旧友とは決して言わない
ルシュカが倒れたからといっても、それで全てが元通りというわけでもない。
それは外に出た時点で分かり切った事だった。
外は相変わらず荒野が広がっているし、パーツにされた人や無理矢理人形もどきにされた人が元に戻ったり生き返ったりするわけでもない。
荒らすだけ荒らして元に戻らない状態。
この地区はそういう最悪の状況にされてしまったのだ。
ルシュカというたった一人によって。
(んでもアレ、魔女っていうか……なんか違う気がしたんだよなぁ……)
ロゼは魔女として生まれ育ち、また他にも魔女という存在を見知っているからこそ言える。
確かにそこそこの実力は持ち合わせているのかもしれない。
実際この地区で暮らす人々と比べれば、ルシュカと言う存在は脅威と呼べるだろう。
(地区ごとに違う部分があるにはあるから、ボクの知る魔女とは似て非なる、それでも魔女と周囲から呼ばれるような存在、って考えればそうなのかもしれないけど)
明確にそれ以外の言葉で表せないからこそ、そう呼ばれているだけかもしれない。
実際に正確な呼び方がわかっているのならきっとこの地区の人たちだってそういう風に呼んだだろう。
少なくともロゼから見てルシュカは魔女とは言えない存在だった。
なんというか、それっぽくはあるけれど、しかしどうにも違うのである。
正確にこう、と言い切れないがどうにも無理矢理そういった枠組みに当てはめようとしているような……そんな不自然さというか違和感がつき纏っている。
「っていうかさぁ、キミ、荒事苦手って言ってなかった?」
「苦手ですよ」
「苦手な奴の立ち回りじゃないんだよアレ。地雷踏まれたとは言ってもさ」
ユッカたちが出てくるのを待つべく、ロゼは一先ず前足を揃えると、お尻を地面につけて座る。
ユッカが見たらエジプト座りだ~なんて言うかもしれないが、まぁ普通に座っている状態だし言われたところで「エジプト?」とロゼがなるのは言うまでもない。
ちょこんと座っている姿をディオスが見下ろしているのは、なんとなくわかる。
布越しであれ視線を感じるので。
「別に地雷を踏まれたわけでもありませんよ」
「えっ、そうなの?」
「そうですね、地雷と言う程地雷でもないかも」
「どっちなんだい!?」
「目を見られるくらいなら別に。ただまぁ後が面倒なので避けてるだけです」
「んぇえ……? どういう事なの」
言葉遊びのようなそれに、ロゼは無意識のうちに小首を傾げていた。
見られないようにしてるし、実際出会った当初は見られたくないと言わんばかりだったではないか。
けれど見られる事は実のところそこまで困らない、と言われても本当に? としか思わなくて。
(後が面倒って事は……魔眼とか? 確かにアレは制御できないと厄介極まりないって言うけど)
でもなぁ、と思い直す。
魔眼と呼ばれるものは当然それなりの力を持つ。
ロゼくらいの魔女ならば魔力の流れを見れば魔眼の判別はつくのだが、しかしそっと魔力の流れを感知してみても、ディオスの目には別にそういった魔眼のような力は感じられない。
であれば実際は何の力もないただの目であるか、はたまた相当上手く力を隠して誤魔化しているか。
だが、巨大な力を隠すにあたって、そういうのを更に魔力で隠蔽するとなるとやはりそれなりの違和感が生じる。自然すぎるのが逆に不自然となるのだ。
勿論それに気付けるのは相応の実力を持つ者だけなのだが。
ロゼが見る限りディオスにそういったものは感じ取れない。
ディオスがロゼを上回る相当な実力者である、というのなら気付けなくても当然だが正直ここまで行動を共にしてきた上でのディオスを見る限り、実力を上手く隠して振る舞っているようにも見えなかった。
(時々演技がかった言い方をする人ではあるけれど、動き方まで演者って程でもないんだよなぁ……そりゃたまにそれっぽく振舞う事はあるけど、でもそういう時はあえてそれらしくやってる、って感じだし)
改めて冷静に考えてみると、ロゼから見たディオスは完全に不審者である。
よくそんなのと地区をいくつか共にしてきたものだな、となんだか逆に清々しささえ感じてきた。
