悪い予感だけ溢れてる
冷塔庫でも村でも、今この地区がどうなっているのか、というのがわかるような情報が得られたわけではなかった。
挙句の果てに先に帰したはずの村人たちは冷塔庫の近くで死んでいたし、村に戻ってみればそちらで食料を持ち帰ってくる事を期待して待っていた村人たちも死んでいる。
道中で何らかの敵に遭遇したとかそういう事もないままにこれだ。
「……え、これ、他の地区に行って何もなかったみたいに放置して大丈夫な感じ?」
「うーん、大丈夫かもしれないし、駄目かもしれない」
「まぁそうだよね。この地区だけで起きた出来事がこの地区だけで終息するかって言われたらわかんないよね……」
最初は小さな町での出来事だったはずなのに、気付けば世界全てが巻き込まれている……なんて展開の漫画だってあるのだからこの地区で起きたはずの事件が最終的にこの世界全体に広がるなんて事が無いとは言い切れない。
(いやその手の漫画だと世界征服を目論む組織とか出てきたりするけど……え、この世界もそういう……?
ぶっちゃけ征服するにしてもなんか面倒な世界だと思うんだけど……?)
ユッカとしては世界征服なんてとても面倒だとしか思わないので、やろうとする相手の気持ちは理解できそうにないけれど。
しかしそういった事に手を伸ばそうとするのはユッカとは異なる思想の持ち主であるので、まぁ面倒だろうとなんだろうとそれでもやろうと思うものなのかもしれない。
(世界征服する相手がいるって決まったわけじゃないけど)
「可能性としては魔女だっけ? なんか荒野になった原因だと思われてる」
「あぁ、そういえば言っていましたね……」
「影も形もなかったから忘れかけてたけど、他にこういう事をこの地区でやるかもしれない相手、の推測はできないから、一応遭遇したら話くらいは聞きたいよね」
「ともあれ、もう少しこの地区を調べてみた方がいいかもしれませんね」
ディオスのその言葉に。
反対したい気持ちもあったけれど、しかし放置した結果いずれ大惨事に見舞われるかもしれない、と考えると。
今すぐこの場で尻尾巻いて逃げ出します、とは言えなかった。
調べても何もわからなかったらもうその時は仕方ない。
そんな気持ちで、ユッカたちはここ以外の村か町を探す事にしたのである。
――そうはいっても他の村や町の場所について、ユッカは当然知らないしロゼも同じく。
ディオスも以前来た事はあるが、相当昔の話らしく記憶は朧気。
グラヴィールの実を採取するためにこの地区に来ていたフォリスは、荒野に変わる以前いくつかの町や村にも訪れていたようだが、それなりに距離があるとの事。
なので村から出て、最初に草原が広がっていた――ユッカたちがこの地区に来た時に使う事になった転移装置の所まで行く事にしたのである。
その転移装置から同じ地区間の別の転移装置に移動しようという話だ。
「うーわ、ここまで来たら他の地区に知らん顔して逃げたい気持ちあるけどそういうわけにもいかないかぁ……」
「逃げて安心した矢先にこの地区が発端の災厄に見舞われる可能性もありますからね」
「考えたくなーい、やだー。マジでヤバすぎなんですけどー」
ディオスに宥められるが、ユッカだってその考えはわかっている。
絶対にあり得ないと言い切れないからこそ、こうしてこの地区を調べる羽目になっているのだ。
もしかしたら自分が探している元の世界に帰るための必要アイテムが何かの拍子に見つかるかもしれないし。
そう思わないとやってられなかった。
ともあれ他の地区に脱走する事は諦めて、同地区間での移動をするつもりだった。
この地区に来たばかりの時と比べて明らかに重くなった足取りで進んでいけば、フォリスと出会ったであろうはずの場所は。
「うわ」
「おや」
「えっ、えぇっ!?」
「見事に荒野になっちゃってるじゃないか」
来た時はまだ長閑でいかにも平和そうな光景だったはずの草原だったのに、今はすっかり荒野に変貌していた。たっぷり生えていた草一本すら見当たらないという時点でユッカたちが思わず声を出すのも仕方のない事と言える。
「いい、い、一体何が起きてるっていうんでスかぁ!?」
「それはこっちが聞きたい」
