たすけて
魔法で調整されているので寒いとは感じないけれど。
しかしそれでも、視界から得られる情報はどこまでも寒いのだという事を突き付けてくる。
凍った食材。
冷えて固まったばかりの、冷凍庫にいれてそこまで時間が経過していないものと違い、冷凍庫の奥で忘れ去られた食材のごとく、カチンコチンである。
なるほどな、そりゃああの村の人たちだって完全防寒なわけだよ、と再び納得する勢いだ。
既にそこそこ上のフロアにやってきたユッカたちは、ようやく食料らしきものを目にする事となったのである。
ここに来るまでに動く死体に襲われ続けたわけではない。
三階くらいまでは死体があったけれど、四階にはいなかった。
ついでに四階には食料らしきものも何もなかったので、ただただ広く、それでいて少し寒い空間という何とも言えない代物で。
以前にも冷塔庫から食料を調達した、という話だったが果たしてどのフロアまでの食料を回収したのかユッカたちは知らない。聞いておけばよかったな、と思っても今更だった。
なんだったら上にある食料を下に移動させる、ってわけにはいかなかったのだろうか、なんて考えてみたが、その後で新たに食料を確保して保存しておこうとなれば上に行かなければならないとなると。
基本的には下の階を主に使っていたのだろうな、という結論に至る。
他の町や村も冷塔庫を利用しているというのなら、いざ下の階にあると思った食料が上に行かないとない、なんて事もあるだろうけれど、そこら辺は一体どうしているのだろうか?
訪問帳みたいなものでも書いて置いておけば、最後に利用した日や利用したのがどこの誰なのかもわかるだろうけれど、ユッカたちがこの冷塔庫に足を踏み入れた時にそんな物はなかったはずだ。
もしこの塔の中の食料を全て持ち去った後、それを知らない他の人がやってきたらさぞ大変だろうなと思う。
下手をしたら最上階に行っても食料が一つもない、なんてオチがあるかもしれないのだ。
もっとも、ユッカたちはそうならなかったけれど。
だが、何をどれくらい確保して戻ればいいのやら。
そういやその辺も聞いてなかったな、と今更すぎる事に気付く。
大体死体が動いたという時点で色んなものがすっぽ抜けてしまったので、ある意味で仕方ないとしか言えない。
仮にユッカが村の人側の立場でも、なんで聞いておかなかったんだ、なんて相手に言えるはずもないし、むしろなんでこっちが言わなかったんだとなるので。
(うん、それについてはお互い様って事で!)
頭の中でさくっとどっちもどっちと結論をつける。
後で村に戻った時に色々言われても開き直るくらいの気持ちだった。
「一応ある程度確保はしましたが……どうします? まだ上に行きますか?」
凍っている肉や魚、それから野菜をいくつかユッカのリュックの中に詰め込んだ時点で、ユッカたちの目的は一応達成できたと言えなくもない。
これを村に持ち帰れば、村の人たちは当分どうにかなるだろうとは思う。
(ただ、何の解決にもなってないんだよね)
しかもまた次に村の人たちがこの冷塔庫に食料を取りに来たとして、今度はもっと上の階に行かなければならない。
動く死体は既にないとは言え、今後も安全であるか、となるとその保障はどこにもなかった。
「行きまスよ。だってここにグラヴィールの実はなかったでスから」
「あぁ、そういえばそれも目的の一つだったっけ」
一応冷凍されて保存されてるのを見つけたら譲ってもらえる事になってはいた。
だがしかし確かにまだ見つけていないので、フォリスの目的は果たされていない。
(これで最上階まで行ってなかった、なんてオチだったら可哀そうだよなぁ……あるといいんだけど)
正直ユッカとしても最上階まで行きたいわけではないので、なんだったら次の階にあってくれないかな、なんて。
そんな風に思いながらも、えっちらおっちら階段をのぼり始めたのだが……
「たすけてー」
途中で人の声がして、思わず足を止める。
「たすけてーだれかー」
一瞬聞き間違いかとも思ったけれど、しかし確かに聞こえた。
肩の上にいるロゼを見れば、ロゼにも聞こえていたらしく目をまぁるくさせて上を見ていた。
ロゼの視線の先に声の主が見えるわけではないけれど、間違いなく上から聞こえてきた。
「ここに、他に人が……?」
耳をちょこちょこ動かしつつ、フォリスも訝しげに視線を泳がせる。
「気配はしません」
ディオスがそう言った事で、余計に警戒した空気が漂う。
気配がしない、というだけなら別におかしな話ではないと思う。
(気配を消して行動する、っていうのもあるし。でも、声がしてるなら、気配も少しくらい感じ取れたっていいとは思うんだけど……私はそういうのできないから感じ取れなくてもおかしくないけど、ロゼやディオス、フォリスも気配を感じ取れていないっていうのなら……)
「じゃあ、上にいるのって人じゃないかもしれない……って事?」
「その可能性はあります」
