合わせる事はほとんどなく、フォリスはその友人――ユリアスが時々魔女から貰ったという魔法道具などで魔女が知り合いにいると把握はしていたが、その魔女がウイユであるとは今の今まで知らなかったそうだ。
「ついでにさっきの地区の城の持ち主の弟でス」
「世間狭くない?」
流石にそろそろユッカだってこの世界の地区に関して、何となく把握しつつある。
転移装置があって地区間での移動が可能とは言え、しかしだからといって皆が皆気軽にあちこち移動しているわけではないという事を。
自由に転移装置で移動できるといっても、その移動が本当に自由自在であるかと言われるとそうでもないのだ。
一定の範囲内での移動。だからこそ、同じ地区でも別の転移装置を使うとなれば、行き先が異なっていても当たり前。
それが何を意味するかとなると、他の地区へ移動して、いざ帰ろうと思ったら帰るまでの道が相当遠くなってしまった……なんて展開にもなりかねない、という事だ。
ウイユみたいに魔法で行きたい場所にポンと行けるのならまだしも、そうではないのなら確かに気軽にポンポン他の地区へ行こうという人が多くないのも理解できる。
実際今の今までユッカたちが訪れた地区の住人は、住んでいる故郷とも言える場所から逃げ出すのは最終手段だという認識だった。崩落の予兆が出るなどしたなら仕方ないが、そうでなければなるべく留まろうとする。
……その結果についてはなんとも言えないけれど。
ともあれ、基本はそうあちこち各地を移動する者はあまり多くないというわけだが、ここにきて意外と知り合い経由で繋がりがあるとなってしまえば、世間狭すぎない? とユッカが口に出すのも当然と言えた。
友人の友人、という判定であればここにいる全員がほぼそれである。
親しさの度合いはさておき、ウイユはアヴィオンとフォリスとは知り合いであるようだし、ロゼの母親と友人であることからロゼとも知り合いである。
パディソ地区にあった城と近くに見える城の持ち主は兄弟で、それぞれがフォリスとアヴィオンの友人らしいし、そちらともウイユは面識がある。
完全な部外者、と言えそうなのはユッカとディオスだろうか。
だがユッカもロゼと共にいる時点で繋がりは薄いができていると言えなくもない。
ウイユの反応からしてディオスとは知り合いではなさそうなので、そう考えるとこのなんとも言えない間柄に含まれていないと言えるのはディオスだけのようだった。
そうは言っても仲が良い集まりというわけでもなさそうだし、アウェー感があるというわけでもないので、ユッカがそこら辺を気にする必要はない。明らかにぼっちすぎる状況だったら多少は気遣ったかもしれないが。
「近所なら、貴方たちはそっちの部屋使う?」
「あー、そう、でスねぇ……その方がいいのかな」
「何言ってるんだそれじゃ俺が枕と寝るチャンスが減るだろうが」
「安心して、そんな機会はないから」
ディオスとフォリスはまだわかるが、なんでアヴィオンもついてきたんだろうなぁ、と思っていたら案の定だ。諦めていなかったんかい、と言いたいが多分言ったところでアヴィオンは諦めるわけないだろ、といらんガッツを発揮するのがわかりきっている。
「流石に付き合ってもいない男女で寝室を共にするのは問題でしょう」
「いいぞディオス! もっと言って!」
「じゃあ付き合えばいいんだな!?」
「そこで即答するのやめーや」
というか、それでじゃあ付き合おっか、となってたまるか。
ユッカはその場のノリと勢いで行動しがちなJKにありがちなパッションを持ってはいるけれど、別に恋人欲しー、イケメンならなお良し、と言い張るようなタイプではない。
それでなくとも異世界の男と付き合うとか、そんなつもりはこれっぽっちもないのだ。
元の世界に帰らないでここでずっと暮らすの! なんて言う程この世界に残るつもりもないし。
帰るに決まってるでしょ、そうじゃなかったら家族心配するもん。
あと友達も心配する。特に友人のいろはちゃんは絶対に心配する。
ユッカの友人の一人、いろはちゃんはお金持ちの家のお嬢さんだ。
