怒り満ちて
お目当ての品が目の前で台無しになった事でフォリスの怒りに火がついたらしく、彼は「まだ他にもいるんでスかこんなどうしようもない化け物が!」と言いながら更に上の階を目指してしまった。
怒りに身を任せている間は怖いだのなんだの言う余裕すら消えているようだ。
ずんずんと大股で進んでいくフォリスの後ろをユッカもやや小走りでついていく。
更にその後ろをディオスがゆっくりとついていった。
下のフロアにまだ何らかの敵がいるのであれば、やや遅れてついて行っているディオスが危ないが、下のフロアで遭遇した動く死体だの化け物は丁寧にきっちり仕留めてきている。
なので挟み撃ちになる可能性は低いし、仮に何かあったとして、フォリスとユッカが危険な目に遭ったとしても離れているディオスが無事であればどうにかなる可能性は高い。
なのでユッカとしては、ディオスも急いで! と言うつもりはなかった。
ディオスはディオスなりの考えで行動しているようなので、彼の自主性を重んじる事にしている。
と言えば聞こえはいいが、ユッカは別に名軍師でもなんでもないただの一般女子高生なのでこういう時に取るべき行動がわかっていないだけだ。
そうして次のフロアに辿り着けば、そこもなんとも無惨な事になっていた。
化け物こそいないが、しかしここに保存されていた食料は全て床にぶちまけられていた。
丁寧にじっくりぶち壊しました、みたいな状態で、下のフロアで化け物がやらかしていたやつよりも酷い。
原型がどこにもないのである。
粉々どころか砂レベルだ。
けれどもそれらが食材であると把握できたのは、ところどころに小石程度の大きさの欠片があったからだ。その欠片をじっと見て、あ、魚の身っぽいなこれ……と思ったり、ちょっと果物らしき片鱗があるな、だとか。
ジグソーパズルのピースだってもうちょいマシだぞ、と思いながらもほんの少しだけヒントが転がっていたからこそ、このフロアは粉雪でも保存してたのか? なんてボケをかます事にならなかった。
「ふ、ふふ……」
砂のようになった凍った食材だったものは、なんだか冬の雪が降る地帯の、交差点のような感じだった。
車の重量で踏み固められたどころか耕すように粉砕された雪は、路面が凍ったのと相まって一種のトラップみたいになっている事がある。
下で凍っている路面を隠すかのようになっていて、路面が凍っているとわかっていても見た目でその凍った路面の状況が隠されていてわかりにくく、あっと思った時には足を取られて転倒しかねない。
交通量の少ない道路は普通に固められて凸凹した部分がある氷の道といった感じだが、交通量の多い場所はその粉々で嫌な意味でサラサラになった雪のせいで大自然と人々が共同制作した最悪のトラップになっているのだ。
信号を渡る時に歩行者が危険になるだけならまだしも、車も場合によってはタイヤが取られるようになって先に進めない……なんて事もあるので誰も得をしない冬の光景である。
それと同じようになっている、凍った食材だったものを見てフォリスは笑った。
楽しくて、というわけではないのは一目でわかる。
その笑いは、どちらかといえば怒りを含んでいたのだから。
「一体どこの誰がやってんだか知りませんけど、上等でス! こんな化け物保存しようとしてるなら、こっちだって全部ぶち壊してやりまスよ!」
あぁ折角のグラヴィールの実が! なんて叫びながら、フォリスはそのまま更に上のフロアを目指していった。
「えっ、この粉々になった食料だった粉にあったの……? グラヴィールの実が?
