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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
三章 それはさながらゲームのような

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分断



「これはマジのガチのガチガチな話なんだけど。

 私マジで戦えない非戦闘員だからそこ頭と魂に刻み込んどいて」




 最初に足を踏み入れた冷塔庫と今回入った冷塔庫は、それこそ最初のフロア――つまりは一階である――は同じ見た目でなんの違いもなかったと思う。

 いや、違いというのなら死体が並べられていなかっただとか、そういうのは確かにあったのだけれど最初に入った方だって別に元々死体を並べるのが標準装備というわけではなかっただろう。


 つまりは、その異常とも思える部分を排除すればどちらの冷塔庫も一階は玄関とかエントランスとか、ともあれそういったもののように特に何かが置かれるでもない空間であるはずだった。


 こっちの冷塔庫には死体が並べられたりしていなかったので、足を踏み入れたフォリスは内心でホッと安堵していたのだ。

 なんで死体がゴロゴロしてるんでスか……そんな風にあちらの冷塔庫で一体何度思った事か。

 だがこっちにはそれがない。

 それだけで安心――できれば良かったのだが、しかしすぐ近くの町がアレなので完全に安心などできるはずもない。

 だが、それでも初っ端から死体がゴロゴロしてるわけではなかったので、心のどこかで油断が生じていた、というのも否定はできない。


 問題は二階に到着した直後だった。


 歌が聞こえたのである。


 二階のフロアには誰かがいるわけでもない。だがしかし声は確かに聞こえていた。


 ユッカたちも少し遅れてその声に気付いたのか足を止めて、

「なんか聞こえない?」

「聞こえるね、歌だ」

 そんな風に首を傾げながらもユッカは肩にいるロゼと。


「上から、ですかね。近づいてきているようですが……」


 少し遅れてディオスがそんな風に。


 聞こえた歌は決してフォリスの気のせいではない、と把握できたのである。


 確かにディオスの言うように声は少しずつこちらに近づいてきているようだった。

 であれば今は階段をゆっくりと下りているのだろう。

 このままここで待っていれば、その歌の主と遭遇するのは難しい話ではない。


 けれどもフォリスとしてはなんだか嫌な予感がしてならなかった。


 考えてもみてほしい。

 すぐ近くの町にはもう生きた人なんていなかったのだ。

 誰も彼もが身体をバラバラにされた上で、更に新たに組み立てられて。

 それでいて決められた動きを忠実にこなし続ける。そこにきっと本人の意思なんて存在していない。


 一人殺すだけでも相当だが、あの町の住人が皆そんな感じだったのだ。

 であればこれをやらかした相手は相当な実力者のはず。


 ユッカたちと訪れたあの村で草原地帯だった場所を荒野に変えた相手は魔女だという話が出ていたが、だとしたら割と最悪な部類である。


 フォリスにだって魔女の知り合いはいる。

 けれどその知り合いの魔女はこんな――どう控えめに言ったって悪趣味としか言いようのない最悪な所業をやるような相手ではなかった。


 その魔女の弟子を名乗る――友人でもあるイシェル曰く、師でもある彼女が悪巧みを考えたとしても、精々シューズボックスの中の靴を左右反対にしておくだとか、フルーツキャンディの中にとっても辛いミントキャンディを紛れ込ませるだとかが関の山だと言っていた。あとは頑張って気配を消して背後から「わっ」と驚かせるくらいだとか。


 フォリスも過去、ちょっとだけ顔を合わせた事がないわけじゃないが、確かにイシェルの言うようにできて些細な悪戯をやるのが精一杯なんだろうな、という感想しか抱けなかった。