だからうっかりユッカが行方不明になったなんて聞けば、もしかして自分絡みで……? なんて一瞬でも考えるに違いないのだ。ユッカとて流石にそんないらぬ心配をかけたいわけではない。
「とにかく、付き合うとかそんなつもりはないから」
「そんな……!」
がーん、とショックを受けたみたいにしているが、生憎ユッカの心はそこまで痛まなかった。
これが本心からユッカに惚れて、とかであればユッカももうちょっと罪悪感とか持ったかもしれないが、アヴィオンはあくまでも安眠かつ快眠のためという理由だ。お気に入りの枕が自我持ってるから機嫌を損ねないようにしよう、とかそういう感じなのかもしれない。アヴィオンにとってユッカはあくまでも人ではなく枕扱いという点でどうかしてるぜ、とユッカからすれば言うしかないわけだ。
これが自分の状況じゃなかったら高みの見物してポップコーンとコーラ片手にキャッキャしてたんだろうなぁ、とも思うけれど、生憎自分の事なのでそんな気持ちにもなれやしない。
猫ちゃんだから可哀そうな気もするけれど、しかし見た目のほとんどが野郎なので同情でずるずるいったらとんでもない事になりそうな予感もしている。
ロゼみたいに完全な猫ちゃんならまぁ……とは思うが、下手にここからここまではセーフ、という境界を作るとやっぱりそこからずるずると……となりそうなのでユッカは余計な事は言わない事にした。
「ちっ、まぁしゃーないか……じゃあ俺らはユリアスの城借りてそっちで寝泊まりすればいいんだな」
城主本人がいないところで勝手に話が進んでいく。
これでその城主――ユリアスが「却下だたわけが」とか言い出したならアヴィオンなら嬉々として「駄目だったからこっちで泊めて」と言うかもしれない。
フォリスの反応からしてそれはなさそうだが。
「あ、イシェルがいたらとりあえず声かけておきまスね」
先程ウイユからイシェルについて聞かれたのもあって、フォリスは思い出したようにそんな事を言った。
「助かるわ」
ウイユが笑う。
フォリスはそれから思い出したように、
「あ、友人でス。いたら紹介しまスね」
とユッカたちに向かって言った。
「うん。あ、そうだこっちも挨拶に行けそうなら行くね」
「いつでも大丈夫だと思いまスよ。早朝以外は」
「ま、夜行性だもんなぁユリアス」
フォリスに続くようにアヴィオンが呟く。
夜行性、という言葉にいや普通に夜型でいいのでは? と思いながらも、仮にそうじゃなくても早朝に行くのは流石にないよとユッカも返した。
祖父母の家とか、ご近所さんならもうそのくらいの時間に起きて活動してるからむしろ気にしないが、そうじゃないなら下手すると寝てる人がいる時間帯だ。こっちの世界で人様の家にお邪魔するのに適した時間ってどこからどこまでなんだろう、と思うが多分昼間なら問題ないだろう。そう思う事にする。夜型なら昼過ぎよりも夕方くらいの方がいいのかもしれない。
ともあれ、イシェルの事はユッカは名前しか知らないし、フォリスはそもそも名前だけでも知っていると思っていないだろうから紹介してくれるのであれば助かるのは言うまでもない事で。
「それでは、また」
「うん。ディオスもあんま無理はしないでね」
じゃあ一先ず城に行くか、とばかりなフォリスに続くように歩き出したディオスに声をかける。
顔色は悪くないが、いつまたあんな風に体調不良に陥るかなんてわかったものじゃないのだ。
更にフォリスとアヴィオンはともかくディオスは城主とは一切関係のない存在。気が休まらないせいでまた体調崩したら……なんて心配をしてしまったが、ディオスはそんなユッカの心情を察したのか、ふ、と口元に笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。おかしな事件に巻き込まれたりしない限りは」
「ディオス、それフラグって言うんだわ……」
なんだろう、さっきまでは平和な空気だったはずなのに、ディオスのその一言で途端に嫌な予感がし始めた。




