そんなことより
「正直こんな風に暴れまわってたら人形のパーツ風情が……! とか、よくもわたしのパーツを……! なんて感じでルシュカが襲ってこないかなって思ったりもしたんだけど……こないねぇ?」
「手っ取り早いのは認めまスが、来た場合真っ先に狙われるの貴方でスよ」
「護りの魔法があるからとりあえず人質扱いになってもすぐさま攻撃して相手の度肝を抜いてね」
「無茶苦茶言う……!」
恐らくはルシュカの真似なのだろうセリフの部分を情感たっぷりに言うものだから、フォリスとしては逆にすんっ……と気持ちが落ち着いてしまった。
実際ユッカがそんな事を言うより先にルシュカが現れてそう言ったのであれば、フォリスも咄嗟の事で思考がパニック状態に陥ったかもしれない。
更にはユッカが人質となった時、間違いなくフォリスは手も足も出せなかっただろう。
その可能性を先に出されたせいでフォリスとしては慌てふためく間を潰された形である。
この場合そんな可能性は潰されておいて正解なので、文句を言えるはずもないが。
しかしいくら護りの魔法があると言われても、人質になった時点でユッカに構わず攻撃をぶちかませと言われてはいそうですかとはいかない。
(なんでこの人戦えない癖に度胸だけはあるんでスかね……)
意味が分からなかった。
戦えない以上、何かあっても自分の身を守れないというのに恐れが全くない。
平和な地区で生まれ育ったとしても、魔物が全くいないわけではないので万が一の恐れというのが存在しないはずがないのだ。
戦う力を持たないまだ幼い者だとかであっても、それなりに警戒心だとかが存在している。
そう考えるとユッカは幼子以下である。
(同行者がそれだけ頼りになるか、単純に後先考えずに甘やかしたかのどっちなんでしょう……?)
ユッカが聞けば頼りにはなってもそこまで甘やかされてないよと言うだろうけれど、口に出していないのでフォリスのそんな考えをユッカが悟る事はできなかった。
「上から化け物が来たって時点で、じゃあロゼたちは上にいないと言えるかもしれないけど、でもなぁ、化け物がいたフロアの更に上にいる可能性もゼロじゃないもんね。
早速気を取り直して進もっか」
「警戒心どこに置いてきたんでス?」
「あるよ。ただ警戒したところでどうなるものでもないから」
確かに力のない者の警戒心など有って無いようなものではあるけれど。
堂々と言うものでもないでしょうに……と思いつつも、ユッカの言っている事にも一理あるのだ。
怯えてこれ以上先に進みたくない……! なんて言われてもフォリスとしてもずっと同じ場所でじっと留まるわけにもいかないし、そんなユッカを宥めすかして先に進ませるのも中々の労力である。
これが友人同士であるのならそういう発言をするのはフォリスの方で、宥めすかす――というか、いいから行くよとにべもなく切って捨てるのは友人の方なのだが。
(いや、行くよなんて優しい言い方すらしませんね……)
考えて、そっと首を振る。
宥めすかしてくれるだけマシかもしれない。
場合によっては無視して置き去りもあり得るのだから。
「うーん、でさ、こういう状況下でする話じゃないかなとは思うんだけど、ただ移動するだけってのも暇だから話してもいい?」
「なんでスか?」
正直なところ、物音をたてて敵に見つかる可能性を高くするのは褒められた話じゃないけれど、そもそも迷路のような場所でもないし行ける場所は限られている。上から来るか下から来るかだ。であれば、物音が聞き取れないくらいの大音量でユッカが話をしない限りは問題ないとなると、まぁ、話をして恐怖がまぎれるならそれでいいか……という気にもなるわけで。
「この地区ほとんど荒野にされちゃったから、もうグラヴィールの実に関しては絶望的だと思うんだけど」
「うっ」
考えないようにしていたのに、直球できた。
ストレートに剛速球をぶち込まれたせいで、一発殴られた時みたいな声が出る。
「まぁそれに関してはさ、その元凶のルシュカを腹いせに一発食らわせる事になるとは思うんだけど」
「……そう、でスね……」
「よくあるご都合主義満載ハッピーエンドオチだと元凶倒したら何もかもが元通りに! って事にもなるけど、その可能性は低いと思うわけ」
「夢くらい見たっていいとは思いまスけどねぇ……」
