はぐれまして
「はぐれましたね」
「どうしましょう!?」
ディオスとフォリスがユッカの姿が見えない事に気付いたのは、とある店の前だった。
地面に布を広げて商品を並べている雑多なところからもう少し移動した先には屋台が並んでいた。
人が多かったのもあって流されるように進んでいた二人は、ユッカがいない事に気付いたものの引き返すに引き返せない状況で、とりあえず人の流れが落ち着くところまでまずは移動してそれからかな、と考えてはいたのだが。
立ち並ぶ屋台からは香ばしい匂いやら甘い香りが漂っていて、ついつい意識がそちらに向いてしまっていた。
フォリスなどはこの地区に来る前にもあちこち駆けずり回っていたようなものなので、つい鼻をひくひくさせて屋台の方へと吸い寄せられてしまっていたのも、ユッカを見失った原因だと思われる。
そうして果物が積まれた屋台の前を通り過ぎ――ようとして、フォリスの足がぴたりと止まる。
「どうだい兄さん、少し前に他の地区からの行商が来てね、今色々あるよ!」
筋肉もりもりなお兄さんがにっかと白い歯を見せて笑いながら勧めてきたのは――
「グ……グラヴィールの実……!?」
「一つどうだい?」
「いただきます」
あんなにサリエナ地区で冷塔庫の中を駆けずり回ったのに結局マトモな物は入手できず、他の地区で探すにしても心当たりなんてないしなぁ……と思っていたグラヴィールの実がまさかこんなところにあろうとは。
これも他の地区から来た行商人が持ってきたとの事だが、今までの苦労は一体……と思ってしまう。
早速購入してその場でむしゃむしゃと食べたフォリスは、あーこれこれ……なんてほくほくした気持ちでもって平らげて。
代金を支払った後、なんでこここんなに人が多いんだろう? という疑問を投げかけていた。
お祭りにしても、なんとなくそういった騒ぎとは異なる気がしたので。
「あぁ、魔獣がそこかしこで暴れててな。あちこちから避難してきたんだ。この町は少なくとも安全だからさ」
「あぁ、あのお城があるから、でスか……?」
「あー、まぁ、城主様が直接何かをしてくれたわけじゃないんだけどな。防衛装置とかいうのがあるらしいから魔物が寄ってこないってだけで」
ははは、と笑うお兄さんから他にもいくつかの話を聞いて。
宿が取れない可能性が高いと言われた事にディオスは「では先に宿を確認してみましょうか」なんて言い出した。
ユッカを探すのも勿論だが、見つけた後で宿に行って、そこで丁度部屋が埋まったばかりなんて言われたら確かに困る。いや、今から行ったら部屋が取れるかという確証もないのだが。
ただこういうのは後回しにすると確実に駄目だろうなと思えたので。
まずは二人揃って宿がある方へと足を運んだのだ。
結果として、宿は満室だった。
「薄々そんな気はしてましたが……ここにきてまた野宿、というのも困りものですね」
「仕方ありませんよ、他から避難してきた人たちの一時的な休憩所扱いになってまスもん」
相部屋でも構わない、と言えるならまだしも、男女ごちゃ混ぜでの相部屋、それも見知らぬ者と、というのは流石に躊躇う。フォリスとディオスだけなら床で雑魚寝だろうとなんだろうと問題はなさそうだが、しかしユッカにまでそれをさせるのはちょっとな……とフォリスとしても思うわけで。
「……他の宿も恐らくは望み薄でしょうね」
「これだけ人がいるんじゃそれはそう。
ただ、宿以外でもどうにかなるかもしれないので、まずは合流しませんか?」
合流、と言われてもそもそもはぐれた挙句待ち合わせ場所だとかを決めたわけでもない。
この人ごみの中を探すのは相当苦労しそうだな、と思いながらも、二人はまず周辺で聞き込みでもしようかという話になった。
人が多いとはいえ、猫を肩に乗せて移動する少女などそこかしこにいるわけでもない。
そのうちどこかで目撃情報があるはずだ。
手分けした方が手っ取り早いのはそうなのだが、しかしここで更にはぐれる可能性もある以上、二人は別行動をとらなかった。待ち合わせ場所を決めるにしても、この町のどこに何があるかもわからないのだ。
これ以上はぐれたら最悪町の中で誰かしら遭難していてもおかしくはない。そんな雰囲気さえあった。
来た道を引き返しつつ、そこから別の道へ足を運んだりしてユッカとロゼの目撃情報を募ってみたが、しかし結果は芳しくない。
どうしたものかと思っていると、おぉい、と二人を呼び止める声が聞こえた。
雑踏をすり抜けるようにしてロゼが駆けてくる。
「ロゼ」
「ユッカさんは?」