「でスよね!?」
ユッカの冷静な突っ込みにフォリスもすぐさま我に返った。
「ねぇロゼ」
「ん? なぁに?」
「念のため聞きたいんだけど、この地区が崩落するような予兆とかではないんだよね? これ」
「崩落予兆、ではないかなぁ。でもだから安全ってわけでもなさそう」
「だよねぇ……」
崩落する心配はないようだが、ロゼの言う通り確かに安全とは言い難い。
(まぁ、緑が減ってるとはいえ、生命力そのものを手あたり次第吸い取ってるとかではなさそうだし……)
てっきりこの地区にいる生きとし生ける者の生命力を何かが吸い取ってるだとか、そういう風に考えもしたけれどそれならそれでロゼやディオス、フォリスあたりが気付くだろう。
あちこち移動した事に対する疲労感はあるけれど、ユッカだってそれ以上に意味もなく衰弱した、とは思っていない。
「うーん、じゃあ、まぁ。
とりあえず他の転移装置のところに移動しますか……」
逃げたところで結局後からあれはなんだったんだろう……? なんて思うのも精神衛生上よろしくないし、身の安全についてはロゼに任せている。そのロゼがもう駄目だここから逃げよう、と言い出さない限りは首を突っ込んでもいいだろうと自己完結し。
ユッカたちは転移装置でもって同地区間の移動を開始したのであった。
地区の中のどのあたりかはわからないが、ユッカたちが転移した先はどうやら町の入口であるらしかった。
けれどもやけに静かである。
日が沈んで誰もが寝静まった時刻というわけではない。けれどもこうも静かな事ってある……? なんて思いながらとりあえず町の中に進んでみれば。
「うわ」
「ひぃっ」
町の中は、酷い有様だった。
バラバラ死体が転がっているというわけではない。
けれども死体は確かにあった。
一度バラバラにされたかもしれないそれは、この悪趣味な状況を作り上げた何者かの趣味によって新たに組みなおされたらしかった。
この人のここと、こっちの人のこの部分を組み合わせたら理想的! とかそういうアレである。
ツギハギ状態になっている死体は、それさえなければ外見上はとても整って見える。
けれどもその身体はそれぞれ別の人から取り外され、そうして新たに無理矢理繋げられたせいで、整って見えはするが同時に酷くアンバランスなものを感じさせていた。
そんな悪趣味な何者かはこの町をままごとの舞台にでもしているのか、ツギハギ状態の死体たちは各々着飾った状態で配置されている。動く者もいるけれど、それも事前に決められた動きをなぞっているようだった。
町の中心と思しき場所は広場になっており、そこにはどこから持ち出した物なのかテーブルと椅子が置かれている。そこに座っている動く死体は、お茶会でもしているかのような動きをそれぞれがとっていた。
だが、既に死んだ身であるが故か実際に飲食をしているわけでもない。
腕を動かしカップを口元に運んでも、その中身を飲み込む事はないようで再びカップをテーブルに戻し、そしてまた少ししてからカップを手に口元へ運ぶ。
別の者はカップにポットから茶を注ごうとしているようだが、既に中身は入っていないらしくただその動きだけをしているだけだ。
テーブルに敷かれたクロスはきっと最初は白かったのだろうけれど、最初の時点でお茶を零したりしたからなのか所々に染みがあった。
座ってお茶を楽しんでいるらしきそれらは、最初の時点で皿の上にあった茶菓子なども口に運びはしたようだが、それらは結局食べられる事もないまま下に落ち、座っている者の服を汚し、また足元に元は食べ物だったであろう何かが落ちていた。
ユッカたちがここに来た時点でそこそこの時間が経過していたようで、足元に落ちていた食べ物らしきそれは腐ってカビに塗れている。
ただ不思議と腐敗臭だとかはしなかった。
「えっ……っとー……どうする?」
死体は動いてはいるけれど、別段こちらを襲ってくるわけでもない。
ただただお茶会における行動を忠実になぞり続けているようで、ユッカたちに視線を向けるでもないのでユッカとしてもこれどうするのが正解なんだろう……? と困り果てた気持ちで聞いてみる。
これが死体じゃなければただそういう絡繰り人形なんだな、で済む話だったのだけれど。