ピンポイント把握すぎない?」
下のフロアでの事を言っているようにも見えなかった。
粉末状の氷の一部を見て、それからフォリスは笑ったのだ。怒りで。
ブチ切れて大声で罵声を発するような怒り方ではなく、笑うタイプか……なんて思いながらも、流石に彼を一人で進ませるのも不安になる。
今は怒りに支配されているかもしれないが、ふと冷静さを取り戻したところで「うわ怖っ! 無理!」みたいになられでもしたら一大事である。
この冷塔庫の中にいるのはユッカたちを除けばどう贔屓目に言っても化け物しかいないのだから。
そんな中で途端に正気に戻られても、命の危機だ。
それならいっそ怒りのままに進みつつ目の前に現れた敵をぶちのめす方向に動いてもらった方がいい。
「とはいえマァジで階段のぼんのきっついんだけどー」
「重力軽減魔法でもかける?」
「楽になる?」
「多少は。ただ重力が軽くなるからその分慣れないと怪我するかも」
地球から月に行くような感覚なんだろうか? なんて思う。
重力と言われてすぐに浮かんだのがそれくらいなのだが、確かに宇宙が舞台になっているアニメだとかでも、重力がないコロニー内部を移動している時、止まるために近くの手すりなど掴まれそうなところに掴まって動きを止めたりしているシーンがあった。
そうして止まらないと、そのまま移動し続けてどこかにぶつかるだろう事は明らかである。
冷塔庫内のフロアは今までどの階層も同じ感じだったため、仮に重力を軽くしてもらってすいーっと移動した時、止まりたくても掴まるような所は正直あまりない。壁に行きつくしかないだろう。
それでも。
「階段疲れた。ロゼ、頼んでいい?」
「うん、いいよ」
無重力とまではいかないだろう、と思ってユッカは誘惑に乗っかる事にした。
ユッカとしてはこの塔の中で化け物と遭遇しても別に自分が飛んだり跳ねたりして回避するだとか、そういったアクロバティックな動きをする事はないと思っている。
なので、ロゼにその魔法をかけてもらったとしても、そこまで困る事はない。そう考えたのだ。
そうして魔法をかけてもらうと、確かになんだか身体が軽くなったように思う。
一歩踏み出せば、一瞬自分の足が本当に前に出たかもわからないくらいだった。
実際の無重力体験とは違うのかもしれない。そういった体験コーナーがユッカの身近にあったわけでもないし、旅行先でそういうのをやっている施設があったのは知っていても実際体験などしてこなかったので。
けれどもそのまま進み始めれば、普通に歩いているつもりなのに弾むように――という程勢いがついているわけでもないが、ぽんっ、とふわっ、の中間みたいな感覚で移動ができる。
階段もそのまま少し上に飛ぶような動き方をすれば、軽やかに数段飛ばしてのぼる事ができた。
「いい感じ」
「なら良かった」
ロゼはユッカの肩の上にいるので階段のぼるの疲れたよぉ、という泣き言を漏らす事はないけれど、それはそれとしてユッカに疲れ果ててほしいわけではないのでいい仕事をしたと言わんばかりである。
そうやって移動して上のフロアに近づいていくと、一足先に向かったフォリスが暴れているらしくけたたましい音が聞こえてきた。
「あ、って事は化け物がいる感じかな?」
「いないのに暴れてたら逆に怖い」
「それもそう」
次のフロアにひょっこり顔を出した途端に化け物がこっちに向かって吹っ飛んできた、なんて事になったら困るのでユッカは移動する勢いを少しだけ落とし、そっと様子を窺う事にした。
そっと、多分できてないと思うけどユッカ的に頑張って気配を消したつもりになって顔だけを覗かせ――
ぐちゃっ。
途端、すぐ近くの壁に何かがぶつかる。そこそこの重たさと、水分を含んだ何か。
それらが壁にぶつかって、破裂したみたいな音だった。
近くといっても至近距離ではなかったために、ぶつかった何かの破片が飛んできただとかそういう事にはならなかったけれど。
ぶつかって、それからずず……と壁から床にずり落ちていくそれを、ユッカは思わず確認していた。
「うわぉ」
化け物である。
どこからどう見ても化け物だった。
え、何、これ、なに……?
