辿り着いた町で
てっきりここでも何かの事件が起きて住人が皆いなくなった、とかそういう風に考えていたのだが、いざ調べてみるとそういった切羽詰まった状況というわけではなさそうだった。
ルボワール地区では多少の家財道具を持って逃げ出した痕跡があった。
サリエナ地区では逃げる以前の話だった。
だがここは見たところそういった急いで逃げ出したというよりは、普通に引っ越しをした、という雰囲気だったのだ。
少なくとも適当に入った家の中には家財道具はほとんどない。
大きな家具で持っていけそうにない物は置いていったようではあるが、それだって家によっては……という感じで綺麗さっぱり全部持ち出した家も存在していた。
「事前にある程度時間があって準備して出てった……って感じっぽい?」
「そのようでス」
「町ぐるみで?」
「無いとは言い切れませんよ。近場に魔物が巣を作って、倒すよりは自分たちが避難した方が手っ取り早い、なんて事で出ていく場合がありますから」
「って事はやっぱここ危険だったりする?」
「それはどうでしょう?」
こういうケースもある、とディオスは言っただけで、別段魔物の気配を感じ取っているだとかそういう事はないようだった。
「避難して、その後戻ってくる場合も勿論あります。が、避難先の方が便利だとなって戻ってこないまま、なんて事もありますからね」
「実際戻ってきた人がいないから、そういう可能性のが高いって事ね……」
まぁ確かに、とユッカだって考えてみる。
自分一人だけどこか遠くに引っ越すようなら前のところに戻りたいなぁ、と思う事もあるかもしれない。
だが家族や友人たちも合わせての移動であったなら、住む場所が違ってもそれ以外の状況があまり変わらなければ慣れない環境に苦労するのも自分だけではない、と思ってすんなり受け入れてそこでやっていこうと思うかもしれない。
ここに住んでいた人たちはもしかしたら、そういう感じなのかも。
よくわからないなりにユッカはそんな風に想像した。
「とりあえず今のところは危険はなさそう」
「でもどうする? 他のとこ探す? いい加減誰かの家を勝手に借りて休むのも気まずいものがあるよね」
ロゼの出した結論に一応安心はしたものの。
だからといってじゃあここでゆっくりしていこっか、とはならない。
今までの所はやむを得ず、という気持ちもあったがこんな風に誰かの家だった場所を勝手に借りて休むのが当たり前になるのもなんとなく嫌な気持ちだ。むしろこれが慣れて、そのうち当たり前のようになるのもな……という気持ちの方が大きい。
旅をして野宿に慣れるならまだしも、既に誰もいないからとて誰かの家だった場所を勝手に借りて当たり前のようになるのだけは避けたいというのが本音だ。
それが当たり前になったまま元の世界に帰った時、なんだか絶対面倒な事になりそうだし。
「まぁ確かにゆっくり休めるか、となると微妙でスよね」
「それでは他の町か村の近くに転移装置がある事を願ってもう一度移動しましょうか」
フォリスとディオスもここでのんびりしよう、という風には思わなかったようだ。
一応安全らしいとはいえ、あるのは雨風を避ける事ができる建物だけ。
食べ物があるでもなく、今は危険がないとしても夜になってから魔物がやってくるだとか、そういう可能性もあるような場所に居続けようとは流石にならない。
むしろここにいるという選択を選ぶ利点が少なすぎる。
(三度目の正直って言うし……次こそ!)