「そうだねぇ、伝承とかそっち系に詳しい相手がいたら面倒だものねぇ」
「っ!? 誰っ!?」
少し高めの少女の声に、ロゼはびくりと身体を震わせて――ディオスの方へびょん、と音がしそうな勢いのまま跳んだ。
猫になってからというもの、今までは気付けなかったような小さな音でも耳が音を拾ってくれるから普通に近づいていたのなら気付けたはずだった。
魔法で移動してきた場合であっても、その直前で魔力が動くので気付けないはずはないはずだった。
物理的にも魔法的にも、今のロゼがここまで気付けないというのはほとんどないはずだったのに。
しかしそれでもその声は突然といっていい程突然、間近で聞こえたのだ。
そうして声のした方へ視線を向ければ、そこにいたのはあまりにも普通の少女である。
髪の色も目の色も、どこにでもいるような色合いのこれといった特徴らしいものがない少女。
服装だってそう目立つものではない。
フラワリー地区でも、ここでも、それ以外の地区でもどこにでもありそうな服装。
この場にユッカがいれば、どこにでもいる村娘という評価を下した事だろう。
ただそれが逆におかしかった。
既にこの地区のほとんどはルシュカによって蹂躙されたと思っていい。
緑豊かな土地のほとんどは荒野へ変わり、ロゼが立ち寄った人里は既に生きているとは言えないモノだけ。
生きていたはずの人だって殺されてしまっているのだ。
そんな中でいかにも強そうな人がいるのならまだしも、ロゼの目の前にいる少女はどこからどう見ても荒事には向いていない見た目である。
ユッカも自分を非戦闘員と言っているが、この少女だって見た目だけなら戦えるとはとてもじゃないが思えなかった。
そんな相手がこの地区で未だに無事でいるというのもおかしな話である。
なんだったらあのルシュカがとっくに部品として目をつけて、サクッと実行していたっておかしくはない。
仮に、奇跡的に無事でいられたとして。
だからといって、音も気配もほとんど感じないままに現れるのはどう考えたっておかしな出来事だった。
「一体どういう風の吹き回しですか、ドロシー」
「あらやだ、やっぱすぐわかっちゃった?」
「わかるも何も、以前貴方既にやってますよ、それ」
「えっ? そうだっけ……?」
「ドロシー!?」
ディオスがそう呼んで、ドロシーと呼ばれた少女は少しではあるが驚いたようだった。
そんな事よりもドロシーとはルボワール地区で知り合ったアーロスが気をつけろと言っていた相手の名前ではなかったか。
ディオスの知り合いかもしれない、とも言っていたし、であれば彼女がクークラを唆した人物とも言える。
まだ、ディオスの知り合いであるこのドロシーと、アーロスが言うドロシーが別人である可能性も無い、とは言い切れないかもしれないが……
「ロゼ、警戒するだけ無駄です。それはただの人形なので」
「え?」
「わぁ可愛い猫ちゃん。驚かしちゃってごめんねぇ?」
「えっ」
うふふ、と楽しげに笑う少女は全く悪いとは思っていないようだった。
「人形?」
「本体ではないです」
「えっ、うん……?」
「そうよ、だってここに来るとなると遠いのだもの。
こっちも今それなりに忙しくて」
「忙しいならその忙しい案件に従事していればいいでしょう。何故、わざわざここに?」
「大した理由はないのよ? ただ、弟子になりたいって言ってた子が近々作品を発表したいって言ってたから」
どこにでもいそうな村娘は笑う。目を輝かせて、楽しいものを見つけたと言わんばかりに。
「だから直接は無理でも、こうして見に来ただけ……だったんだけど」
そこまで言うと少女はこてん、と首を傾げた。片手が頬に添えられる。
「でも全ッ然駄目。ワタシに憧れて、っていう目の付け所は評価してあげられるけど、それ以外はもーホント何もかもダメダメ。素敵なパーツを集めてそれらを組み合わせてもっと素敵な人形を作ろう、って考えるところまではまだいいけど、使うパーツの何一つとして全然素敵なんかじゃないもの。
本番のための練習として適当な部品で作ってみました、って言われたならまぁ、いいけど。
でも作品を発表したいって言ってたなら完成の目途は立ってたって事でしょ?