 善悪どちらかと言えば、善良な方だろう。


 フォリスとしては仲良くなれそうだな、と思っているけれど向こうは若干人見知りの気もあったのでフォリスが思う程彼女とは親しいわけでもない。

 会ったのだってイシェルと一緒にだ。イシェル抜きでフォリスだけが彼女――ローザローゼシカと会うなんて事はなかった。


 普段は家にいて、魔法薬を作ったり新しい魔法を考えたり。

 時々材料を調達するのに外に出て、そのついでに周辺の魔物を退治して困ってる人を助けたり。


 それが、フォリスの知る魔女だ。


 そんなフォリスの知る魔女と対極の位置にいそうな凶悪な魔女の存在が仄めかされたのだから、正直怖いし逃げたい気持ちだって勿論ある。


 あるのだけれど、それでもグラヴィールの実が諦められなかった。


 薬というわけでもない。だから、食べないと死ぬとかそんな理由があるでもない。

 けれどもどうしても食べたい気持ちが溢れてしまった。

 これでも一応、最初は別にわざわざサリエナ地区に行くのもな……と思って少しの間は我慢して自分の気持ちから目をそらしていた。


 以前はちょこちょこ足を運んでいたけれど、地区が移動した事もあって今行くとなると手間だったのもある。

 途中の地区に物騒な場所があったのも、行くぞ! とならない原因だった。


 だがそうやって自身の心に蓋をするように見ない振りを続けていた結果、ある日突然我慢できなくなったのである。いやもう無理。今すぐ食べたい。食べないとなんか無理。

 他に美味しい物はいくらでもあるのに、グラヴィールの実以外を食べてもなんか違う、これじゃない、となってしまった。


 もっと早くに行動に移っていればここまでにはならなかったはずだ。

 もっと早くにサリエナ地区を目指していたのなら、こんなわけのわからない事態に首を突っ込むような事にだってならなかった。


 そう思っても今更である。


 一人は心細いが、しかし親切にもユッカたちが同行しないかと誘ってくれたのもあってフォリスはなんとか発狂しないで済んでいる。一人だったら耐えられなかったに違いない。



 ところがだ。


 上から近づいてくる歌声の主を見て、フォリスは無意識に尻尾をビビビ……! と膨らませていた。

 あっ、これ関わったらいけないタイプの奴でス……!


 歌声だけなら穏やかで、まるで子守歌のようにも聞こえる旋律である。

 状況がもっと平穏な日常のワンシーンであったなら、その歌を耳にそっと目を閉じて身をゆだねるのも躊躇わなかった事だろう。


 長い灰色の髪を引きずるようにして階段を下りてくる女の、森の中から空を見上げた時のような――太陽に照らされ輝いているようにも見える葉のような緑の瞳と目が合った瞬間、背筋にぞわりとしたものが走った。


 女はただ歌っているだけではなかった。

 女の右腕は首のない死体の左手を握り、ずるずると引きずっていた。


 けれどフォリスたちと目が合ってそこで歌は止まる。


「あら、別の地区から来た人かしら?」

 女の声は歌を歌っていた時とそこまで違いはなかった。けれども歌っていた時とは違い、なんだかやけに足元からじっとりと這い寄られているような……なんとも言えない不気味さが滲んでいる。


「ここはね、わたしのお人形さんを作るための工房なの。勝手に入ってきた事に関しては大目に見てあげるわ」


「冷塔庫が工房? 食料保管庫でも死体安置所でもなくて?」


 大目に見る、という言葉になんだか不穏さしか感じなかったフォリスは何も言えないままどうするべきかと視線をうろつかせていた。言葉を発したのはユッカである。


「えぇ、工房よ。そして貴方たちはその工房に足を踏み入れた」

「貴方の? 大きい人が残した冷塔庫って町や村の人の食料保管庫でしょ? 勝手に私物化は不味いんじゃない?

