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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
三章 それはさながらゲームのような

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ただのパーツと侮るなかれ



 ユッカたちとバラバラに飛ばされた時、というかその直前にルシュカがドロシーに認めてもらうのだとかどうだとか、ともあれそんな風に叫んだのをディオスも耳にはしている。

 キンキンと甲高い声で喚いたためにちょっとばかし耳が痛くなったりしたものの、それでも一応言葉としては聞いていたのだ。

 意味を理解するまでには少々時間がかかったが。


 まさか一方的に見知って勝手に憧れて……だとかではないと思う。

 実際そうならそれはそれで逆に面倒が少ないと思うのだが、恐らくは違う。

 それはディオスの勘が訴えていただけで、明確な根拠はない。


 ディオスの知るドロシーという女は一見すればおとなしく害のなさそうな少女と言えなくもない。

 しかしそれも遥か昔の話。

 その後のドロシーは歪み、世の中の大半を憎むようになってしまった。

 それはドロシーだけではないので、別にそこはどうでもいい。


 ドロシーが受けた苦しみを周囲にお前たちも不幸になれとばかりにまき散らす事に関しては、ディオスにとってはどうでもいい事なので。

 何も知らない周囲からすれば大層はた迷惑ではあるものの、ディオスも気持ちは理解できないでもないからだ。

 何も知らずに幸せそうな顔をしている奴を見るとイラッとする、とかそういう風にドロシーやそれ以外の連中が言ったとして、その気持ちは理解できなくもない。


 ただ違いがあるとすれば、ドロシーたちはそうやって周囲に色々とやらかしているようだが、ディオスはまだそこまでいっていないというだけの事だ。


 こういう言い方としてはどうかと思うが、出遅れた、と言えなくもない。


 先陣切って突っ走ってしまえば良かったのかもしれないが、それができなかった――やらなかったせいで他がスタートダッシュを決めてしまっただけの事。

 そしてそれらに追随した他を見て、そこに自分も参加したとして。


 なんていうか今更すぎたのだ。


 誰かが行動に出る前に最初にやらかしてしまえば他が便乗したところで自分はそんな事は知ったこっちゃないと言えたけど、既に大勢が行動に出た時点で自分もそこに便乗するのはちょっとな……と、要は他の連中と同じになるのを避けた。お前らと一緒とか冗談じゃねーや、とかそんな風に軽口を叩くでもなく、ただじっと黙ったまま結果として彼らを見送る形となった。


 その結果としてとんでもない貧乏くじを引いたとも思っているが、だからといって今更あちら側に足を踏み入れるつもりもない。



 いつかすべてに復讐してやる、とか言ってた奴もいたような気がするけれど、それを言ったのが果たして誰であったかもディオスは憶えていない。誰が言ったかは重要ではないからだ。


 すぐには動けないだろうと思っていた。

 実際彼らが動き出すまでにはそれなりに個人差があったと思う。


 ドロシーの名を聞くようになったのだって最近だ。

 であれば、今まで彼女は表立った行動に出なかったか、それとも水面下で動いてはいたがようやく表舞台に上がろうとしているのか……


 ルシュカというこの目の前に現れた存在も、ドロシーの手駒のようなものであるのなら、今まできっとコツコツと彼女は頑張っていたのだろう。

 周囲からするとその頑張りはやらなくていい余計な事でしかないだろうけれど。


「それで、僕たちをここから出すつもりはないんですよね?」

「当然よ。貴方たちは素材だもの。材料をそう簡単に逃がしてなんかやらないわ」


 外へと繋がる扉の前に立ち塞がるようにしているルシュカに分かった上で問いかければ、やはり予想した答えが返ってきた。

 ばっ、と音がしそうな勢いはなかったが、ゆっくりと両手を広げ通せんぼをするようにしたルシュカの目は、最初ロゼを見ていたがそれも少しの間だけで、今はディオスを凝視している。


「猫は材料にするには微妙ね。飾りならどうにかなるかしら。

 あぁ、でも貴方、猫のくせに魔法が使えるならそうね、いくつかのパーツを付け足して、使い魔としてより伸ばす方向でいきましょうか」

「なんか勝手な事言ってるけどお断りだよ」

「振られてしまいましたね」


 煽る意図があったか、と問われると別にそんな事はない。

 それでもこういう時はそういう風に言うものだ、というのがディオスの中に根付いてしまっていたからするっと出てきたに過ぎない。


 ギッ、と音が聞こえてきそうなくらい鋭く睨みつけられて、ロゼは一瞬「うわ」と引いたような反応を示したが別に恐怖で怯えているだとか、そういった様子はない。

 野生の警戒心とかそういうものはどこにいったんでしょうねぇ……とロゼが聞けば怒りそうな事を考えて、ディオスは少しだけ考えた。


「……パーツにしろ作品にしろ、そのほとんどは僕たちが壊しましたが、その上でまだやるんですか?

