枕キャンセル
助けは来ない。
そう思っていたが、あっさりと助けは来た。
てっきり朝になって青年が起きるまでこのままかと思っていただけに、ユッカとしては思った以上に速い救助である。
肩にロゼを乗せたフォリスが「やっっっっっっぱりアンタか!」と叫びながら青年からユッカを引きはがし、そうしてディオスの方へと押しやって。
「いよいよ人攫いに手を出すなんて落ちたものでスねぇ!? なんだったらこのまま永眠させてやりましょうか!?」
なんて言いつつ狐火が浮かび上がるものだから、ユッカはハラハラしながら事の次第を見守っていた。
いや、止めるにしても何をどう言って止めるべきなのかすぐに言葉が出てこなかったのだ。
彼は何もしていない?
いいやユッカを無理矢理連れ去っている。
何もされてないから大丈夫?
年頃の娘を抱き枕にしておいて何もされてない、は果たして通用する言い分なのだろうか?
貞操を失ったとかそこまではいってないものの、ユッカ本人の意思を無視して連れ去って強制的に添い寝フレンズ扱いしてるのを無罪と主張すべきなのかどうなのか……ユッカにはわからなかった。
怪我をしたわけではないし、口に出すには憚られるような事をされたわけではないのであまり酷い判決は下さないでほしい、くらいは言えるけれど、無罪を主張するのは何か違うな……となったので。
これが見た目も幼く母を恋しがるような小さな子であれば、まぁ、あんまり強く言わないであげてとか言えたかもしれないけれど、見た目はほぼ成人してそうなのでイヤらしい気持ちはありませんでした、と言われてもでもやってる事がな~となるのである。
「うるさ……ぁんだよ、くぁ……」
耳元でギャンギャン喚かれた事で猫耳青年も流石に眠りを妨げられたようで、大層不機嫌な声と共に目を開ける。
ちなみに真っ暗だった室内はフォリスたちが踏み込んだ時点でパッと照明がつけられたらしく、今ではとても明るい。
目をしぱしぱさせて青年は今にも狐火をけしかけそうになっているフォリスの姿を確認する。
「……あ? なんでお前がここに?」
「なんでじゃありませんよ! 仲間連れ去られて取り返しに来たに決まってるでしょうが!!」
「仲間ぁ? お前の仲間とかそもそも連れ去られるようなタマかよ……ん?」
ぎゃんっ! と喚くフォリスに物凄く面倒そうな表情を浮かべて、しかし青年はそこで気付く。
「……連れがいつメンじゃねぇな。あ? 何がどうなってんだ……?」
正真正銘ワケがわからないとばかりに困惑している青年の様子は、演技には思えなかった。
「いやそんな事よりさっきめちゃめちゃいい枕があったような」
「その枕になった覚えはないんですわ」
「なった覚えのない人を勝手に連れ去ってベッドに引きずり込むとか犯罪でスよ!?」
ユッカの言葉にそれ見た事かとばかりにフォリスも便乗する。
青年はというとそんなユッカに視線を向けて、こてん、と首を傾げた。
「んん? あんたが俺の枕」
「違います」
「いいや枕だね!」
「人権無視してくるタイプか!?」
しゅばっと音がしそうな勢いで起き上がると、青年はユッカの方へと近づいた。
危うくまた捕まると思ったが、直前でディオスがすいっとユッカの肩を掴んで移動させる。おかげで青年に捕獲されるという事実からは逃れる事ができた。
「えっと、つまり一体何があったの?」
フォリスの肩から下りてユッカの肩へ移動したロゼの疑問は、もっともすぎるものだった。
――猫耳青年の名はアヴィオン。フォリスはアヴィでいいでスよとどこか吐き捨てるように言っていた。
互いに知り合いであるのは言うまでもないだろう。
これで全然知らないのに初対面でこの態度だったら逆に問題しかない。
「友達?」
「まさか」
「冗談だろ」
ユッカの問いにフォリスとアヴィは「い゛ーっ」と言いそうな表情で答えた。
知り合いではあるけれど、別段仲の良い友人とかではないらしい。
ユッカはロゼがいなくなってからの出来事をさらっと説明して、ロゼもロゼでアヴィがユッカに危害を加えるつもりがないのならそりゃ護りの魔法も何もあったもんじゃないよなぁと納得する。
この城に関しては、アヴィの友人の別荘でアヴィは自由に使っていいと言われているから堂々と寝室を占領しているようだ。
なんでも魔法的な守りがあるからこの城に盗みに入ろうとするような輩は侵入できないのだとか。
ロゼやディオスだけならこの城に入るのも難しかっただろう。
フォリスも同様にこの城に入る許可があったからこそ、といったところか。
もっとも、フォリス曰く、この城は友人の兄の城、らしいので入る許可をもらったところで足を運んだ事なんてなかったそうなのだが。
別荘が城って……とユッカは何をどう突っ込めばいいのかわからず言葉を飲み込んだが、この事実に他に驚くような反応をした者は誰もいなかった。
えっ、よくある話なの……? と困惑する。
とりあえず皆と合流できた。
この事実だけでもう充分な気がしてくる。
本来ならこのまま城を出て宿に……とした方がいいのかもしれないが、困った事に町の宿は満室で部屋をとるのは無理だったとの事で、ユッカたちもここで一夜を明かす事にした。
もう中に入っちゃった以上今更、という気持ちだったのもある。
とりあえずご飯食べてそれから寝ようか、となって。