 というか、あの町の人も他の場所も、草原が荒野になったのももしかして貴方が?」

「えぇ、えぇ。そうね。そうよ。この地区はわたしの物になるの。たくさんのお人形さんを作って、そうして飾るの。きっと素敵よ」

「死体並べて素敵も何もねぇんだわ。頭おかしい芸術家気取りやめろし」


 てっきり会話に持ち込んで情報を得ようとしているのだと思っていたが、ユッカがあっさりと女の事を頭おかしいと言い切ったせいで、彼女の目がつり上がる。


 あ、マズイなと思った時には、女はけたたましく叫んでいた。


 フォリスはその声に耳がキーンッとなって耳の奥が痛んだ気がしたせいで、女が何を言っていたのかよくわからなかった。女が引きずっていた死体をユッカめがけてぶん投げて、それを回避しようとした結果ユッカの肩にいた黒猫のロゼが飛び降りて、それぞれが別方向に動いたのだけはフォリスも把握している。


 直後。


 カッ、と白い光が溢れて何が何やらわからぬまま、眩しさに目を閉じてしまったのは確かだ。


 そうして光がおさまって、ゆっくりと目を開けてみれば。


「どこでスかここ……」


 恐らくは冷塔庫の中ではあるけれど、間違いなく先程までいたフロアではない。

 あの光が強制的に別のフロアに飛ばした魔法だとは理解できたが、なんというか最初に足を踏み入れた冷塔庫とはあまりにも内装が違いすぎたせいで本当に冷塔庫なのかわからなくなる。


 それでも冷塔庫だと言えるのは、室内がやけに冷えているからに他ならない。


 いきなり見知らぬフロアに飛ばされて、挙句動く死体に囲まれていました、だったらフォリスも悲鳴を上げて取り乱したかもしれないが、周囲に見慣れない道具が置かれているくらいで危険はなさそうだ。


「あ、ユッカ」

「フォリス……?

 え、ここどこ?」


 ぐるりと視線を移動させれば、少し離れたところにユッカが立っていた。

 一人じゃなかった事に安堵するも、ユッカもまだ事態を飲みこめていないのかその表情は困惑している。


「恐らくは他のフロアでス。どういう意図があって飛ばされたのかはわからないけど、って……あれ? ロゼとディオスさんは?」

「…………うわ、いない。えっ、もしかして分断されてる……? この上とか下のどこかにいるって事……?」


 慌てて周囲を見回すユッカは「ヤバ」と小さく呟いている。

 実際ここが何階かもわかっていないので、このすぐ上か下にロゼやディオスがいればいいが、相当上だとか、随分下の方だとかにいる可能性だって勿論ある。


「あいつがこの地区で何やらやってる奴で間違いないっぽいとはいえ……え、これどこに移動してどうするべきなんだろ?」

「そういやさっき何やら喚いてましたっけ……突然の大声にビックリして耳が痛くてよく聞き取れなかったんでスが……」

「あぁ、なんか魔女とは名乗ってた。ルシュカが名前だったかと。あとは……あー、まぁ、今はいいかな。

 どうする? 上に行く? 下に行く? それともここでじっと待つ?」

「待つのはどうかと思いまスよ。どっちかが上にいてどっちかが下だった場合合流するまでにかなり時間がかかるかもしれませんし。

 一度上を目指して最上階から下に向かう形でいくのがいいような気がしまスけどねぇ」

「じゃあそれで行こう。

 あ、そうだ」


 フォリスの言葉にサクサクとユッカも頷いて、早速上を目指そうとしたが、しかしすぐに足を止めた。


「こんな状況だからこそ言っておかなきゃいけない事があるんだけど」


 そうしてユッカはじっとフォリスを見つめて言った。


「これはマジのガチのガチガチな話なんだけど。

 私マジで戦えない非戦闘員だからそこ頭と魂に刻み込んどいて」



 あまりにも真剣な表情で、挙句こんな状況で冗談を言うとはフォリスだって思っていない。

 だがしかし、その言葉の意味を理解するのであれば。



「え……っ?」


 この先で動く死体と遭遇した場合全部フォリスが一人でどうにかしないといけないのである、という意味なのだと遅れて理解して。


 どうにか何かを言おうとしたけれど、結局出てきたのはたった一音。

 更にその声は、フォリスが思い返すにあたり人生で一番困惑した声だったと言えるだろう。

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