「うん、でも夢見ても結局最後には現実ってやつが来るわけでしょ」
「わかっている事ではありまスけど」
「だからもう現状ってフォリスにとってはよくもグラヴィールの実を! って事でルシュカをぶちのめす方向性にシフトしたって何もおかしくはないんだけど」
「ぶちのめさない平和的な方向は?」
「あると思うの? こっちは既に人形のパーツとして目をつけられてんだぞ」
「……そうでした」
化け物を散々倒してきている時点で平和的も何もないのだが、しかしそれでもフォリスとしてはなるべく穏便な手段を選びたい気持ちがあった。
(多分こういう考え方が生温いとか臆病風を吹かせているだとか言われる原因だとわかってはいるんでスけども……)
友人に至っては金と暴力で解決できるなら手っ取り早かろう、なんて言う事もあるけれど、金はともかく暴力はできれば最終手段とかにしてほしいくらいだ。
いくら手っ取り早いからとて、初手にそれを選ぶのはどうかと思うわけで。
流石にフォリスだっておぞましいとしか言いようのない化け物相手に話し合おうとか言い出すつもりはないが、話が通じそうな相手ならとりあえず対話を試みるべきだとも――
(いえ、それすら無理な場合もありましたね……)
こちらが相手を尊重しようとしたところで、相手にその気持ちがないのであれば無意味である。
対等な関係ですらなくこちらを下に見る者は言うまでもないが、先程見たルシュカという女性もこちらを人形の部品としか見ていないのであれば。
こちらがどれだけ何を言ったところで無意味だろう。
それを考えると少々傍若無人な面はあれど、友人たちはまだマシな方だ。
そんな風に考えてしまうと、なんだか途端に友人たちに会いたくなってきた気がする。
「いえ、気のせいでした」
「何が?」
「あっ、えっ、ただの独り言でスお気になさらず」
脳内にほわんほわんと友人たちを思い浮かべてみたものの、思えば彼らと一緒にいて疲れを感じたからこそちょっと一人になってゆっくりしようと思ったのだったと思い出す。
一緒にいて苦痛だとか、そういうわけではないのだけれど、それでも時々疲れる事はあるのだ。
「えっと、グラヴィールの実でしたっけ。まぁそうなんでスよね、この地区の他の冷塔庫にもないのであれば別の地区で探すしかないんでした」
「うん、でも他のアテはないんでしょ? そりゃあ、これが食べたーいってなっちゃって、それ以外の美味しい物を食べても今求めてるのはコレじゃないんだよなぁ……って気持ちは理解できるから、他の美味しい物で気を紛らわせるってのも難しいとは思うよ。私だって似たような事はあったし」
「へぇ? そうなんでス?」
「まぁ私の場合はいくつかのお店を巡ってどうにかなったからフォリス程大変な目には遭ってないけど。
ギリ似た感じの食べ物とかはないの?」
「どうでスかねぇ……グラヴィールの実と似た味や食感、と思い浮かべてもパッと浮かばないのでどうにも……」
言われるままに考えてみるが、しかし心当たりはない。
グラヴィールの実が食べたいというのは嘘ではない。
けれど本当の事を言えば、一番食べたい物はそれじゃないのだ。
「実のところ……他に食べたい物があるんでスが、それが食べられないから紛らわせるために他の美味しい物を食べようと思っただけなんでス」
「食べられないっていうのは?」
「その……レシピが秘匿されて故郷以外にレシピが流出してないんでスよ」
「おやまぁ。故郷に戻るわけにもいかないって感じ?」
「えぇまぁ。追放されたので」
「追放」
ちらりとユッカへ視線を向けてみれば、その目はまぁるく見開かれている。
「僕は天狐族の中でも半端者らしいので」
軽く、それこそ笑い話のように言うつもりだったがしかしそれは失敗する。
結局自嘲気味に言う形になってしまった言葉をユッカがどう捉えたかはわからない。
「そっか、追放されてなかったらここでフォリスと出会う事もなかったって事ね。そこ考えるとなんとも言えんな……」
良かった、と言い切らなかったのは追放された事まで喜ぶ形になるからだろうか。
ただ、それでも思っていたのと違う反応にフォリスはどこかホッとしたような、安堵にも等しい感情が浮かび上がる。
「それで、えっと……その秘匿されてる料理って?」
