脱出サリエナ地区
その後の話はと言うと、救いのないオチでしかない。
ルシュカの身体は燃え尽きて灰すら残らなかった。操っていたドロシーは捨て台詞を残して消えた。
本体は別、と言っていたのもあってドロシー本人に直接的なダメージは一切ないのだろう。ただ少しだけ、してやられたという悔しさとか苛立ちができたくらいか。
この地区で暴れまわる形となっていたルシュカはいなくなった。
そういう意味ではこの件は解決である。
ある、が……
(まぁゲームでこれがクエストとかそっち系のイベントだったら間違いなくクリアランクはSどころかDとかそんな感じの底辺だよね。だってこの地区の人全員犠牲になってるもん)
ユッカの表情が虚無虚無するのも無理からぬ事である。
そう、この地区の住人は全員犠牲者だ。
実のところ結構な勢いで消耗して最早マトモに立っていられない程だったディオスを休ませ、その間にフォリスとロゼが転移装置を駆使して他の町や村を確認してきたのだが、見事に全滅である。
フォリスはついでに他の場所にある冷塔庫も確認してきたらしいのだが、そちらも酷い有様だったらしい。
ルシュカが住人を使って作り出した化け物は他にいなかったようではある。
いや、死骸がそのまま残っていたのでもしかしたらルシュカが完全に消滅した事で力を失った、という可能性も考えられるのだが、ともあれルシュカの作品――と呼ぶのも抵抗がある――は完全に動かなくなっていたようだ。
それらを見つけてはロゼとフォリスがせっせと埋葬し、そうして戻ってきて知らされたのがこの地区の住人全滅のお知らせである。何一つ喜ばしくない。
ロゼとフォリスが戻ってくるまでの間にしっかりと休む事になってしまったディオスは多少回復したようだが、元気溌剌とは言い難かった。
それについてはユッカだって、そうだろうよ、としか言えない。
そもそも場所が悪すぎる。
一応ここで暮らしていた住人の家を勝手に拝借して休ませてもらっていたけれど、食料はロクにないし使えるのはベッドくらいだ。それだって使う前に魔法で浄化して綺麗にしてからじゃないと精神的に大丈夫なのか、コレは……という気持ちが拭いきれなかったのだ。
むしろ魔法でキレイキレイしたところでそれでもなんというか、微妙に抵抗感が残っていた。
かといってリュックからキャンプ道具を取り出してそこで野宿するのも微妙なところ。
ルシュカの攻撃を回避し続けドロシーとやりとりをしていたらしいディオスは、ユッカが見た時には相当顔色が悪かった。普段の見た目からしてパッと見すぐに気付けるものではなかったけれど、しかしいつもよりも足取りがふらついていたのだ。流石に気付く。
冷塔庫内部でディオスがそこまで消耗していたとは思えないが、そもそもの話ディオスがユッカたちと出会って行動を共にするようになってから、ゆっくり休める機会がどれ程あったかという話だ。
正直ユッカは若さと気力でなんとかなっている部分もあるけれど、それでもやっぱり冷塔庫の階段を移動するのは疲れたし、ロゼの魔法がなければ同じように足がガクガクしてロクに動けなかったかもしれない。
ロゼに重力を軽減する魔法をかけてもらった時に、ディオスにも頼んでおくべきだったのかなぁ……なんて思っても今更である。
ともあれ、フラワリー地区にいた時以外はほぼゆっくり休める余裕がなかった以上、疲労が蓄積し続けていても何もおかしな話ではない。ルシュカを倒して現状この地区で他に脅威になりそうな存在がない、とわかっていてもユッカだってじゃあしばらくここでゆっくり休もうとは思わないのだ。
使うのに気が引ける人様の家のベッドを借りて、食事に関しては元々リュックに入っていた物を出して調理する。
そうしてロゼとフォリスが他の場所を確認しに行っている間、ユッカはディオスの看病――と言えなくもないような事をしていた。