部屋は好きに使っていいと言われてましたから、とフォリスが言うので、じゃあお言葉に甘えて……となったものの。
「お前は俺の枕だろ」
「違います」
またもやユッカはアヴィに寝室に連れ込まれそうになった。
「なんっでだよそっちの黒猫寝室に連れ込むなら俺だっていいだろが」
「良くないよ全然なんにも良くないよ」
「猫なのに」
「猫成分耳と尻尾くらいなものじゃんそれ以外は成人男性サイズで全然猫ちゃんじゃないじゃん」
というか、まさかここでロゼと張り合うとは思ってもみなかった。
確かにロゼは猫である。見た目は。
そしてアヴィオンもまた猫、と言えなくもない。
だがしかし見た目的にひゃくぱーロゼは猫だけど、アヴィオンは九割人と言ってもいい。人と同じサイズであろうとも、全身猫であったならユッカとてあまり気にしなかったと思う。でかい着ぐるみか、はたまたゲームにそういった感じの種族がいたからそういうものと見なしただろう。
ついでに先程まで不本意だが抱き枕になっていた時、ユッカはアヴィオンが見た目よりも結構しっかり筋肉がついている事を察してしまっている。
猫ちゃんを謳うなら、せめてもうちょっとふわふわの毛並みとか、ふにゃふにゃの身体とかであれと思わなくもない。むしろアヴィオンは猫耳と尻尾がなければ普通にイケメンのお兄さんである。バンドとかやってそう、というのがユッカ的偏見だ。そんな偏見を持って改めてアヴィオンを見ると、着ている黒系統の服もそれっぽく見えてくるから困る。
そんなバンドやってそうなイケメンに猫耳と尻尾がついているのだ。むしろそれだけで猫を名乗られてもな……となってしまうのも仕方のない話だった。
だってそれで猫を名乗れるのなら、ユッカだって猫耳のカチューシャとか尻尾とかつけたら猫を名乗れてしまうわけで。
「なんでそっちの猫は良くて俺は駄目なんだよ……」
しゅん、とした表情でそう言われても、ユッカの心は痛まなかった。
いや、一瞬ちょっと罪悪感のようなものは確かにあったのだけれど、その気持ちに飲み込まれる前に正気に戻ったというか気の迷いの方が飛んでいったというか。
「だってロゼは女の子だし」
猫であろうと猫じゃなかろうとも、ロゼとならユッカは一緒のベッドで寝る事に抵抗はない。
今の今まで行動を共にしてきた事もあって、すっかり慣れてしまったし、一緒に寝るのは当たり前のように思っている。
「目の下の隈とかで寝れてないのは可哀そうだなと思わなくもないんだけど、だからって私が抱き枕になるのは何か違うかなって。
というか仮にもいい年した男女でベッドを共にするのはどうかなと思う程度には私にだって貞操観念あるからね?」
これが幼い頃からずっと一緒に育ってきて、寝るのも一緒だった事があるから今更、とかいうようなものであればまだしも、アヴィオンとユッカは出会ったばかりだ。幼馴染とかそういう関係ですらない。
「というか、お前が寝れてないのは同情すべき部分もあるとは思いまスがだからってユッカさんに負担を強いるべきではないわけで」
「えぇ……僕たちが言えた義理ではないかもしれませんが、それでもやはり男女で一つのベッドで寝る、というのはどうかと……僕らだって野宿をする際テントは別々にしてるわけですから」
年頃の男女、という点ではディオスやフォリスが言うのも説得力に欠けるかもしれないが、しかし二人だって決してユッカとの距離をバグらせたりなんてしていない。
行動を共にする事があっても、それは起きている時の話であって眠る時まで一緒ではないのだから。
そう考えるとユッカとしては、さっきまでは別に危害を加えられたわけじゃないしなぁ……なんて思っていたものの、やっぱ一足飛びで飛び越えてきてる時点でアレだな、という結論に辿り着いてしまった。
「なぁ、頼むよここんとこ全然寝れなくて。俺はただぐっすり眠りたいだけなんだよ……」
縋るように言われて、多少なりとも可哀そうな気持ちになってしまう。
実際アヴィオンの目の下の隈はそれはもう酷いものなので。
向こうの世界でロクに眠れていない社畜と呼ばれてそうな人だってこんなべったりドス黒い隈をこさえている人いないぞ? と思えるくらいの惨状。その部分の血色どうなってるの? うっかりそこが切れて血が出てくるような事になったら、赤い血じゃなくて黒い液体が出てきたりしない? とあり得ないと思いつつも想像できてしまうくらいなのだ。
「騙されないで下さい、そいつぐっすり寝たいって言ってるけど別に全然寝れないわけじゃありませんから」
「っせぇな余計な事言うなよ。こっちはマジで死活問題なんだよ」
僅かに同情心で揺れそうになったものの、それを遮るように言ったフォリスにアヴィオンは露骨な舌打ちをかましてきた。
成程、全然寝れてないわけじゃないけど睡眠の質がよろしくない、って事なんだな。
と理解はしたけれど、だからといってユッカがじゃあ一緒に寝ようか、ともならない。
この一度っきり、と絶対的に決まってしまえばまだしも、そうじゃなければこのままずるずると……となりかねないので。
(フォリスに対してやたら口悪くなるのは知り合いゆえの気安さからなのか、単純に寝不足からくるストレスで他人よりも気遣いのハードルが下がってるからなのか……両方かな?)
