お焚き上げ
とりあえずこの事態をどうにかして、この地区からさっさと脱出して。
それから、まずは食料を集めなければならない。
フォリスの頭の中で次にやるべき事が次々浮かびあがっていく。
フォリスの言うイナリとユッカの言うそれが同じかはわからないが、それでも期待してしまう。
早く、早くここを出て、他の地区のどこかで食料を買い込んで。
必要な物があれば作れるというのなら、善は急げだ。
だというのに、外に出て見れば腕が四本に増えているルシュカとディオスが交戦中。
ロゼは思い切り蹴飛ばされてぽーんと飛んでいくところで、ユッカが急いでそれを追いかけていたのはフォリスも把握している。
自分もそちらに向かうべきかと一瞬考えたが、しかし危険度が高いのはディオスの方だ。
一先ず割って入ってどうにか相手の攻撃をいなしつつディオスから事の次第を簡単に聞いてみれば、なんとも面倒な事になっているとしか言いようがない。
よくわからないけれど、ディオスがそちら側に行く、と言えばこの事態は解決しそうな気がしないでもなかったけれど。しかしそれは何というか最悪の事態になりそうな予感もしたので、この場をどうにかするためだけにディオスにそっちに行ってみたら? なんて言えなかった。
むしろ短時間の間のやりとりで大分消耗しているらしきディオスを守るべく矢面に立つ始末。
どうして僕がこんな事を……と思わないでもないけれど。
ユッカとディオスは旅の仲間のようではあるし、これを見捨ててしまえばユッカが「やっぱ作らない」と言い出すかもしれない。それはフォリスにとっても困るし、そもそも荒野に変貌したこの地区を一人で行動したくなかった自分と一緒に行動してくれた面々である。荒野に足を踏み入れない範囲であちこち彷徨った挙句行き倒れるところだった自分を助けてくれた相手を見捨てるのは流石にフォリスだってどうかと思う程度に良心はある。
そうはいってもルシュカの攻撃が大分重たいので、気軽にサクッと倒してはい次! といかないのが難点であるが。
ディオスに簡単に説明されたとはいえ、ルシュカの表面にドロシーがいる、と言われてもさっぱりである。
むしろドロシー? 誰でスかそれ、と言いたいくらいにフォリスはドロシーの事を知らない。
塔の中でルシュカが憧れか目指す目標としてだったか、ともあれその名を口にしたとかどうとかユッカ経由で聞いたような気もするが、実際その時のフォリスはルシュカの叫びに耳が痛いという記憶しかないのだ。
わけがわからなくとも、だからわかるまで行動しない、では自分たちの命が危険なのはわかりきった事なので、なんかそういうもの、とあやふやな理由で自分を納得させてこうして立ち向かっているものの……
(僕の障壁じゃ完全に攻撃は防げない。障壁に狐火纏わせて相手の攻撃に対して攻撃をぶつけつつ守ってトントン……ってとこでスか。無茶苦茶が過ぎまスね……!)
ルシュカの身体は既に死んでいると言われても、こんな元気で活きのいい死体があってたまるかという気持ちである。だが塔の中にあった化け物も同じようなものか……と思い直すと、いっそこの活きの良さに苛立ちさえ芽生えてきた。
そうだ、大体ルシュカがこんな事をしなければ自分はここで荒野に戸惑う事もなかったし、グラヴィールの実だってさっさと見つけて食べて帰っていたに違いないのに。
採取できなくとも、冷塔庫に保管されていたあのグラヴィールの実を無事に回収できていれば。
途中にあったであろう『もしも』を想像すると余計にムカムカしてくる。
ユッカたちと出会った事まで悪い事とは思っていないけれど、あんな化け物と遭遇する羽目になったのだ。
ここ最近の中で一番叫んだし驚いたし、寿命が縮んだらどうしてくれる。
そんな風に思っていると、本当に心の底から沸々と色んな感情が湧きあがってくるのを感じる。
憎しみとまではいかないが、怒りを抱いたのは間違いない。
それと連動するように狐火がじわじわと強くなっていくのも感じ取っていた。
このまま狐火でルシュカを丸ごと焼いてしまえば事態は解決する。
それは確かだが、しかしそうしようとしても中々上手くいかないのが現状だった。