そうはいってもユッカとてそういう事はあまりやった事がないので、精々食事を作ってちゃんと眠れているかどうかを時々確認するくらいしかできなかったけれど。それ以外で何かしてほしい事があるかと聞いてもディオスはユッカさんも今のうちに休んでおいた方がいい、と言うだけだったので。
ディオスに色々と聞きたい事だってあるけれど、疲れてダウンしている相手に聞くのもな……と躊躇った。都合の悪い事を言いたくなくてディオスが単に体調不良を装っているとかであればユッカだって気にせず突っ込んだかもしれないが、仮病とも思えないくらいにディオスはへろへろだったので。
体力もメンタルもボロボロになってそうな相手にドロシーの事やら何やらを問いかけて余計に疲れさせるわけにもいかなかった、と思う程度にはユッカだって空気は読む。
何事もなかったが、若干の気まずい沈黙。
そんな時間が続いてロゼたちが戻ってきてみれば、この地区の完全終了のお知らせ。
それどころか、ロゼとフォリスが戻って来て間もないうちに空一面に亀裂が走った。
同時に、どこからか鐘の音のような、サイレンのような、なんとも言えない音が響き渡った。
「……崩落する」
「えっ」
「まだ猶予はあると思うけど、これが予兆だよ」
「えっ、えっ、じゃあ脱出しないとじゃん」
すぐには崩落しないと言われても、やはり焦るものだ。
仮にこの地区の人たちが無事であったとしても、地区が終了のお知らせとかどっちにしてもロクな結末ではない。
いや、それよりも、折角埋葬した人たちはこのままこの地区と共に消滅するのだと思うと、余計に遣る瀬無い気持ちになってくる。
「今すぐ!?」
「いいや、まだ猶予はある。あるけどだからってのんびりしてるわけにもいかないだろうね」
フラワリー地区の一部、ロゼの家周辺が落ちた時はそもそも本来の崩落ではなかった。無理矢理一部分だけを落とされたに過ぎない。だからこそユッカは崩落の予兆がある、と聞いてはいても実際にどういうものなのか知らなかった。
今回それを知る事になったが、それが良い事かと問われると良い、とはとてもじゃないが言えやしない。
「ディオス、大丈夫そ?」
「えぇ、多少休みはしたのでなんとか」
まだ気怠げではあるが、それでも顔色は少し戻ったように見える。
駄目かもしれない、と言われたところでここでのんびりするわけにもいかないので、どっちにしても移動は開始しなければならないのだが、ある程度自力で動ける状況かそうでないかは大きな違いだ。自力で動けそうならロゼに魔法で運んでもらうような事も必要ないだろう。
「とりあえず転移装置のところに行こっか」
荷物は元々そこまで出していたわけでもないし、すぐに移動しようと思えばできる状態である。
ロゼとフォリスは戻ってきたばかりなので慌ただしくはあるけれど、猶予があると言っても少し休憩してから……という雰囲気ではなかった。
「どうにかマトモな地区が近くにあるといいんでスけどね……」
「最悪もっかいククルビタ地区に戻る?」
「確かにそこはまだ安全な方か……」
サリエナ地区の周辺の地区がどのような場所かにもよるけれど、一度引き返す必要も出てくるかもしれない。
まだ少しばかり足元がふらついているディオスを支えながらも転移装置がある場所まで移動して。
そうして周辺の地区を確認してみる。
「ククルビタ地区ないじゃん……!」
「ここからは遠い判定なんでしょうね。最初にここに来た所の転移装置からなら行けるかもしれませんよ」
「それは最終手段かな。ここから行ける地区で良さそうなとこありそ?」
肩の上のロゼに問いかけると、ロゼは「あっ」と何かに気付いたように声を上げた。
「パディソ地区がある、ここ! ここにしよう。ここなら知ってる」
「オッケー、じゃあそうしよう」
ロゼがそう言うのなら、少なくとも危険な場所ではなさそうだ。
どういう場所かをのんびりここで聞くよりも行った方が早いと判断して、ユッカは転移装置にあるパディソ地区の文字を選択した。