この地区に来て一度目と二度目が既にロクな場所じゃなかったので、次こそはの気持ちで転移する。
そうして三度目となった場所は――
「マトモだね!?」
最初のやつはなんだったんだと言いたくなるくらい、賑わう町の近くに出た。
むしろユッカが今までこの世界で見た町の中で一番大きいのではないか。そんな風に思える。
町の真正面に出たわけではなく、丘の上、町を見下ろせる場所に出たが移動にそう時間はかからなさそうだ。
「お城がある」
町の少し先に大きな城が見えて、ユッカは思わず声に出していた。
「あ」
「え?」
「いえ、なんでもないでス」
その城を見てフォリスが声をあげたから、何かあったのだろうかと思って聞き返してみればフォリスはふるふると首を横に振った。
なんでもない、と言う割になんでもない声音じゃないが、下手に根掘り葉掘り聞いても素直に答えそうにない雰囲気だ。まぁそれは後ででいいや、とユッカは思考を雑にぶん投げて、そうして町の中に足を踏み入れたのであった。
賑わっている、というのは嘘ではない。
広い道の両端には露店が並んでおり、通りを行き来する人たちを呼び込む声や知り合いと出かけているからか話をしながら行く者もいる。人々の声、足音、荷を運ぶ際の車輪が地面とたてる音。動物に荷を運ばせている者もいて、ユッカの目にはまるで映画のワンシーンのようにも見えていた。
ただ道を行くだけの人だけであればそこまでは思わなかったかもしれない。精々海外の光景にこんな感じのあったな、とテレビで見た映像を思い出すくらいだっただろう。
その中に剣や槍を手に武装した人がそこそこいるせいで映画かな? と思ったのは言うまでもない。
海外の治安が若干悪めな場所でも武装した人がいないわけではないけれど、ニュースなどで見た映像の印象からその場合銃とまではいかなくとも、鈍器――主に棒のような物――だったので剣や槍となるとどうしても現実から遠ざかるのだろう。あくまでもユッカの中では、という言葉がつくが。
荷を運ぶ動物も馬や牛、ロバというようなものならいざ知らず、ユッカの世界では見ないような不思議な生き物もいるので余計に現実味が薄いのかもしれない。
フラワリー地区以外でマトモに賑わった町を見た。
そんな新鮮な気持ちでもってつい視線があちこち移動してしまうのも、言ってしまえば仕方のない事だった。
そう、言ってしまえばユッカは完全に油断していた。
並ぶ露店のあちこちに視線を動かして、綺麗なアクセサリーがあるなぁ、あっちは美味しそうな果物があるなぁ、と興味をあちこちに向けているうちに、ふと気付くとディオスもフォリスの姿も見えなくなっていた。
いるのは肩の上のロゼだけである。
「あれっ?」
「えっ?」
ロゼもロゼであちこち見ていたようだが、ディオスとフォリスの事は視界に入れてすらいなかったらしく、思わず二人で顔を見合わせる。
「はぐれた?」
「そのようだね」
若干余裕のありそうな口調でロゼが言うも、しかし視線はびっくりするくらい泳いでいるのでユッカも内心で、あっ、これはヤバイと思ってるんだな、と察してしまった。
「いい年して迷子になってしまった……」
いや、ユッカは自分の世界の自分が住んでる国基準だとまだギリギリ未成年扱いなので、迷子になってもまだかろうじて……と言えなくはないのだが、それでもやっぱりこの年になって……と思ってしまう。
「ボクもつい久々の陽気に浮かれてあの二人の事すっぽ抜けてた……」
同じようにロゼもしゅんと反省した様子を見せる。
「や、でもディオスもフォリスも私たちと同じように迷子になったりするわけでもないだろうし、そのうちどっかで合流できるよ、きっと」
「そうだといいねぇ」
「まー、向こうがこっちを見つけるとなると難しいかもしれないけど、あの二人背が高いからこっちからならどうにか探せるんじゃない?」
猫を連れた女の子見かけませんでしたか、とかそこらで聞きまわってくれれば向こうがユッカたちの事を見つけられる可能性はある。それと同じくこっちも目隠しした背の高い男の人と狐の耳と尻尾持ちの人、とか言えばどうにかなりそうではある。
ここいら一帯にいる人たちの見た目もそこまで変わった感じではないし、あの二人の背をもってしても埋もれるくらい周囲が巨大な人ばかりというわけでもない。
「とりあえず一度来た道引き返そうか。多分私たちが露店に夢中になってるうちにはぐれたわけだし。向こうも露店に夢中で見失ったとかまさかそんな……ねぇ?」
「うーん、どうだろう? 夢中になってなかったらこっちがはぐれそうになってた時に気付いて声をかけたんじゃないかなぁ」
「その可能性もあるけど、でもふとした瞬間目を離す事はどうしたってあるよ。風が吹いて砂埃が目に入ったとかで意識が別に向いたり」