それでこれ、じゃぁ、ねぇ……ガッカリ。
材料を無駄にしないようにある物を使い切ろうって心意気は感じ取れたけど……その結果出来上がったのがただのガラクタばっかじゃ評価も何も……って思わない?」
「貴方も大概ですよ」
「一括りにしないでよ。傷つくわ」
これっぽっちも傷ついた様子のない表情と声の少女に、ディオスは「傷ついてから言ってもらえますか?」と即座に返す。
「ねぇディオス、貴方もいつまでそうしてるつもりなの? 貴方もこっちにくればいいのに」
「お断りです」
「それは……困るわ。だって貴方がこっちに来てくれないと、今のままじゃ手詰まりだもの。
貴方がこっちに来れば解決するのに。来ないとなると排除しないと、って思う人も出るでしょ?」
「殺し合いですか。いいですよ」
「いやキミ荒事苦手って言ってたくせになんでそんな乗り気なんだい」
二人のやりとりはさっぱりわからないけれど、それでも親しい友人が久々に会っただとかそういうものではないというのだけはロゼにもわかる。
その上で、さっきも聞いたような事を言いだしたものだからロゼはつい突っ込んでいた。
荒事が苦手な奴は殺し合いを先に言いだしたりしないし、ましてやいいですよとウェルカムムーブをしない。
「えぇ……殺し合いなんて悲しいわ。どうしてワタシたちが争わないといけないの?」
「よもやわからぬ、などとは言うまいな。そなたらが一番理解しているであろうに」
「そんな事ないわ。きっとワタシたち、わかりあえるはずよ?」
「はっ、戯言を」
ロゼの突っ込みを二人は聞いているのかいないのか、会話は更に続いていく。
「どうして? だって楽になれるのに……辛い目にもうあわなくていいのに……」
「それで? 皆で共に泥船に乗ろうと? 勝手に沈んでいけばいい」
「泥船なんかじゃない。希望の箱舟よ。むしろ今の貴方の方が地獄にいるようなものじゃない」
「地獄などではない。ただの現実だ」
「……わからずや」
「なんとでも言うがいい」
二人の事情なんてロゼは知らない。
知らないが、会話はどうやら平行線であるようだ。
不機嫌そうに少女の表情が歪み、ディオスはそれに満足するように鼻で笑った。
「勝ち目があると思ってるからそうなのよね、きっと。
じゃあ、わからせてあげる」
悲しそうな表情の少女は、すっと手を上げた。右手を真上に、左手はそれより少し下に。
これから踊ると言われれば、そういうポーズに見えなくもなかった。
だがしかし少女は踊りはしなかった。
どろり、と身体が溶けていく。
「えっ、うわっ!?」
驚いて更に飛び退るように距離を取るロゼは、つい反射的にユッカにしていたようにディオスの肩に飛び乗ってしまう。
「うっ……」
爪を立てたわけではないが、それでも痛そうに呻いたディオスに「ごめんよぉ!?」と詫びるも、再び地面に下りるのはなんだか憚られた。
少女は溶けて、地面に広がっているのだ。
そのすぐ後に、今しがたロゼとディオスが出てきた冷塔庫の方からずるり、という音がして。
「今度はなにぃ!?」
ロゼの耳は小さなその物音を聞き逃さなかった。
ディオスによって倒されたはずのルシュカの身体が、うつ伏せになりずりずりと這いつくばって移動している。
「ひぇっ」
思わず毛が逆立った。
ディオスにやられた傷が魔法で治った、とかではない。相変わらず胸のあたりにはぽっかりと穴が開いているし、這いつくばって移動しているせいで血の跡が続いている。
そんなルシュカの身体は不自然に折れ曲がり、無理矢理何かに引き延ばされたようにして立ち上がる。
バキボキと骨の折れるような音がして、ルシュカの身体が不自然に膨らんだり縮んだりしていって。
そこに、何かが覆うようにして纏わりついた。
溶けたはずの少女がルシュカの表面に纏わりついていく。
「えぇ……なんなんだい、本当に」
「ロゼ、さっきからなんでそんなに混乱しているのかわかりませんが、あれはただの悪趣味な工作です」
「混乱もするさ、なんでこの状況をただの悪趣味な工作です、で受け入れちゃってるんだい!?」
「ドロシーがよくやる手口なので」
「よくやるの!? こんな狂気的かつ冒涜的な事を!?」
「頭がおかしいので」
「あっ……そこまで言われるともう何も言えなぁい……」
そもそも知り合いのはずの相手をそこまで言うとか相当なのでは。
そう思ったがロゼはその言葉を口に出せなかった。
何故なら目の前で、溶けた少女がルシュカだったものの形を変え終えたらしく、目の前には一人の女が立っていたので。
ルシュカがもう少しだけ年をとったような姿で、胸に開いていた穴は消えている。
しかし死んでいる身体であるからして、その顔色は最悪で目は焦点が合っていない。
更に両手にはそれぞれ武器と呼べそうな刃物が握られている。
「ロゼ、回避するので攻撃は任せました」
「えっ? えぇ!?」
色々と聞きたい事しかないけれど。
どうやらそんな暇はなさそうである。