――転移先は小さな建物の中だった。
フラワリー地区で使用した転移装置のあった建物に似ている気がしたが、あちらと比べるとここは少し広い。
離れた場所にはベンチがいくつか置かれていて、座って休憩する事もできそうだった。
そうはいっても、周囲に誰かの姿はない。
まぁ、バス停の待合所と違って転移装置に使用時間が設けられているわけでもないのなら、ここで座って目的地をゆっくり決める、なんて事もなさそうだから利用者がいなくてもそこまでおかしくはないように思える。
「とりあえず宿を探す? 一度ゆっくり休んだ方がいいと思うんだけど……」
ロゼとフォリスがサリエナ地区で生存者――は絶望的だったがパーツとして化け物にされてしまったものたちの処理をしていた挙句、ユッカたちと合流してすぐさまこの状況なので休む暇もなかったのは言うまでもない。
それとは違ってユッカはディオスと一緒に安全が確保された状況で待つだけだったので、特に疲れはしていないがユッカ以外は間違いなくお疲れモード。
ユッカ一人でこのパディソ地区を見て回るにしても、未だこの世界初心者と言えなくもないユッカが独り歩きをする事をロゼは快く思わないかもしれない。
興味はあるが、ともあれ一度休んでから。
そう思っての提案だったのだが……
「あのー、この外、町とか村ですらないんでスが……」
一足先に外に出ようとしたフォリスが外を覗き込み、すぐさまこちらに顔を向けて声をかけてきた。とても申し訳なさそうな声だ。
「えっ?」
建物の中に転移装置があったからてっきりここはどこかの町か村の中にある施設だとばかり思っていたのに、フォリスに言われてユッカもまたてってって、と駆け足で外に繋がるであろう扉の前に移動する。
少しだけ開いた扉からおそるおそる外を覗き込んでみれば――
「トラップじゃん! こんなん絶対トラップじゃん!!」
数歩進んだ先は断崖絶壁と言っても過言ではない状況で。
わーいパディソ地区についたぞー! なんて気分で浮かれてお外に駆け足で出ていたら、間違いなく数秒後には「わー」と叫んで転落していたに違いない。
「なにここ自殺の名所か何か!?」
そうだと言われたらユッカは間違いなく信じただろう。
ざざぁん、と少し下の方から波の音が聞こえてくるのが余計に雰囲気を助長させていた。
「とりあえず地区間転移で他の場所行こう。ここから外になんて出ない」
建物のギリギリを沿うように移動して断崖絶壁とは反対側に移動するにしても、お疲れモードの一行でそれをやるのは危険すぎる。
この地区にあるここ以外の転移装置もまさか全部似たような危険地帯にあるんじゃなかろうな、なんて疑いはあるけれど、流石にそれはないと信じたい。
「ロゼ、ここから地区間転移するとして、どこ行けばいいの?」
「えーっと、そっちの、そう、そこ。そこなら宿もあるよ」
「わかった」
言われるままに転移装置を操作して、ユッカたちは再び転移を開始する。
そうしてたどり着いた先はというと。
「……ゴーストタウンなんですがそれは」
「あッれー!?」
人っ子一人いない、廃墟と言っても過言ではない場所だった。
「なぁんでぇ!?」
ロゼの情けない悲鳴が響く。
「まさかこの地区も何かヤバイ事になってたりすんのかな……」
「否定はできませんね……」
「どうしまスか。他の場所行きまス?」
「うーん、いや、一度軽く調べよう。ここ以外がもっとヤバイ可能性も出てきたわけだし。この周辺ならまだそこまで危険はなさそう……に思える」
魔物のうめき声だとか、そんな恐ろしい何かが聞こえてきたのならそうも言ってられなかったが、今のところは静かなものだ。
であるのなら、まずはこの辺りで休憩しつつ周囲を探ってみるのがいいのかもしれない。
そんなユッカの提案に、じゃあそうしよう、と一同はこくりと頷いたのであった。