「うわ、やだなー、行きたくないなー。でもグラヴィールの実は諦めたくないなー」
尻尾をぶわっとさせて、フォリスがやだやだと首を横に振った。
「気配、っていうか、その、魔力を感知するのとは違うの?」
「言っておりませんでしたが、この塔自体に魔法がかけられているので、そっち方面で探ってもわからないんですよ」
「そっかぁ……」
塔の中でも異質だとか強大すぎるだとかであれば察知できるのかもしれないが、そこまでではないらしい。
「たすけてー」
ひそひそと声を潜めて会話をしていたが、その合間にも助けを求める声は続いている。
「どうするの? 行くしかない感じ?」
ユッカからしても怪しいとしか言いようがないので、できれば行きたくはないけれど、しかしもし本当にこの先で誰かが助けを求めているのなら見捨てるわけにもいかない気がしてくる。
声は今にも死にそう、というような感じではない。
あくまでも一定の声量、イントネーションも特におかしな感じはしない。
怪我をして死にそうになっている、というわけではなく、もしかしたら何かで動きが封じられているだけ……なのかもしれない。
ユッカはロゼの魔法で寒さを感じないようになっているけれど、この上にいる誰かが同じように魔法でこの塔の中の寒さ対策ができていないのであれば。
村の人たちのような防寒具を着用しただけ、というのなら、動けず強制的にじっとするしかない状況では、やがて体温も下がるだろう。
そうなれば助けを呼ぶのだって難しくなるかもしれない。寒さで震えが止まらなくなれば、声だって震えてマトモに喋れなくなるのだから。
「たすけてー」
声は切羽詰まっているというよりは、どこまでも平淡だ。
「怪しさしかないんだけど……えっ、これ……あぁ、うん、ロゼ、障壁とか即座になんとかなりそう?」
「任せて」
行きたくないが、行くしかない。
正直罠なんじゃないかなぁ、としか思えないが、もしあの村の人たちの知り合いだった場合、後々厄介な事になりそうだし……と可能性がゼロじゃないせいで、引き返すわけにもいかなくなる。
先頭を行きたくないけれど、しかし目隠しをした状態のディオスを先に行かせるのもどうかと思うし、ビクビクしているフォリスに先に行って、と言うのもユッカ的に憚られた。
いや、言えばもしかしたら行ってくれるかもしれないけれど、ディオスの場合は何かあっても情報の説明がマトモに伝わるかもわからないし、フォリスの場合前の方で叫ぶだけ叫んで何があるのかもわからない可能性が高すぎて。
じゃあ自分が先頭進んだ方がマシだな、と思えてしまったのである。
戦う力もなく、ロゼ頼りという時点で一番先頭を進ませちゃいけない奴なんじゃないの私……なんて思うわけだけど。
ディオスかフォリスのどちらかを先に行かせても、何かあってもユッカにすぐに状況が理解できなければこちらもどう動けばいいのかわからなくなる。
だったらロゼにお任せした方がいいよな……とユッカは早々に覚悟を決めてしまったのであった。
「たすけてー」
さっきからずっと一定の音だ。
「いやもうこれ絶対罠だと思うんだよね」
一度目や二度目あたりの「たすけて」ではそこまで思わなかったけれど、一定のリズムで助けを求められ続けばおかしいとしか言えなくなる。
誰がいるかもわからない状況で助けを求めるのであれば、途中で泣き言が漏れたっておかしくはない。
助けが来ないと思っていても助けを呼ぶしかない場合だとしても、ずっと一定の声量と音程で言葉を発し続けるのは難しい。
仮にユッカが身動きが取れない状況で助けを求めるにしてもだ、少しでも人の耳に聞こえるように多少音を外す。ずっと同じ声量で、音程も同じ場合周囲の自然音に掻き消されて聞こえていないのかもしれない、という可能性だってよぎってくるのだから、だとすればあえてイントネーションを崩して不協和音寄りにしたりもする。
ずっと同じ言葉だけを言い続けるのではなく、他の事だって言うだろう。
なんだったらCMソングの音程に合わせて助けを求め始めたりするかもしれない。
(意味もなく伯方の塩! って叫んだりするかもな、私なら)
もしそんなのが聞こえてきた直後にまた助けを求める声がしたのなら、ユッカは間違いなく何事かと思ってそちらに向かうだろう。
それでなくとも。
上にいる誰かは下の階にいた動く死体をどうやり過ごしたのだろう?
その疑問が真っ先にくる時点で、怪しい以外のなにものでもないのだ。
危険だろうなと思いながらも護りはロゼに任せて、さっさと覚悟を決めて先に進み始めたユッカを見て、
「あっ、あっ」
と、キョドキョドしながらフォリスも小走りで階段をのぼりはじめた。
上の階に果たして何があるのかを、ユッカは知らない。
知らないけれど。
(これ多分上についた時点でフォリスがまた悲鳴あげそうだな。
念のため耳を塞ぐ準備だけしとこ……)
そんな風に考える程度には。
この短時間でフォリスという存在について把握できてきたと思う。