ルシュカ本人はとうに死んでいるとの事なのでどう足掻いてもよく燃えるはずだが、それを操っているドロシーが燃えるのを阻止しているのだろう。
だが――
(要するにそれってコーティングしてるって事でスよね)
枯れ木の周りを生木が囲っている。
つまりはそういう事なのだろう。
枯れ木と比べると中に水分が含まれている分生木は燃えにくいが、燃えないわけではない。
(それならできない道理はない)
じわじわと狐火の威力を上げていく。ルシュカに攻撃する場合であれば向こうも耐性強化されてしまうかもしれないが、フォリスの障壁に纏わせている狐火はルシュカに攻撃が入った時というよりは、向こうが攻撃を仕掛けてきた結果勝手に食らう状態である。
向こうの一度目の攻撃と二度目の攻撃の間に狐火の威力をじわじわと上げていけば完全に耐性を作られるまでには至らないのではないか。
その考えは運が良い事に正解したらしい。
場合によってはルシュカが攻撃を仕掛けた際に反撃状態で受けたダメージであっても耐性を大幅強化される可能性は充分にあった。
そうならなかったのは、ルシュカは既に死んでいてこの場にいても自ら考える事ができなくなったからだと思っているし、いくらドロシーが操っているといっても彼女はこの場に直接いるわけではないのだ。
であれば、自分自身が危険な目に遭っている、という認識は薄い。
故にフォリスの障壁に纏わりついている狐火の威力が徐々に上がっていったとしても、すぐに気付けなかった。
ある種の油断と言えるかもしれないそれは、フォリスにとって幸いな方向に転がった。
相手の攻撃を障壁で防ぎ、その際にじわじわと狐火を侵食させていく。
ルシュカの手にしている武器にじわじわと熱を集めていって、そうして――
(……今)
ルシュカの攻撃が激しくなり、武器が障壁に何度もぶつかる。その衝撃。ぶつかり合う事で生じた熱量。
決してこちら側から仕掛けたものではないのだと気付かれないようにタイミングを窺って、フォリスは障壁に纏わせていた狐火諸共ルシュカを焼いた。
「えっ、ちょっと何!?」
ルシュカの悲鳴は上がらなかった。かわりに戸惑ったようなドロシーの声がする。
しかしその時には既にルシュカの全身を蒼い狐火が覆い、一気に彼女を燃やし尽くしていく。
ルシュカの表面がドロリと溶ける。
それはまるで蝋燭が溶けた時のように。
更にそこにロゼが駆け寄ってきて魔法を発動させた。
カッと一瞬眩い光がルシュカを包み込み、そして――
ドサリ、と音を立ててルシュカだったものが崩れ落ちる。
その姿は最早ルシュカであったと言われてもわからないくらいに酷い有様だった。
「あっ、やだちょっと上手く動かせないんだけど!?」
普通であれば確実に死んでいるとしか言いようのない姿だが、しかしそこからやけに場違いなドロシーの声だけがする。
「フォリス! もっと燃やし尽くして!」
「えっ!? あ、はい」
ロゼにそう叫ばれてフォリスは消そうとしていた狐火を再度強める。ルシュカの姿はどこからどう見たって完全に焼死体だ。これで終わったと思っていたのにロゼは最後まで油断するなとばかりに言うものだから、あぁ確かにそうだと納得する。
お前は詰めが甘い、という友人の言葉も同時に脳裏をよぎる。
この場にいたなら間違いなく直接言われていただろう。
その光景がありありと想像できてしまったせいだろうか。フォリス自身が思った以上に狐火は強さを増す。
金属が悲鳴を上げるとしたらこんな音だろうか、というような音が耳を劈いて反射的に耳がびくりと大きく動く。その拍子に狐火の威力はそれ以上増す事のないまま、若干弱まった。
その隙に……と言うべきなのだろう。
ルシュカの身体が炎から逃げ惑うように跳ねながら町の方へと去っていく。
思った以上の素早さにフォリスは思わずぽかんとしたまま見送ってしまった。
「ちょっ……追うよ!」
「あっ、はいぃ!」
だんっ、と力強く地面を蹴ってフォリスの肩に飛び乗ったロゼが言えば、フォリスは弾かれたように走り出した。
ルシュカの攻撃を避け続けていた事もあってか足元がよろけているディオスの横をすり抜けるように走って――