「向こうで待ってもらってる。良かった、声が聞こえた気がして来たけど正解だったようだね」
するりと近寄ってきたロゼはそのままフォリスの肩に飛び乗った。
いかんせん人がごった返した状態なのでそのままだと誰かしら通行人に蹴飛ばされると思ったのかもしれない。
それに確かにこれだけ混雑していればユッカと共にこっちに来ようとしても、途中で阻まれて追い付けないどころか、流されて全然違う方向に行ってしまうかもしれない。
そう考えるとロゼが二人を呼びに来たのは正しかったように思う。
ユッカは少し離れた人の少ない場所で待ってもらっている、と言われて二人はそちらに足を運んだ。
しかし。
「あっれぇ?」
「いませんね」
「えっと、ここ、で合ってまス?」
「うん、確かにここで待っててって言ったんだけど……」
肩の上できょろきょろと周囲を見回すロゼの様子から、もしかして道を一本間違えたのではないかと思い直す。
なので注意深く周囲を見回して隣の路地へと移動して、ついでに路地裏の方も確認してみる。
「……いませんね」
「えっ、ちょっ、えっ!? だってこっちで待っててって言ったよ!?」
「ユッカさんの事なので、飛んでる蝶々を追いかけて……なんて理由で離れたりはしないと思いますが、何かがあったと考えるべきでしょうね」
「何かって……攫われたり? いやでも、そしたら護りの魔法が発動してるはずだもんなぁ」
「では悪意なく誰かにどこかに連れていかれたりは?」
「悪意もなく?」
「えぇ、友達になったから家に招待されるとか」
「あぁー……そういう事なら確かに護りの魔法は発動しないか……」
ロゼとディオスのやりとりを聞きながらも、フォリスは周辺の様子を探る。
誰かが連れ去られたような不穏な気配は特にない。
もしかしたら友人を装ってユッカを無理矢理連れ去ったり……というような事があったかもしれないが、しかしロゼの言葉を信じるのならばその場合は護りの魔法が発動するはずだ。
「身の安全が一応確保されてるにしても、そろそろ日没でス。探した方がいいでしょうね」
いや、むしろ護りの魔法が発動してくれた方がロゼが気付くんじゃなかろうか。
そんな風に考えてしまうも、そっと首を横に振る。
危険な目に遭ってほしいわけではないのだ。
周囲に聞き込みをする事しばし。
「あぁ、その子なら見たよ。凄い勢いで運ばれてったね」
あっち、と女性が指さした方角を見て。
「運ばれて……?」
「世間じゃそれを誘拐と呼ぶのでは?」
「護りの魔法本当に効果ありまス……?」
訝しげに言うディオスとフォリスに、ロゼだけが。
猫の姿にあるまじき勢いでだらだらと冷や汗を流していた。
「こ、効果はちゃんとあるはずだよぉ! あるはずだけど!
ある、けど、一体なんで連れてかれたって事なんだい!?」
「さぁてねぇ……危害を加えるつもりはないにしろ、そのままというわけにもいきませんし。
とにかく探しましょう」
「むしろどうして連れてかれたのかなんてこっちが聞きたいくらいでス」
ロゼがたしたしと尻尾をフォリスの背中に打ち付ける。
フォリスとしても心配ではあるので、示された方角へと走り出した。
ディオスも本調子ではなさそうではあるが、それでも遅れて走り出す。
その方角はどう見ても町はずれ――下手をすると町の外だ。
夜になると活動を活発化させる魔物は多い。
連れ出した相手が危害を加えるつもりがなくとも、うっかり外で魔物と遭遇するような事はあるかもしれない。倒した、と言う話を聞いてはいても、最近まで魔獣も暴れていたというのであれば完全に安心するには早いだろう。
「はわわ……あの時ボクがここで待っててなんて言わなきゃよかった」
「そうは言っても人がたくさんいたんでスから、仕方ありませんよ」
何かの祭りだと言われたら間違いなく信じるくらいには人が集まっていたし、そのせいで道を行くのもすんなりいかないところだってあったくらいだ。ロゼが先に二人を呼びにこないまま、ユッカと共に追いかけていたのであれば、人の波に流されるように今だってまだ追い付けずに互いに探しあっていたかもしれない。
もしかしたら、合流できなかったかもしれない。
もしかしたら、すんなり合流できたかもしれない。
そんなのは結局後からならいくらでも言えてしまう事だ。もしもの可能性はいつだってたくさん潜んでいると言ってもいい。
だからこそフォリスはロゼに慰めの言葉をかけつつも、町の外にある城へと向かっていた。
そこにいる、と言われたわけではない。ただ、可能性としては高そうだなぁと思ってしまったが故に。