「ディオスはそれないだろ」
「だからフォリスが。それでディオスがフォリスを心配して声をかけてる間に私たちが気付かず浮かれてはぐれた説は普通にあるでしょ」
「否定できない……!」
「でもま、ほら、切羽詰まった状況ではぐれたわけでもないからさ。そう心配する事もないんじゃない?」
敵と戦ってる最中にはぐれて、とかだとこうも呑気な事は言えないが、そうではないのだ。
「や、でもはぐれた先で面倒事に巻き込まれてる可能性は微妙に無きにしも非ず……?」
「ヤな事言うなよ。ありそうじゃないか」
「まぁその時はその時よ」
ロゼを宥めながらもユッカは今しがた来た道を引き返していく。
「そういえば……荷物を運んでる人が多いなとは思ってたけど、なんかアレだね。建材運んでる人もかなりいるね……?」
「言われてみれば」
「あらお嬢ちゃんたち、どこから来たのかい?」
思った事を口に出した矢先、近くにいた露天商が声をかけてきたためにユッカは思わず足を止めていた。
ユッカの祖母と見た目年齢的に近いせいもあっただろうか、穏やかに笑みを浮かべている老婆に「さっき別の地区から……」とユッカは答えていた。
「あらまぁ、来たばかりなのかい。どこの地区から?」
「サリエナ地区です」
「あらぁ……タイミングが悪い時に来ちゃったわねぇ……」
「えっ? なんかあったんですか?」
「ここじゃないんだけど、魔獣が出てねぇ。それはもう大暴れだったんだよぉ」
「わぁ、魔獣……」
魔獣? 魔物と違うの? と思いながらもロゼを見るが、ロゼはふすんと鼻から息を吐きだすだけだった。
「退治されたにはされたんだけどねぇ……いくつかの村が駄目になっちゃってねぇ……」
「わぁ、生活空間の損失ぅ……」
「そうそう。避難して来た人たちがたくさんいてね、村に戻るよりはこっちに家を建てて住んだ方が安全だろうって事で、今あちこちで家を建ててるわけなのよ」
「あぁ、だから……」
「仮住居に宿が開放されてるから、もしかしたら泊まれる部屋がないかもしれないんだけど……お嬢ちゃんたち宿は取ったかい?」
「あ……いえ、まだです」
「そうかい。それじゃあ急いで部屋があるかの確認をした方がいいよ。折角ここまで来て野宿は大変だろうからね」
「あっ、はい……ご親切にどうも……」
ぺこりと頭を下げてユッカはそそくさとその場を離れる。
一応何か買った方が良かったかなぁ……と思わないでもなかったが、老婆も急ぐように言っていたし、後で落ち着いてから改めて店に来るのもありかもしれない。
「で、魔獣って魔物とどう違うの?」
先程疑問に思った事をそっと小声で尋ねてみる。
「正直そこまでの違いはないんだよね……ただ、魔獣はどの種も一定以上の知能を持ってるから下手な魔物と比べると厄介な感じ」
「なるほど?」
魔物と一言で言っても色んな種類がいるというのはユッカも理解できる。
ゲームに出てくる魔物だって知性や知能があるかも微妙なのから人間以上に狡猾なのがいるわけだし。
敵、と一言で言っても序盤で出てくる通常攻撃しかしてこない雑魚とラスダンで出てくるボスとを同じ扱いをしないようなものだろうか。
「って事は、さっき立ち寄ったゴーストタウンはやっぱ避難した後、って事なんだ。
……既に倒されてるなら戻るって人も出てきそうなものだけど……?」
「別の魔獣が出てこないとも限らないし、そうなった時に守りが万全じゃなかったらあっさり死ぬからね」
「あー……そりゃそっかぁ……」
三毛別の羆事件のクマが倒されたけどまだ他にも同じようなのが出てくる可能性がありますよ、とか言われてその上で避難してきたのにまた戻ろう、とは思わないようなやつなんだな、とユッカの中でざっくりと納得はできた。
他にもういない、とわかればともかく、避難して戻った直後に同じような危険な魔獣が現れたら再度避難できるかも疑わしい。下手をすれば今度は逃げ遅れて死んでしまうかもしれない。
住み慣れた場所を離れる事に難色を示す者がいたとしても、他の地区にまで行かないのであれば多少の妥協はするだろう。そこで死んだらそれまでだ、と覚悟が決まっている者はさておき。
やけに賑わってるなぁ、とは思っていたが今まで以上に人が集まったせいもあったのだ、と理解はできたがそのせいで宿が埋まっているという情報を聞かされてしまえば話は別だ。
「ロゼ、早く二人を見つけて合流しないとだね……!」
「うん。そうなんだけど……人が多すぎてさっぱりわからんにゃん」
気合を入れて二人を探すぞー! となったところで往来の人の多さが減るわけでもなし。
意気込んで踏み出したものの、直後にユッカは人の波に巻き込まれるように流されてしまった。