血の気も引いて肌色最悪な状態の死体であるから絡繰り人形なんだな、で済まない話なのだ。
「別の場所……に行ってどうなるわけでもないでスよねぇ……?」
「というか、既にこの地区全体がそうなってると考えても不思議じゃないんじゃ?」
「うっ、猫にまで言われると否定しきれない……!」
既にこの場所から逃げ出したいですオーラを出しているフォリスに、ロゼが落ち着いた声で言えばフォリスはがくりと項垂れた。
ユッカとしてもロゼの言うとおりだと思っている。
最初にこの地区に来た時、周囲は草原だった。それが今では荒野に変わっているのであれば、他の荒野になっていない場所も同じように荒野に変わっていてもおかしくはない。
ユッカたちが来た所がこの地区の端の方だとするのなら中心部はもうどこもかしこも変貌していると考えて間違いはなさそうだ。
「それはそれとして、あっちの方に見える塔ってさ。
あれも冷塔庫?」
「そうでしょうね。見た目はほぼ同じですし」
最初に立ち寄った村とは違い、この町からは冷塔庫がすぐ近くに見えていた。
勿論ユッカたちが立ち寄った冷塔庫とは別物である。
「この町の保管庫扱いされてそうだけど……どうなのかな……?」
「恐らくは。転移装置を使って他の町や村に買い出しに行くにしても限度がありますし」
個々人で食料を確保できたとしても限りはある。
何かの折に保存してある食料があればどうにかなるだろう、という考えであの冷塔庫が使われている可能性はとても高かった。
(うーん……町っていうけど、実際なんていうか……規模がそうってだけで実際はあっちの村と中身は然程変わってないのかも。
あの冷塔庫だってちょっとおっきな蔵みたいなものと考えれば……)
そもそも地区の外に出ないのであれば、同じ地区の中だけで生活が完結しているのだから農業や畜産業などを他の場所でやりつつこういった町などで加工とかしてたりするのかも……なんて考える。
最初に立ち寄った村も畑で作物を育てたりはしていたようだが、収穫物全てを加工して保存できるか、というと微妙な気がしないでもなし。
野菜はともかくそれ以外の肉とか魚だってあの村では確保できそうになかったが、それでも転移装置を使えば他の町や村とトレードするなりはできるだろう。
そうしてある程度多めに集めた食料を冷塔庫に保存。
(この世界の物流がマジわからん……いや、中にはディオスみたいに各地を移動する人がいてもおかしくはないし、そういう人の中に行商人とかいるなら多少はどうにかなりそうだけど……
いやでもな、それでもそれだけでやってける? って思っちゃうのよな……)
そこんとこどうなってるんだろう?
と思いはするが、多分どうにかなってる世界の住人に質問したところでマトモな答えが返ってくるかは疑問だ。
いざとなったら魔法で、とかそういう答えだって出てくるかもしれないのだ。
多分ユッカの想像のつかない方法で解決する事もあるかもしれない。
(私の中の常識が当てはまらないってのは普通にあるしな……
私にとっての非常識がこっちじゃ主流、って可能性も)
「とりあえず行ってみませんか?」
どのみちこの町はもう駄目だ。
延々同じ動きを繰り返す人形しかいない。
死体を人形扱いするのもどうかと思うが、しかしそうとしか言いようがないので。
これでまた冷塔庫の中に使わなかったパーツとして死体が並べられでもしていたらとても嫌すぎるが、しかしこのまま放置した結果何者かの手によって動く死体がいずれ他の地区へ……なんて事になれば流石に見過ごすわけにもいかない。
「運が良ければグラヴィールの実があるかもしれませんし……」
「そっちか」
思ってたより私欲まみれな理由にユッカもつい突っ込む。
「まぁ、この地区のこの状況をそのままにしておくのもなんかアレだし……いい、んだよね? ロゼ」
「うん。流石に放置は不味いと思うからね。行こう」
ロゼとユッカがそう決めたのなら、ディオスも反対などしなかった。
「……それはそうと、またあの重力軽くする魔法使ってもらっていい?」
冷塔庫に行くとなれば待ち構えているのは階段である。
なのでユッカは小声でそっとロゼにそう頼んだのであった。