ここでそんな疑問を口に出したところで、何が変わるわけでもない。
どうにも二人の様子を見る限り仲良しというわけでもなさそうだし、悪友とかそういう感じな気がする。
なおもアヴィオンが縋ろうとするものの、それらを鉄壁のガードで守り抜くとばかりのフォリスが立ちはだかって、そこからどんどん口喧嘩らしきものがエスカレートしていった。
「え、ちょっと」
流石にこの城の直接的な持ち主のいない間にここで殺人事件のような事が起きるのは不味いと思って止めようとしたが。
「ディオス?」
背後から肩に手を置かれユッカが振り返れば、そこにはディオスがいた。
ディオスはそのまま首を横に振っている。
止めるな、と言葉にはしないものの態度が完全に物語っている。
え、でも……とますますギスッていく雰囲気に危ういものしか感じないのだが、それでもディオスの態度に変わりはない。ふと肩に乗っているロゼを見ると、こちらも似たような反応だった。
最初はちょっとだけロゼもピリピリした空気に戸惑っている様子だったはずなのに。
ロゼがこつんと額をぶつけてきたので、ユッカは何かを言おうとしていた口を閉じる。
『いっそ殴り合いに発展させてダウンさせた方がいいと思う』
『随分と力尽くというか暴力的というか……いやまぁ、止めたところで私が抱き枕になるかならないかの問答が続くだけなのもわかってはいるんだけども』
魔法で思念通話が開始されて、ユッカとしても改めて考え直してみる。
喧嘩は良くない。
だが、ここで止めたとして結局アヴィオンはユッカを抱き枕にしようとするだろうし、フォリスはそれを止めようとするだろう。仮にユッカがフォリスに止めてくれなくて大丈夫、と言えば別だがユッカとしてもアヴィオンの抱き枕になるつもりがそもそもないので、であれば話は平行線のままだ。
それならいっそ両者殴り合いでもして体力を減らしてもらって疲れてぐったりしたまま寝落ちしてくれた方がいいのかもしれない。
フォリスに対して薄情な気持ちもあるけれど、しかしフォリスなりにユッカを守ろうとしてくれていると理解もできてしまった。じゃあお気持ちに甘えて……となってしまっても、誰も責めない。
私そこまでフォリスに守ってもらえるような何か、したっけ? と考えてみて、あぁそうだ稲荷寿司……と思い出す。
サリエナ地区の冷塔庫でロゼとディオスと別々に飛ばされた時、フォリスに材料があれば作れる、と確かに言ってしまっていた。
材料が手に入るかどうかはまだわからないが、恐らくフォリスはそれがあるから一応ユッカを守ろうとしているのかもしれない。
なんたって一族秘伝の一品らしいので。
もしユッカの思う稲荷寿司がフォリスの言うイナリであるのなら、ユッカの世界にうっかりフォリスが来るような事になった時さぞ拍子抜けする事だろう。なにせスーパーで普通に売ってるしレシピもちょっと調べればバリエーション豊富に存在しているのだから。
「上等だ表出ろよ」
「望むところでス」
そんな風にユッカの脳内でやや現実逃避みたいに考えているうちに、二人の言い合いはヒートアップしていよいよ外で殴り合いに発展するらしかった。
その時にフォリスがそっとアヴィオンの死角になるように手で何やらサインを送っていたので、やはりフォリスはこれを狙ってやっていたようだ。
そのまま二人して外に出ていくのをそっと見送って。
「とりあえず部屋に結界張っておいた方がいいでしょうね」
ディオスが冷静にそう言って、ロゼはその言葉に「勿論だとも」と頷いていた。
ともあれ本日のユッカの安眠は約束されたらしい。