 次は貴方がそうなる番かもしれないのに」


 かもしれない、ではない。

 戦うのであれば間違いなくそうなる。

 これは願望だとか、そういう話ではない。ディオスにとっては準然たる事実である。


 ただそうなる、と断言してしまうよりは少し含みを持たせるべきかと考えた上での発言だった。

 意味はほとんど無いと言ってもいい。ディオスの中でほんの僅かな意味はあれど、ルシュカにも、それ以外にとってもその意味は無意味なので。


「そうだそうだ! ボクたちがお前の作品にだって? 冗談じゃない」


 ただでやられると思うなよ! とばかりにロゼもふしゃーと威嚇するが、ルシュカが動じた様子はない。

 ……まぁ猫の威嚇で怯えるようなヤワな精神をしていたら、こんな悍ましい代物を大量生産などできるはずもないのでそれについてはディオスの想定内である。


「猫の分際で随分と大きな口を……でもまぁいいわ。貴方はどのみち飾りくらいにしかなりそうにないもの。

 むしろ貴方、貴方の方がいいパーツになりそう」

「なにおう!?」


 飾りと言われて怒るロゼに、メインパーツとか言われたら良かったんですか……と内心で突っ込みつつ、ディオスはルシュカのじっとりとした視線を受ける。

 じめじめとした湿地帯のような視線だった。乾いた地面などではなく水分を多く含んだ泥のような視線は、ディオスをディオスとして見ていないのは明らかで、完全に品定めをしているだけの目でもあった。


「一つ一つのパーツは良さそうだもの。外のお人形さんのように飾るためのものでもいいし、そうじゃなくても使い道はいくらでもありそうなのがいいわ。

 別の場所に飛ばしたあっちの女の子と狐も使えそうな部分があるし」

「そう簡単にあちらもパーツになってやるようなタマではありませんけどねぇ」

「……そのようね。

 でもいいわ。確かに多くの損害は出たけれど、パーツはまた集めればいいだけだもの。

 困った事にこの地区ではあまり良質なパーツが揃わなかったけど、だったら他の地区へ出向けばいいだけの事」


「地区内だけ、と言うのもなんですが、どうして貴方のような方々は他の地区にまで迷惑を振りまきに行こうとするのでしょう。いいパーツがない? そんなもの手元にあるやつだけで工夫してどうとでもするのが真の職人でしょう。貴方のその発言はそんな事もできない未熟者だと言っているようなものです」

「なっ……んです、ってぇ……!?」


 怒りの導火線が相当短いのだな、と思いながらもディオスはさてここから更にどう煽って怒りをこちらへ向けるべきかと考える。

 今ここでルシュカが扉に仕掛けを施して、サクッと上の階層に魔法で移動するのであればユッカたちが危ない。

 ディオスたちが外に出られないように、と魔法でガッチリ扉を開かなくさせたとして、それでもディオスならどうにかできない事もないけれど。

 そんな事をしている間にユッカたちが危険に晒されるのは得策とも言えない。


 二人が今、この塔のどのあたりにいるのかはわからないが、できれば二人が下りてくるまでには決着をつけたいところだ。


 なのでディオスは物作りの苦労など何も知らない、いや、知った振りをしているだけの素人のような発言でもってルシュカを煽ろうとする。

 職人であるのなら確かに材料がなければ鋭意工夫する事もあるけれど、足りないなら普通に材料を足すなんて当たり前にある事だというのに。職人ならばその工夫でどうにかなるが、素人の場合はどうにもならない事の方が多い。勿論素人だからどうにもならない事ばかり、というわけでもない事もわかってはいる。

 わかった上で、ルシュカの事を「貴方は職人ではなくただの素人」とディスっているのだ。


 ルシュカはルシュカなりに自分の作品に自信を持っていた。

 目標とする存在と比べれば足元にも及ばない事もわかってはいるけれど、それでも自分なりにいい作品ができたと思っている。

 そんなところに、ろくにわかりもしていないであろう奴が「お前の作品素人以下」と言ってきたようなものなので。


 当然ルシュカはブチ切れた。




「いい度胸じゃない……!

 決めたわ。貴方の事は余すところなく全てを使ってあげようじゃない!