「言ってもわからないと思いまスが……イナリと呼ばれるものでして」
「ん?」
なんだか妙な表情をして、ユッカの足が止まる。
「稲荷……お稲荷さん……?」
「え? あの」
「それってなんか見た目茶色っぽい感じの……」
「っ!? ご存じなんでスか!?」
「あー……多分」
「なんと……」
視線をうろつかせて、どうにもハッキリしない言い方をするユッカであったが、フォリスにとってそこは気にするべき部分ではなかった。
天狐族にとって秘匿された、限られた者だけが口にする事が許された特別な一品。
決して他の地区にも知らせる事なく、閉鎖的なあの場所だけにしかないはずのそれを知っているかも、と言うのだ。一体どこで、とそちらの方に驚きが生じる。
だってあの料理は、天狐族の中でも限られた者にのみ伝えられるものだ。
特別な日の馳走として振る舞われるもので、フォリスだって数える程しか口にできていない。
落ちこぼれ、面汚し……そんな風に蔑まれていても、それでも。
当時は母がそれでもどうにかして得たイナリを、幼かったフォリスに与えてくれた。
今はもう母もいないし、故郷からも追い出されたために食べたいと願ったところで二度とその機会は巡ってこない。そう思って、諦めたつもりだった。けれどふとした瞬間、また食べたいと思ってしまえば駄目だった。
食べたい気持ちばかりが膨れ上がって、その間に何を食べてもこれじゃないという気持ちになる。
それでも自分を誤魔化すように別の食べ物を思い浮かべて、最初からそれが食べたかったのだと自分自身を騙すようにすることでどうにか気を紛らわせていたのだ。
今回に限っては、グラヴィールの実が得られる事もないせいで余計にフォリスの中で渇望が強くなったのかもしれない。
フォリスの知る身内以外の天狐族のほとんどはプライドが高いため、外部の者にイナリの作り方を教えたりはしないはずだ。
「ユッカさんももしかして天狐族の血が……?」
「まさか。それはないよ」
もしかしたらユッカも自分と同じように随分昔に故郷から追い出されたクチかと思ったが、秒で否定された。まぁ確かに天狐族の血を少しでも引いているのなら、戦えないはあり得ない。
「フォリスの言うイナリかどうかはわかんないけど、恐らくそうかもってのなら作れるよ」
「えっ!?」
「ま、材料がなきゃ無理なんだけど」
「そうでスよね、門外不出のレシピと素材ですからそう簡単には」
「いや材料に何使うかはわかってるけど」
「えっ!?」
「まぁ、ここ脱出して他のところで材料集めてからじゃないとどう考えても無理だろうけど」
「えっ? それってつまり材料が揃えば作れるって事で、食べられるって……ことなんでス?」
信じられなかった。一応フォリスだって幼い頃に食べた記憶を掘り起こすようにして、どうにかそれらしい物を作った事がないわけではない。作れる者は限られていて、なおかつそのレシピはフォリスには知らされていない。欠陥品を生んだとされる母にだって同族は厳しかった。
フォリスが生まれる前ならもしかしたら母はレシピを知る事ができたかもしれないが、フォリスが生まれた後は彼女の立場は落ちる一方だったので。
母が手探りで作ってくれたものもあったけれど、それもイナリと見た目は近くとも味は違っていた。
そしてフォリスも同様に試行錯誤を重ねてみたものの、どうにも違う物しかできなかった。
料理が得意だと言う者に作ってもらおうにも、フォリスの記憶の中だけの、他の天狐族から聞き出す事もできそうにないものを再現させるのはあまりにも難しすぎた。
だがそんなイナリを。
本当にそれかはわかんないけど自分が知る物であれば作れる、とユッカは言ったのだ。
勿論、彼女の知るそれと自分の思うイナリが同じとは限らない。
限らないがそれでも。
淡い希望が芽生えたのは言うまでもない。
仮にイナリじゃなくたって、未知の料理かもしれないそれを口にする事ができるかもしれないという可能性。
材料があればと言っていた。
その材料の入手が困難である場合もあるが、ユッカの声と表情からはそう難しそうに思えない。
芽生えた希望と期待から思わず上ずった声で問いかければ。
「そういうことになるね」
ユッカはあんま期待はしないでほしいけど、と言いながらも頷いたのである。