と言いたくなるような見た目をしているせいで、それが何であるのかを理解しようとしてついまじまじと凝視してしまった。そして気付く。
あっ、これもなんか人のパーツを寄せ集めて適当にくっつけましたみたいな見た目してんな、と。
「食品管理衛生法とかこの地区に存在してないわけ?」
どう見たってこんな、食料を保管してますよ、という場所に置いていい生き物ではない。
そもそも化け物は生き物に入りますか? という疑問が生じてくるけれど。
動く死体は死んでいるので生き物にカウントするのは間違っているような気がするが、それ以外の身体パーツをくっつけて新たなクリーチャーにしました、みたいなのももしかしたら原材料的に人を用いられているのではあるまいか。実際には違ってそう見えるだけ、なんて思うのは甘いのだろう。
死体が動くくらいなのだから、パーツの着脱などでおぞましいデザインぶちかました上で動かすとかも可能に思えてくる以上、その化け物がどれだけイキイキしていたとしてもこれを生き物のカテゴリに入れたくはない。
魔物はまだギリギリ、そういう生命体と認識できそうだから生き物扱いしてもいいような気がしてくるけれど、この塔の中で遭遇した化け物はいずれもそんな認識すらしたくない代物である。
ずず……と壁から床に完全に落ちた化け物は、直後蒼い炎に包まれて灰も残さず焼失した。
それから視線を別の場所へと移動させれば、床には灰がこんもりと積もっている部分があり、それは言うまでもなくフォリスによって燃やされた化け物の成れの果てなのだろう。
そのまま更に視線を移動させる。
そこには佇んでいるフォリスがいた。
怒りでブチ切れているかと思いきや、ユッカが想像した方向にはブチ切れてはいなかった。
先程まで笑っていたはずのフォリスは今ではおとなしくなっており、表情もすんとしたものになっている。
落ち着いたように見えなくもないけれど……
「一周回ってブチ切れマックス突破しちゃった……?」
一見すれば確かに落ち着いたように見えなくもないけれど。
フォリスの周囲の空気というか、雰囲気というかがそんな事はないのだと訴えているかのようだった。
あれこればあちゃんがマジ切れした時の雰囲気に近くない……? と一瞬だけ、ほんの少しそう思ってしまったせいで、冷静さを取り戻したのだと安心してフォリスに話しかけるなんて事ができそうにない。
すっ、と静かな視線がユッカに向けられる。
「うわ」
ほんのちょっと前まではまだ表情があったはずなのに、今は完全なる『無』だった。
こっわ、と危うく声に出しそうになったもののどうにか声には出さなかった。
だがしかし、出会った当初からそれなりに表情豊かな方だったフォリスが無表情になった事で。
(今更だけどこの世界の人たちって基本的に顔面偏差値高め傾向では?
そこそこ整った顔が無表情になると途端際立つ~!)
芽生えかけた恐怖を誤魔化すようにそんな風に考えていたが、フォリスはそんなユッカに声をかけるでもないままに、このフロアでやるべき事は終わったとばかりに先へと進んでいく。
「……いやもう、あれ完全に全てを破壊するまで止まらないタイプじゃん」
「あんな風に怒るんだぁ……」
どうやらロゼも知らなかったらしい。
「正直このまま放置でもいいような気がしますが、途中で力尽きる可能性もありますし、僕たちも行きましょうか」
後ろからゆっくりやってきたディオスの言葉を否定できる要素がどこにもないせいで。
「そうだよね、怒りで今は肉体の疲労とか把握できてないとかありそうだし。精神が肉体を凌駕したところで、突然パタッと力尽きる事がないとは言えないし……」
この冷塔庫に来たのはフォリスの意思もあるけれど、だがしかし最初から一人のままなら彼はここには来なかった。
ユッカが一緒に行こうと誘ったせい、と言えなくもない。
「そうだよね、ここでフォリス一人で大丈夫そうって私らだけ引き返すとかも流石にアレだしね……
…………行くか」
重力が多少軽減されて足取りは軽やかではあるけれど。
気持ちも軽やかになるかというとそれは別の話だった。