「あの、本当にアレ追うんでス?」
勢いに飲まれて走り出しはしたものの、本当に追いかけるの? という気持ちになって改めて問いかける。
「嫌な予感が凄くする」
「野生の勘でスか……」
フォリスもそういった勘が全く無いとは言わないが、それでもやっぱ猫の方がそういうの強いんだろうな……と納得する。ロゼが本当は猫ではないと知らないからこそとも言えた。
ロゼもロゼで、なんというか先程手も足も出ないような状況だった事と、あとは蹴飛ばされた事でとてもお怒りであった。
己の力不足を嘆きはしたし、悔しくもあった。その上で負けたも同然な状況。
何も思わないわけがない。
悔しくて不甲斐なくて、それでも諦めたらユッカを帰す事ができなくなるというのに、なのに諦めそうになってしまった。
己の弱さに怒りが沸々と込み上げてきて、そこからどうにか対抗できそうな手段を思いついて。
実際にフォリスの狐火の力もあったとはいえ、ルシュカの動きを止める事は成功したのだ。
だがそれをドロシーが無理矢理に動かしている状況である以上、このまま放置してまた復活させられては堪ったものではない。
ドロシーが直接この場にいない以上こちらから手を出す事は難しい。
だが、ドロシーが操るお人形でもあるルシュカをここでどうにかする事は可能だ。
(クークラの事を忘れてたのは、もう言い訳のしようがないくらい本当の事。でも、譲った先で大事にされてたのにそれを唆したのがドロシーだっていうのなら……!)
このままやられっぱなしでいるわけにはいかない。
彼女が何を企んでいるのか、ロゼにはわからない。けれど、このまま彼女の好きにさせていくのは駄目だと思える。今回の件はドロシーが直接何かをしようとしての事ではなさそうだけど、それでも彼女に影響されたルシュカのような者が他にもいるのなら、それらを見過ごすのはよくないような気がした。
四つん這いになっているくせに凄まじい速度で移動しているルシュカだったものを追う。
ロゼがフォリスの肩に飛び乗ったのは、単純に体力を温存したいからだ。先程蹴飛ばされた時の怪我は治癒魔法で治したとはいえ、失った体力まで回復できるわけではない。それに猫の身体は速度こそ出るが長時間それを維持できない。
追いついたところで体力が尽きて何もできない、なんてオチだけは回避しなければならなかった。
本当に追いかけるの……? という態度のフォリスをどうにか焚きつけて追わせてみれば、町にあった趣味の悪い人形にルシュカが飛び掛かるのが見えた。
今のルシュカは狐火で燃えたのもあってほぼ炭化している。
そのガワを取り繕おうとでもいうのか、使えそうなパーツを自分に移そうとでもしているのかもしれない。
「あぁ、そういう事なら……」
「どうかしたんでスか?」
「簡単な事だよ。あのルシュカの身体はそう長くはもたない」
「それは、えぇ」
燃えたことでそこかしこがボロボロだ。あのまま更にルシュカを灰になるまで燃やし尽くせば終わるのは言うまでもない。
「でも他のパーツとやらを回収して一時的な応急処置をしたら無駄に長引く」
「あ……!」
「多分この町以外の場所にいってまでどうにかできそうな余裕はないと思うんだよね」
「つまりここで決着をつける、と」
「そう。で、他のパーツを取り込まれる前に全部燃やしてしまえばいい。
元がここに住んでる人たちだって考えるとちょっとだけ気は進まないけどね」
「いえ、こうなったら仕方ないことでス。埋葬がてらパーッとやった方がいいでしょう」
「じゃあ、フォリスはこのままルシュカとその周辺をお願い。ボクはこの町の他の人だったやつ燃やしてくる」
役割分担はハッキリした。
フォリスの肩から飛び降りて、ロゼは広場以外に置かれているであろう人形を探し回る。
フォリスはその場に一人残されたが、こちらもやる事がハッキリした以上怖がって叫んでいる暇もない。
「あぁもう……っ、これだから粗悪な作品ってイヤなのよ……!
おぼえてなさい、今度見かけたらタダじゃおかないから!」
そうしてドロシーの邪魔をし続けルシュカの身体が維持できなくなったあたりで。
ドロシーはそんな捨て台詞と共に消えたのである。