 貴方が隠しているその瞳なんて特に有効活用してあげるわ」


 目隠しをしている部分を気にしないわけではなかった。だがそんなものはこの男の動きを封じてしまえばどうにでもなる。


 どうして目を隠しているのか。

 その理由はルシュカにとってどうでも良い。

 魔眼と呼ばれるものを持つ種族も存在しているけれど、あまりにも強大な力であるからこそ封じる……というのなら、その程度の布で覆うだけでは済まない。済むはずがないのだ。


 であれば、どうせ大方両親とは異なる目の色を持って生まれてきて、それで疎んでいるだとか、目の形が他と異なるせいで、だとか。

 ともあれそういったものなのだろう。


 パーツとして使う時、この男が隠しているそれを大っぴらに晒すように使ってやろう。

 そう考えて、ルシュカはそれを高らかに宣言した。


 男がそれを恐れて一瞬でもたじろげば、その隙を上手く使える。


 だが――


「ぁえ……?」


 ルシュカの言葉はそれ以上続かなかった。


 それどころか、言葉を吐き出すどころか呼吸さえままならなくなる。


 胸のあたりがとても苦しい。

 それどころか、ズキズキと熱を伴う痛みすら感じられる。


 一体どうした事だろう。

 そう思ってルシュカは視線をそっと下へずらした。


「人様の地雷を無遠慮に踏んではいけない、と教わったりはしなかったのですか?」


 酷く冷めた男の声が、やけに遠くに聞こえる。

「あ……あ、ぁ……」

 それどころではなかった。


 ぽっかりと、ルシュカの胴体に穴が開いている。


 嘘、こんな一瞬で……?

 そう思っても、その言葉すら吐き出せない。

 何かを言おうとしても上手く息が吸えないし、吐き出す事もままならないのだ。


 かろうじて少しばかりの音が唇から零れ出はしたが、意味のあるものにはならなかった。




「容赦なさすぎないかい!?」


 ロゼがそんな風に叫ぶ。


「そうでしょうか?」


 対するディオスは首を傾げた。


「確かに今の発言だけで見ればそうかもしれませんが、ですが彼女がこの地区でやった事を思い返してみてください。むしろこのくらいは当然では?」

「それもそっか」


 考える間もないくらいあっさりとロゼが頷くものだから、ディオスもふ、と口元を緩め微かに笑う。


 力を失い身体を支える事すらできなくなって、崩れ落ちるように倒れたルシュカの周りをロゼが注意深く見て回る。


「えっ、こんな呆気なく終わっちゃうものなの?」

「終わったのならいいではありませんか」

「そうだけど、そうなんだけどーぉ」


 でもなぁんか釈然としないなぁ……なんて言うロゼに、確かにディオスとしても随分と呆気なかったな、とは思う。


 だがディオスからすればルシュカの行動理念だとかそんなものに興味はないので、長々と付き合ってやる義理も存在していなかった。

 むしろそんな話を聞き続けるとなると、自分の身体をいかに使うか、というパーツ談議になりかねない。


 普通の材料で普通にドール作成をする、という内容であったならディオスだって興味がなくとも話を聞き続けるくらいはしたかもしれないが……その部品に自分を使うとなれば話は別だ。耳を貸してやる必要もなければ、パーツとして自身を差し出すつもりはこれっぽっちもない。


「うーん、正直いくつか聞きたい事もあったけど……マトモに会話になりそうになかったし……まぁ、いいの、かなぁ……?」


 うんうんと唸り悩む様子を見せるロゼに、会話が成立する相手でしたか? と声をかければしそうになかったねぇ、とロゼもまた納得したらしい。


 ぴくりとも動かなくなったルシュカから、冷塔庫から外へ出るための扉の方へとロゼが移動して。


「あっ、魔法錠かかってる!」

「逃がすつもりがなかったからそりゃかけるでしょうね」

「おのれ最後まで面倒な……!」


 ぐぬぬぐぬぬと唸りつつ、ロゼは扉にかけられた魔法錠を解除しようとしている。


 魔法錠は言うまでもなく魔法の一つで、普通に道具を使うタイプの鍵よりも厄介な場合がある。

 防犯上、道具を用いてのピッキングで開錠できるものではないので場合によっては安心感も半端ないが、しかし解除する術者の力量次第ではカギなんて有って無いようなものにもなりかねない。


 自分より下の術者しかいなければ開錠される心配はないとはいえ、絶対的に安心していいものでもなかった。



 恐らくこの地区の人であれば、きっと開錠できなかったかもしれない。

 しかしロゼからすればちょっと面倒だが開錠できないわけでもなく。


「開いたぁ! ふふん、ボクにかかればこーんなもんさ」


 どやぁ、とふんぞり返るロゼにディオスはパチパチと軽い拍手を送った。


 ルシュカが生きていたのなら、猫にすら負けたときっと悔しがっただろう。


 もっとも、ディオスもロゼの事を使い魔程度には力がある猫と認識しているからそう思うだけで、ロゼ本人が聞けば間違いなく憤慨するのだが。


 ともあれ二人――この場合一人と一匹――はサクッと外に出て、そうしてユッカたちを待つ事にしたのであった。

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